第30話 引退ライブ! かぐやに迫る魔の手

「華矢氏。こっちの準備は整いましたぞ」


「おう! いよいよだな」


「華矢氏には感謝の念が止まないでござるよ」


「まさか本当にセックスドラッグを用意できるなんて」


「しかもこれほどの段取りまで……。華矢氏は何者でござるか?」


 翠桜皇国内某所では、華矢が竹取隊や蒼月会の一部メンバーらと打ち合わせを進めていた。


 今回の事は、竹取隊を隠れ蓑にしたセックスドラッグ「天悦」のテスト及びデモンストレーションである。3人の現役アイドルに天悦を使用し、その様子を録画する。それを天悦の宣伝映像として売りに出すのだ。


 調達できたアムニルスの触手から、とりあえずいくつか試薬を精製した。実際使ってみて、さらに細かく調整を加えていくつもりでもある。


「おいおい、野暮な事はなしだぜ。俺たちは同志なんだからよぉ」


 既に根回しは終えている。あとは段取り通りに行動するだけ。


 華矢としては、セックスドラッグでついんずっ☆ の2人をめちゃくちゃにできれば、後は竹取隊に任せて姿をくらませるつもりだ。リーダーである堂馬の言葉を思い出す。


『九条院の女と言え、まだ中等部の学園生。正規の術士資格を持っている訳でもない。お前ならなんとでもできるよ』


 術士は素質や才能の部分も大きい。人によっては、学園生でありながら並の術士を上回る天才もいる。九条院かぐやもその類の天才だという事は分かる。だが。


(ま、確かにやりようはあるか。障害は環境とかぐや。だが環境は整った。あとは俺が、かぐやを抑えられるかどうかだ)


 しかし一方で楽しみでもある。まだ少女とはいえ、あの四大術士家系に挑めるのだ。


(上手く薬漬けにできれば、家の術式をいくつか奪えるかもな……。正式な後継者でない以上、その全てを持っている訳ではないだろうが、価値はある)


 それもこれもこれから始まるパーティー次第。ここからは状況に合わせた、臨機応変な対応が求められる。華矢は改めて仕事の優先順位を確認した。


(1にセックスドラッグ使用場面の録画。2に被使用者の状態確認。だが2に関しては1ができていれば、最悪後からでも確認できる。つまり最低でも1をこなせば、いつ撤退するかは俺の裁量次第。……楽な仕事だぜ)





「おかげで良いステージだったわ! ありがとう、2人とも!」


「そんな……」


「わたしたちもかぐやちゃんのお手伝いができて、うれしいよ」


 九条院かぐやと、アイドルユニット「ついんずっ☆」の、りきあとのきあ。3人はステージを終え、控え室に移動していた。


 3人は同い年であり、以前から交流もあったため、それなりに仲が良い。


 今日は最後に握手会を予定している。それまでの間、3人はアイドル衣装のまま、学園での話に花を咲かせる。


「へぇ! りきあは同じクラスの男子が好きなんだぁ!」 

「う……うん。あんまり話したことはないんだけどね」


「かぐやちゃんは? あの名門、由良坂学園に通っているんでしょ? クラスメイトもかっこよかったり、凄そうな人が多そう……」


 話しながらかぐやは「子どもっぽいな」と感じていた。


 由良坂学園は将来、術関連の仕事に就く者が中心に通う名門学園。つまり術士家系の者が多い。


 様々な科があるが、花形である術士科に所属する者の半分以上は女子である。つまりクラスメイトに男子は、半分もいないのだ。


 そしてかぐやの眼から見て、その眼鏡に適う男子は1人もいなかった。家柄、術士としての素質。その全てで最低判定である。


 どう見てもザコ。成長の可能性もない。取るに足らない相手。そのくせ修練の時間になると、自分たちの修練着姿をデレデレと見てきたり、あるいは見てない素振りで横目に見てくる。


 自己評価が常にマックスなかぐやからすれば、心が動かされるなんて事は、天変地異が起こってもあり得なかった。


 これまでも何人かに告白されている。その度に笑顔でやんわりと断りつつ、心では「は? あんたが私と? マジであり得ないんですけど。家を見てから言ってくれる?」と唾棄していた。


 術士として、かぐやの気を惹ける男などいない……いや。いなかったのだ。


「うーん。どうだろ。男子も少ないしぃ」


「そっか」


「普通の学園がどんなのかも気になるなぁ~。2人とも可愛いし、モテるんでしょ?」


「え!?」


「そ、そんなこと、ないよ……」


 2人はかぐやの前という事もあり、少し遠慮がちな態度を取る。だが実際かぐやから見ても、2人は十分可愛いと思える少女だった。


 そもそもアイドル活動なんてしているのだ、一定以上のルックスは持っている。


「でも今日の客も、見るからにロリコンが多かったわね~」


「だ、だめだよぅ、かぐやちゃん。ファンの事をそんな風に言っちゃ」


「大丈夫よ。ああいうのはロリコンと呼ばれると、余計に喜ぶんだから」


「そうなの!?」


「そ。悪口じゃなくて褒め言葉なのよ」


 だが今日で芸能人かぐやは終わり。今までは自分の承認欲求を満たすための単なる遊び。明日からは、遊びもいれつつ真剣に欲求を満たしていく。術士という世界で。


 そう考えた時だった。楽屋の扉が開かれる。中に入ってきた人物は、スタッフシャツを着ているが今まで見た事のない顔だった。


「お疲れ様です。バンの準備が整いました。移動お願いします」


「あ、はーい」


「あ、それと。少し予定が変わりまして」


「え?」


 コホン、と男性は咳払いをする。長身細見。優しそうな目元が印象的な人物だった。


「竹取隊……て、ご存じですよね」


 竹取隊。その単語を聞き、かぐやは顔に笑顔を張り付ける。


「もっちろん! 最初期から私を応援してくれている、大切なファンです!」


 言葉とは裏腹に、竹取隊に対するかぐやの評価は、単なるロリコン厄介オタクだ。だが相手が誰であれ、かぐやは人の視線や好意を集める事自体は好きだし、それによって自己肯定感を高めている。


「かぐやさんは今日で引退しますからね。握手会の前に、少し彼らにファンサービスの時間を取る事になりまして」


「わぁ、そうなんですね! 分かりました、良いですよ!」


 ちょっと面倒。という本音はまったく顔に出さない。それにどうせ今日で最後なのだ。それくらいは構わないとかぐやは考えた。


「ついんずっ☆のお2人は、先に移動してください」


「あ、はい」


「かぐやさんには直ぐに案内のスタッフが来ます」


「はぁ~い」


 そう言うと男はりきあとのきあの2人を連れて、部屋から出て行った。これから始まるファンサービスに意識を傾ける。何か軽く挨拶すれば、それで満足するだろう。


「みぃんなぁ~! 今日まで応援、ありがとう~! ……こんな感じね」


 鏡には絶世の美少女が映っている。こんな美少女にほほ笑まれたら、誰だって「この子の一番になりたい!」「この子をずっと見ていたい!」と思うだろう。……思うはずだ。


「……いけない。またお兄ちゃんの事考えてる。やっぱり最近、ちょっと調子狂うわね……」


 かぐやが考える「当たり前の男性」に昂劫が入らない。その昂劫をどうすれば、自分にとっての「当たり前の男性」に組み込めるか。それができない限りは、こうして何かある事に昂劫のことを考える日々が続くだろう。


 かぐやにとってそれは、これまでとは違う違和感のある生活だった。


「失礼します。お迎えに参りました」


「あ、はぁぃ……っ」


 返事をした一瞬で、目の前に男性が迫る。男性は握り拳を自分の腹部目掛けて放ってきていた。


 しかしかぐやはこれに対し、冷静に右手で受け止める。だが体重差もあり、後方へ飛ばされてしまった。


(敵!? 何故!? ステージ!? 握手会!? スタッフ!? 身代金!?)


 突然の出来事ではあったが、一瞬でさまざなな事に思考を割く。だがその間に男性は、楽屋内に液体をばらまいた。かぐやはその艶めきから、ばらまかれた液体の正体を掴む。


「油……!」


「を改良した、ちょっとの熱でもの凄く燃える液体だ。しかし完全に不意打ちが決まったと思ったんだがなぁ。さすが九条院。格闘技の腕もそれなりだな」


 かぐやは家に伝わる術の全てを使える訳ではない。継承されているのはその極一部。そして本人の気質もあり、遠距離攻撃術をメインに習得している。


(得意の火術を封じられた……! こいつ、初めから私を狙って……? それとも放火を脅しにした交渉を行うつもり……!?)


 状況は分からない。周囲にいるはずのスタッフがどうしているのか。確認する事は多い。だが男はかぐやに思考させる事を許さなかった。


「ほれ」


 そうしてスマホを投げてくる。かぐやはそれを反射的にキャッチした。そして習慣で画面を見てしまう。


「……え」


 そこには見たことのない、不可思議な紋様が描かれていた。それを見たかぐやは、急激な眠気が襲い掛かり、その場でしゃがみ込んでしまう。


「おお!? その距離でくらって、まだ意識あんのかよ!? さすがに抗魔力も凄まじいな!」


「く……どう、や、て……」


「九条院と言えど、やっぱガキだな! 堂馬仕込みの俺の術に、こんな簡単に引っかかるなんてよぉ!」


 それは普段、その男……華矢京月が、少女をさらう時に使っている術だった。


「効果を発現させるのに、いろいろ条件は必要になるんだが。術士との戦闘経験が無いガキで助かったぜ」


 眠気に逆らいながら、かぐやは男の言葉を考える。確かに相手が術士と分かっていれば、投げられた物をうかつに触らなかっただろう。


「さぁて。かぐやぁ。これから俺が、最高の引退ライブの場を整えてやるよぉ」


 そう言うと男は、かぐやの腹部に拳を突き入れる。眠気の限界だったかぐやは、そこで意識を手放した。

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【全年齢版】翠桜皇国の仙術使い 〜Eランク術士の俺が受け持つ事になった部隊の隊員は、みんなエリートお嬢様でした〜 ネコミコズッキーニ @kazuto01792

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