本編)読まれないラブレターに関する推論

 1.

 さて、僕は確かに差出人を推理すると言った。

 だがしかし、それは僕一人の力では到底無理な事なのである。

 単刀直入に言うと、僕はクラスメイトの名前をほとんど覚えていない。

 だから、いくら手紙の内容から相手の人となりを推理できたからと言って、それが誰であるのかまでは特定できないのだ。


「というわけで、これからの僕の推理は『9マイルは遠すぎる』よろしくの推論になる。要するにだ、最終的な差出人の特定はお前が行うことになるが、それでもいいか?」


「別に。私は構わないわ」


 頼もしい限りだ。


「それにしてもアンタ、よく今までクラスメイトの名前も覚えずに生活できてたわね」


「別会話の中で相手の名前を呼ぶことなんて滅多にないだろ。名前なんて覚えてなくてもやりすごす方法はいくらでもある」


「アンタ、やっぱり変ね」


 正直自分が変な奴であるということには自覚的だった。

 僕は昔から他人に対して強い関心がない。と言ってもそれは人と関わることを嫌っているわけでも、孤独を気取っているわけでもない。

 ただその場が楽しければそれでいいというのが僕の生き方だ。

 誰が盛り上げようが、誰と盛り上がろうがそれは僕にとっては関係のないことであるというだけ。

 同じ話をするのなら、それが人好きのしない根暗な奴でも、皆に愛されるようなムードメーカーであってもどうでもいいというのが僕のスタンスだ。

 要するに、『誰とするか』ではなく、『何をするか』を重視する生き方を僕は生まれてからかれこれ16年は続けてきた。

 その結果、クラスメイトの名前を覚えることすら億劫になっているというのだから、自分のスタンスを見直さなくてはならないのではと思ってしまう。


 閑話休題。


「それじゃあ推理を始めるとしよう。まずは……そうだな。手紙の内容を読むことから始めるか」


「あら、良かったの?ラブレターは読まない主義なんじゃなくて?」


「ああ、ラブレターは読まない主義だ。だけど今回は話が違う」


 ラブレターを読まない主義の人間がラブレターを読む方法。

 そんな方法がたった一つだけ存在する。

 そもそも、ラブレターと言うものは差出人が読み手に愛を伝えるために書くものだ。

 つまり…


「今回、その手紙は推論ゲームの題材でしかないんだ。それじゃあ、ことにはならないだろう?」


「アンタ、やっぱちょっとおかしいわ」


2.

 ラブレターの内容は以下の通りだ。


***

正直に言うね。


遠藤君のことが好きです。付き合ってください。


いつも、寂しそうにしてる子に話しかけてるよね?私、そんなあなたのこと、「本当に優しいなー」って思ったの。


他にもね、クラスの皆と楽しそうに話してたり、バスケの試合で大活躍する姿も、全部大好き。


私なんかが釣り合わないなんてことはわかってる。だって私、遠藤君みたいに頭良くないし、勉強もできないもん。でもね、もし付き合ってくれたら私も努力して遠藤君に似合う女の子になるから。だからお願い!私と付き合ってください。


意味分からない文章でごめんね。でも、本当に好きだから。

***


 手紙を読み終えての感想は一つだけだった。


「確かに意味は分からないな」


「どの辺が?」


「いや、ほら。5段落目だよ。頭なんて悪けりゃ悪いほど面白いし、運動なんて出来なきゃできないほど笑えるだろ?そこ努力して変えちゃったらつまんないじゃん」


「サイテー」


 僕たちはもう高校一年生だ。

 この年齢までとして生きてこなかった人間がいきなり努力をしてある程度頭が良くなったところで、もともと頭の良い人間の持つ面白さを再現することはできない。それは、スポーツに感じても同じことが言える。


 だから僕は、この年齢になっての努力は総じて無駄――どころか、面白みを消してしまうような悪行だと思っている。


「ま、その話は一旦おいておこう。まずは手っ取り早くアテをつけるとしようか。この手紙を書いた人間は少なくとも同じクラスの人間か、移動教室で僕と同じ授業を受けている人間だ。なぜなら3段落目の文章、『いつも、寂しそうにしてる子に話しかけてる』というのは僕の教室での振る舞いを知っている者にしかわからない情報だからな」


「なるほど」


 僕の推理を聞いて、遠山は相槌をうつ。


「そして次で差出人候補を大きく絞ろう。僕のことを好きだとか、かっこいいだとか、何かしら高評価する意見を言っていた人、クラスにいたか?」


「高評価……ね。確か、田町さんは言ってたわよ。体育の合同授業の時、一目ぼれしたって。あとは、上野さんと高田さんも言ってた。それからあとは…そうそう!目黒さんと神田さんも言ってた。あら、いきなり候補は5人まで絞れたわね」


「いや、その5人は確実に差出人じゃない。なぜならこの手紙には差出人の名前がないんだ。僕のことが気になっていると友人に話すような人だったらわざわざ手紙を出す際に名前を伏せたりなんかしないはずだろ?」


「要するに、この手紙の差出人はシャイな人物と言える」


 「言われてみればそれもそうだ」とでも言いたげな顔で遠山はうなづく。


「そして次も簡単な所から特徴を絞ろう。差出人は、所謂成績優秀者ではない。そしてスポーツ万能というわけでもないな。どちらも普通よりできない方だ」


「それは5段落目に書いてあったわね。成績優秀な班目まだらめさんとにのまえさん、スポーツ万能の小鳥遊たかなしさんは除外されるわね」


 ここまでの簡単な推理で差出人候補者を8人も除外することができた。

 初めはこんな推理ゲームなんてできっこないと思っていたが、やってみれば案外どうにかなるものだ。


「そして次、差出人は国語の素養があまりないか、ある上で周りに合わせようとする人間であるかのどちらかだ」


「あら、それはどうして?」


「簡単な話だよ。4段落目で『たり』の使い方を間違えている。国語の素養がある人間はこういうミスに気を付けるものだからな。ほら、お前も『実はその言葉の意味、間違ってますよー』みたいな話を聞いたらその言葉を使うとき慎重になるだろう?」


「確かにそうね。『確信犯』とか、正しい意味を知ってしまったときとかは、今まで通りの意味で使うことに少し抵抗があったわね」


 まあ、この話に関してはあらかじめ付け加えておいたように、そういった誤用をあえて行うことによって偏屈に見られないように気を付ける人間もいるから一概には言えない。


「なら、球磨川くまがわさんは除外ね。彼女、そういう言葉のミスには厳しいのよ。私も何回か注意されたことがあるわ。ちょっと面倒よね、そういうの」


「そうとも言い切れないよ。『たり』の誤用はただ文法的に間違えてるだけだが、言葉の意味の誤用は正しい意味で理解している人と間違った意味で理解している人との間で少なからず齟齬そごが生まれてしまうだろ?」


 まあ、それを面倒だという人がいることもわからないでもない。

 が、そんなことを言っていてはコミュニケーションが円滑に行えないのもまた事実だ。

 例えば、『議論が煮詰まる』なんて言葉はそれが顕著に表れる。

 議論が停滞してしまったとき、誤用に気づかず、『煮詰まってきましたね』と発言したとしよう。

 そうした際、『議論が煮詰まる』を正しい意味で理解している人は、嫌みを言われたと感じてしまい、何かしらのトラブルに発展しかねない。

 要するに、言葉を正しく理解することを放棄することはある程度の危険性を孕むのだ。


「まあ、人の間違いを指摘するような人ってことは周りに合わせて『たり』を誤用したわけではなさそうだな」


 これで9人目が除外された。


「そして、差出人はわかりやすく言えばだということも文体から推理できる」


「それはどうして?陽キャってこういう時名前書くことを恥ずかしがったりしないと思うけど。自信ありそうだし」


「そうでもないさ。いくら明るく振舞っていても恥ずかしがることくらいある。それに、誰しも精神に何かしらのネガティブを抱えているものだ。明るく見える人間にも悩み事くらいはあるだろうし、実は自信がないなんてこともあるさ。お前にもそういうネガティブの一つや二つくらいあるだろう?」


「それもそうね。軽率だったわ。でも、自信がないことが陽キャであることを否定する材料にならないことはわかったけれど、それじゃあどうして彼女が陽キャだと思ったか教えて頂戴」


「文章の書き方だよ。暗い人の書く文章は堅苦しくなりがちなんだよ。なぜなら、暗い人間が日本語に触れる機会のほとんどは小説だからだ。それに対し、明るい人間は人との会話によって日本語に触れる機会が多い。要するにだ、台詞セリフをそのまま文字に起こしたようなこの文章を書く差出人は、陽キャ寄りの人間だと推理できる」


「僕がこの手紙を読んで推理できたのはここまでだ。特徴をまとめよう。1つ、差出人はクラスメイト、もしくは移動教室で同じクラスになったことのある人間である。2つ、この手紙の差出人は僕に対する好意を人に相談してはいない。3つ、そいつは成績や運動能力に関してあまり優秀とは言えない。4つ、日本語に対して厳しくない。5つ、どちらかと言えば陽キャ寄りの人間だ。さて遠山、これだけ特徴を列挙したんだ。候補者はかなり絞られたんじゃないか?」


 僕は少し得意気だった。

 当然だ。ほとんど手がかりと呼べるものがない状況からこれだけの特徴を発見することができたのだから。

 だが、対して遠山は少し不満そうな顔をしていた。


「差出人が誰だかを知って、アンタはどうする気?告白でもするの?」


 声は少し震えている。

 どうやら彼女は僕と同じ達成感を味わっていないようだ。


「お前が推理しようって言いだしたんじゃないか……」


「質問に答えて」


「……」


「……」


「……」


 しばらくの間、気まずい沈黙が流れたが、僕は先に根負けして質問に答えることにした。


「別に。ただそいつとしばらく一緒に居てみて僕に対する印象を探ろうとはするかな。答え合わせの代わりにはそれくらいでしかできないだろうし。多少思わねぶりな態度なんかも取ってやるかもな。答え合わせ、その方が楽だし」


「ほんと、アンタってサイテーね。もういい、私帰るから」


 僕を強く罵倒した遠山は、口調とは裏腹に泣きそうな顔をしていた。


――なるほど、そういうことか。


 納得してから照らし合わせてみれば、ラブレターの差出人の特徴は確かにに合致する。


「なあ、遠山!」


「……」


「コンビニ、よってこーぜ。アイスおごってやるよ」


 遠山は、ピタッと立ち止まって振り返った。


「高いやつ……」


「?」


「高いやつ!おごりなさいよ!」


3.

 コンビニ前のガードレールに腰掛けながら僕たちはアイスを頬張る。

 随分と長く話し込んでしまったと思ったが、まだ空はオレンジ色だ。


「ふふん。人の金で食べるアイスはおいしわねーやっぱりっ!」


 遠山は300円のアイスを頬張りながら得意げに笑う。


 今回の件は、思いがけずして僕にとって都合のいい出来事になった。

 というのも、僕は人の好意の受け止め方がわからないし、その練習もしてこなかった。

 だがしかし、将来のことを考えると、人の好意に対してとれる行動が、利用するか・あしらうかの二拓だというのはつまらない。

 だから、遠山が僕に好意を抱いているのなら、いっそのこと彼女で好意を受け止める練習をするのも悪くはない。――いや、むしろ好都合だ。


 そんな僕の思惑も知らずに、遠山は幸せそうに笑いながらアイスを頬張っていた。

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読まれないラブレターに関する推論 雪ソソギ @sosogikun

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