変わらぬ愛を

「こちらは三番ゲートですー。ご入場の際、チケットに加え身分証明書のご提示をお願いすることがございますー」

 学生にとっては決して安くはない金額を払って購入したチケットを受付に見せる。

 入場した会場で周囲を見渡せば、お洒落な服を身に纏い、カラフルなグッズを持ち歩くファンばかり。

 『推し』のイメージカラーでファッションを統一している人も意外に多い。白やグレーはともかく、全身赤の人は街中で相当目立つのを我慢してきたのか、その熱量には勝手ながら素直に感動する。

 シンプルな出立ちの──一応、『しぇるたくん』の担当カラーである白のブラウスは着てきたが──お一人様の心暖は浮いてしまつていないか心配になる。隣の席を見ると、サラリーマン風の男性が一人座っていて、グッズもファンサ用うちわも持っていない仲間で安心した。

 座って開演までの時間を待つ。まだ始まってもいないのに、客席ではすでに色とりどりのペンライトが灯っていて、客席は本当に楽しみにして来たファンで埋め尽くされていることが伺えた。

 刻一刻と近づくカウントダウン。熱気を帯びる会場。

 ぶわぁ、と眩いほどの光がステージに降り注ぐ。

「みんなー、今日は来てくれてありがとう‼︎」

「今日一日、楽しんでいこーぜ!」

「やっちゃお〜‼︎」

 『あろ〜ん』のメンバーがステージに登場した。それと同時に、マイクを通したメンバーの声と、アップテンポのオリジナル曲が、いくつものスピーカーを通して大音量で流れる。

 だが、それさえもかき消してしまうのではないかと思うほどの歓声が、客席からは上がっていた。

 心暖の席はステージからは距離があるので表情ははっきり見えないが、楽しそうな様子で湊がメンバーとともに歌っている。何曲か続けてオリジナル曲を披露し、いつもの配信のような軽いテンションのMCが入った。

 衣装替えをしたあと、今度はメンバーが二組に分かれて登場し、それぞれ数曲を歌う。アップテンポ、しっとり系、観客を巻き込むコール入りの曲など多種多様な歌が繰り広げられ、会場の熱気は高まるばかりだ。

「ホント、すごい景色じゃない?」

「そう! もーね、君たちには見えてないかもしれないけどさ、みんなのペンライトがステージからみると凄く綺麗なんよ」

「すっごいなぁ……!」

「みなさんね、感動してるところ残念なんだけど。お時間が近づいてきてしまいましたよ」

「え、もうあとちょっとで終わっちゃうの⁉︎ やだー!」

 本当に悲しそうに泣き真似をするメンバーを励ますように、大勢のファンがペンライトを振っている。

「みんな、ありがとう! だけど、まだまだ僕らの挑戦は終わらないよ。これからも、最っ高の思い出を君たちと作りたい!」

「そうだよ、俺たちはまだやれる!」

「わーい!」

 クライマックスに向かって、歌う準備を始めた『あろ〜ん』のメンバーたち。そして歌い始めたのは──三日前に公開されたばかりのオリジナル曲。

『暗い闇で迷った僕の手を引いて』

『助け出してくれた君の笑顔』

『共に過ごした輝いた日々は』

『永遠じゃないって知った』

『だけどずっとずっと覚えていたい』

『また同じ場所で笑い合えるまで』

『これからも』

『僕を見守っていてね』

 しっとりとしたバラード。優しく丁寧に歌詞を紡ぐ彼らの澄んだ声が、胸を打つ。

『ありがとう』

 歌が終わって、一瞬、無音の間。

 次の瞬間、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

 もちろん心暖も例に漏れず、一心に手を叩いて、

 ──ふと隣を見る。

 先ほどの、グッズを持っていない男性が、静かに涙を流していた。

 目尻から溢れた涙がマスクを濡らす。それでも受け止めきれないぶんが頬を伝って。男性のワイシャツの胸ポケットに留められたライオンらしき動物が描かれたクリップが、ちょうど差した白い電光を浴びて金色に光る。

 ──綺麗だ、と思った。

 理由はなく、直感的に。

 この世でいちばん綺麗なものを見た気がした。今までに見たものの中でいちばん綺麗だと思った。


   *  *  *


 ライブは華やかなアンコール曲で締めくくられ、誘導灯がついた客席も空きつつある。隣の男性に予備のマスクを渡そうと声をかけようとして、──やめた。

 単純に、マスクのサイズが合わないか、と思ったし、なかなか帰ろうと立ち上がらないこの人はきっと、この余韻にもう少し浸っていたいのだろうから。


 少し苦くて香ばしい、だけどバニラのような甘い残り香が、そこにはまだ漂っていた。

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Under the Seeing‼︎ 天城早雪 @Amayuki-35

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