騙された

大澤陸斗

第1話

 目が覚めると、やけに静かだった。

 家から物音もしないし、外から車の走行音もしない。聞こえてくるのは風の音とカラスの鳴き声だけだ。


 家は都心のマンションだから車が走ってないなんてあり得ない。

 私はスマホを取り、画面を開く。私は焦った。もう朝の9時をすぎていたのだ。会社に間に合わないどころか、就業時刻をすぎてしまっている。

 いつも妻が起こしてくれるので目覚ましをかけないのだが、今日はなぜか起こしてくれなかったのだ。


 私は焦りで冷や汗をかきながら、上司に電話をかける。


 プルルルル、プルルルル、……………………


 着信音が二度三度となっても上司は通話に出なかった。代わりに留守電の案内に切り替わった。


 ——忙しいのか?

 私は焦りながらも、メールを入れることにした。

 上司へのメールを打ち終え、送信する。


 私は急いでベッドから立ち上がり、寝室を出た。

「美奈」

 妻の名を呼んだが返事は帰ってこない。

 ——ゴミでも出しにいったのか……?


 私はリビングへと向かった。

 リビングには誰もいなかった。

 テーブルの上を見ても、いつもはきちんと用意されている朝食が、用意されているどころか準備した形跡すらもない。


 ——何かがおかしい。


 私は窓へ近づきカーテンを開けた。そこで目にしたのは異様な光景だった。

 何かがいた。サソリのような見た目をした巨大な何かが、隣のマンションに引っ付いていた。見える限り、街の至る所から黒煙が上がっている。


 私はパニックになった。こんなことが起こるはずがない。こんなのアニメとか映画とかの世界でしか起こりえない。何かの間違えだ。


 しかし、目の前で起こっていることは現実だ。頬をつねっても、叩いても痛覚はしっかりと伝わってくる。


 ——もしかして美奈も……。


 そう思った矢先、私のスマホが着信音を鳴らす。

 相手は妻だった。私はすぐ電話に出た。


「美奈、今どこにいる?」

「よかった。あなた起きたのね。今すぐ下に降りてきて」


 私は何も考えられなかった。とにかく妻の安否を確認するため、玄関の扉を開け、外へ出た。

 外廊下から下を覗くと、美奈が私に手を振る。


 私は急いで階段を降りた。エントランスから外へ出ると、美奈が笑顔で出迎える。


「美奈、これはどういう……」

「ありがとう、あなた。あなたのおかげで私は任務を達成できた」

「何を訳のわからないことを言っているんだ。早く逃げよう」

「訳のわからないことを言っているのはあなたよ。もう地球は侵略されたんだから」

 

 私は妻が恐怖でおかしくなったのだと思った。しかし、それも違ったみたいだ。

「騙されるあなたも悪いのよ。ほんと、地球人って馬鹿な人ばかりでうんざり」

「騙されるって……どういうことだ。まさか、最初から……」

 妻は私から離れていく。私はただ茫然とした。

 妻は私に顔も向けずに言う。


「あなた上を見て」


 私は言われた通り上を見た。そこには奴がいた。サソリのような化け物が……、そして————。


 私の視界は真っ暗になった。



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騙された 大澤陸斗 @osawa-rk3351

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