叔母へ

惣山沙樹

叔母へ

康恵叔母さんへ


 ご無沙汰しております。圭司です。

 突然、このようなメールが届き、驚かれたと思います。

 叔母さんとじっくりお話をしたのは、僕が高校二年生、母の四十九日のときが最後でしたね。

 それからあったことをお伝えしようとすると、このように長い文章になってしまいました。

 なるべく、読み物として面白いよう頑張ったつもりです。どうか最後まで読んでいただけると嬉しいです。





 母の死後、父の元へ僕が行くと言ったとき、叔母さんは嘆き悲しまれましたね。

 叔母さんは、ご自分の家庭で手一杯で、僕を引き取れなかったことを悔やんでおいでのようでした。

 でもね、そんな必要は全く無かったんです。嘘でも強がりでも何でも無い。本当に僕は、僕の意志で、父と暮らすことを選んだのですよ。

 そのようなことを、お話します。




 父と母が離婚した理由は、父が他所にも子供を作ってしまったせいだとは、幼い頃から聞いて知っていました。

 弟の玲央と僕は一歳違い。僕が赤子の頃に、他の女性を孕ませた計算になりますね。

 今となっては、そのことに何の感情も抱いていません。

 僕と玲央との関係がどうなったかも、おいおいお話いたします。

 さて、僕が父と初めて「会った」のは、母の葬儀のときでした。

 父母が離婚したのは僕が物心つく前でしたし、それから養育費の支払いは滞りなく行われたものの、一度も顔を見せなかったのは、叔母さんもご承知の通りです。

 そのときにね。僕は、そのときに、父に恋をしてしまったんですよ。

 初めは、母が亡くなったショックで、頭がおかしくなっていて、そういう感情が妙な形で噴出してしまったのだと僕は考えました。

 でも、違ったんです。初めて見た大人の男性に、僕は一目惚れをしてしまったんです。

 こういう話、叔母さんなら大丈夫でしょう? 知っていますよ。叔母さんの世代だと、やおい、と言うんでしたっけ?

 そういうの、お好きなんでしょう?

 だから僕は遠慮しません。これから、全く遠慮することなく、父への恋心と、その後の顛末について、お話します。





 僕を引き取る、と言い出したのは、父の方からでしたね。

 その頃には、父は二人目の妻とも離婚してしまっており、玲央と二人暮らしでした。

 きっと、寂しかったんでしょう。今ならそれがよく分かります。

 叔母さんは当然、反対しましたね。何年も離れていた父子が今さら一緒に暮らせるわけはないと。

 僕がそれでも「父さんの所に行く」と言ったのは、叔母さんの家庭にご迷惑をかけないように、といった意味合いももちろんありました。そして、そのようなことを説明もしました。

 だって、言えないでしょう?

 父親を恋愛対象として好きになったから、ついていきたいって。





 そこからは、するすると事が進みました。

 元々、僕と母は物の少ない暮らしをしていましたし、喪失感を埋めるために、四十九日になる頃にはすっかり片付けを済ませてしまいました。

 高校も転校し、新しい生活が始まりました。

 まず、玲央は僕のことを「圭司さん」と呼びました。自分の存在がひとつの家庭を壊してしまったことを、彼はよく知っていました。負い目があったのでしょう。

 僕はというと、彼を「玲央」と呼び捨てにしました。

 ちなみに高校は、わざと玲央と同じところを選びました。

 当選、高校では噂が立ちました。高梨くんの腹違いのお兄さんが転校してきたってね。

 加えて、僕は……身内びいきでなくても、よく分かるでしょう? 容姿の良い方でしたから。

 好奇の目に晒されても、僕は平気でした。萎縮していたのは、玲央の方だったでしょう。

 高校での僕は、できるだけ明るく振る舞いました。友人もすぐに出来ました。複雑な家庭事情について、聞いてくる輩も居ましたが、そこは平然と本当のことを伝えました。

 そんな風でしたから、女の子にももてましたよ。けれども、僕が愛しているのは父でしたから。まるで女性には興味がありませんでしたから。

 冷たく突き放しはしませんでした。でも、誰一人として、相手はしませんでした。




 父との暮らしは、それはそれは楽しいものでした。

 忙しい人でしたので、帰宅は夜遅くなることがほとんどでしたが、僕は必ず起きて父の帰りを待っていました。

 父の顔を見ることもそうですが、一番の目当てはお風呂でした。僕は父に、まず彼が入浴するように促し、その後の湯に浸かりました。

 好きな人の入った後の湯船に毎晩入れるのです。至上の喜びでした。

 僕のことを、父はまるで壊れ物のように扱いました。玲央と比べて、話しかける口調は優しく、気も遣ってくれました。

 当時の僕としては、そんな父の態度は、どうにもやきもきするものでした。もっと親しくなりたいのに。

 けれど、当然ですよね。一度は捨てた息子です。しかも母親と死に別れています。

 兄弟であからさまに態度の違う父のことを、玲央はどう思っていたのやら。

 僕は玲央に嫉妬されているのではないかと思い始めました。段々と、彼が僕を見る様子が変わってきたからです。





 そうして、僕が大学二年生になったときでした。

 父への恋心は、明かすつもりはありませんでした。父と子として、変わらず愛情を育むつもりでした。

 それができなかったのは、玲央のせいでした。彼は、僕と父に嫉妬などはしていませんでした。

 玲央は、兄である僕に恋い焦がれていました。

 それを突然、打ち明けられたのです。僕は驚きました。自身が父に恋をしていることなど棚に上げ、玲央のことを気持ち悪いとさえ思ってしまいました。


「ごめんなさい、圭司さん」


 そう言ってリビングのソファで泣きじゃくる玲央を、僕は努めて優しく慰めました。

 しかし、言うべきことはハッキリと言いました。


「僕は玲央をそういう対象だとは思えないよ」


 だって、好きなのは父なんです。弟じゃないんです。確かに玲央は、父に顔立ちが似ていましたが、大人の男の色香というものがありません。

 このまま玲央とは口を聞かないでおこうかとも思いましたが、ふと邪な考えがよぎりました。彼を「練習台」にするのです。


「玲央、君を受け入れてあげる。でもそれは、肉親と交わることの背徳感を味わうためだからね?」


 誰とも交わったことの無かった僕でしたが、知識だけは貪欲に蓄えていましたから。どうすればいいのかは、知っていました。

 僕は玲央に、「兄さん」と呼ぶよう言いつけました。そして、短い髪を伸ばし、服装も改めるように強制しました。

 それは、父に近付けさせるためでした。当の玲央に、そんなことは伝えません。ただ、兄さん好みの外見になるようにと、彼は努力しました。


「兄さん、好きです。大好きです」


 そう言って覆い被さってきた玲央の欲望を、僕は全身で受け止めました。身体の痛みなど、どうということはありません。

 だって、これが済めば、もし父に抱いてもらえたときに、傷が浅く済むからです。

 僕は弟に抱かれながら、父のことを想いました。彼を父だと思い込みました。そしてそれは、壮絶な絶頂をもたらしてくれました。




 そうです、叔母さん。全てはもう遅いのですよ。僕は既に、実の弟と交わりました。

 でも、叔母さんなら興奮してくれますよね?

 男同士のことなんです。そういうイラストで生計を立てているということ、僕はもう知っているんですよ?

 僕は玲央との行為にのめり込んでいきました。純粋に、身体の相性が良かったのでしょうね。何度も何度も、交わりました。

 それがとうとう、父にバレてしまったんです。

 予定が変わって、急に帰って来た父は、僕と玲央との行為を目の当たりにしてしまいました。





 僕と玲央は、別々に父と二人で話をしました。先に話をしたのは玲央だったので、僕からの説明は特に必要ありませんでした。


「どうか、こんなことはもうしないと約束してくれ」


 そう言って、父は頭を下げました。その瞬間の僕は、笑っていたんだと思います。父の目は、けだものを見る目付きでした。

 僕は、ようやくこの機が訪れたと歓喜しました。


「じゃあ、父さんが僕を抱いてくれる?」


 そのときの父の表情は、忘れたくても忘れられません。かっと目を見開き、唇がブルブルと震えていました。僕は続けました。


「僕がこの家に来たのはね、父さんのことを男性として好きになったからなんだ。ずっとずっと、恋してた。愛してた。ねえ、父さん。父さんはなぜ、僕のことを引き取ったの?」


 父は答えませんでした。答えないだろうと思っていました。だからさらに言ってやりました。


「僕が母さんに似ていたから、引き取ったんでしょう?」


 ですよね、叔母さん。僕はどこまでも母に似ていました。叔母さんも言っていたじゃないですか。あんな男に似なくて本当に良かったって。


「父さん、僕を抱いてよ」

「無理だ、圭司。それだけは、許してくれ……」


 頭を垂れた父は、静かに泣き始めました。可哀想な光景でした。

 だけど、仕方がないですよね? 僕と玲央がいびつに育ってしまった原因は、父にあるんですから。それを自身が一番よくわかっているんですから。




 さて……そんなことがあってから、一ヶ月になります。もう父がこの家に帰ってくることはないだろう、と僕は悟りました。だから、叔母さんに向けてこの文章を書きました。

 ところで、弟はとても従順な性格です。兄の言うことなら、何でも聞いてくれます。

 叔母さん。叔母さんさえよければ、玲央と三人で会いませんか? 見せてあげますよ。本物の兄弟が、いけないことをしている現場を。きっと、お仕事の役にも立つでしょう?

 いつでもご連絡をお待ちしております。


圭司より

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