読まれないラブレターに関する推論

雪ソソギ

導入)差出人不明のラブレター

 下駄箱を開くと一通の手紙が落ちてきた。

 薄いピンク色の封紙ふうじがみに、特徴のない丸文字で『遠藤 れい君へ』と記されている。

 僕宛ての手紙だ。

 筆跡と、封紙の色から判断するにおそらくラブレターだろう。

 僕はからラブレターは決して受け取らないことにしているので下駄箱から落ちたに気づかなかったふりをしてその場を立ち去ることに決めた。

 明日には地面に落ちた手紙もどこかへ飛んでいることだろうから、街が少し汚れるという点に目を瞑れば何も問題はない。


「ちょっとアンタ!手紙、落ちたわよ!」


 その場を立ち去ろうとする僕を後ろから誰かが呼び止めた。

 面倒だと思いながら振り返ると、髪を肩くらいまで伸ばした狐目の少女が立っていた。

 遠山 凛――僕の幼馴染だ。

 

「手紙?気づかなかった!感謝するよ」


「嘘をつかないことね」


 僕は白々しい演技でさっき無視した手紙のことを誤魔化そうと思ったが、一瞬で看破されてしまった。


「アンタは嘘をつくとき、必ず首筋を撫でるのよ」


 彼女はそう言うとさっき僕が無意識でしていたように自分の首筋を撫で、得意げに笑った。


 もともとこんな演技で騙せるだなんて思っていなかったが、手紙の件を有耶無耶にできないとなると面倒だ。

 この後、また適当に嘘でもついて誤魔化してしまえば済む話だろうが、嘘を看破された後にもう一度嘘を重ねるというのは恰好が悪い気もする。

 それに、彼女とは長い付き合いだから今さら取り繕う必要もない。


「ラブレターだろ、それ。僕はそういうの読まない主義なんだ」


「あっそ。でも、ラブレターを読まないなんて失礼じゃないかしら?私は別にどうでもいいけどさ」


 遠山は冷たい口調で呟くように言った。


 「どうでもいいなら言わないでほしい」なんて台詞セリフが喉を出かかったが、そんな言葉で誤魔化すのも性に合わないのでやめた。


「僕はラブレターなんて寄越す奴の方が失礼だと思うがね」


 遠山は「何を言っているのか分からない」とでも言いたげな顔で僕を見つめる。


「だってさ、向こうは手紙を書いて渡してしまえばそれで終わりだろ?でも、受け取った側はそうはいかない。振るにしろ、受けるにしろ、相手に会って伝えるまでは相手のことを意識しなければいいけなくなるんだ。それって不公平じゃないか?」


「やっぱアンタは変わってるわ……」


 彼女は呆れたようにため息をついた。


「つまり、アンタはラブレターというシステムの不公平さが嫌でこの手紙を無視したわけね?」


 手元の手紙をヒラヒラ舞わせながら彼女は僕の目をまっすぐ見つめ、悪戯っぽく笑った。


「でも残念、アンタはこの手紙を意識せざるを得ないのよ」


「?」


「今から私はこの手紙を読む」


「それで?」


「自分宛てのラブレターの内容を誰かが一方的に知っているなんて恥ずかしいと思わない?」


 遠山は昔から訳の分からない悪戯を仕掛けてくる奴だったが、今回もその例にもれず僕をからかうつもりらしい。

 僕は別にそのくらいの恥ずかしさには耐えられるが、今彼女を無視しては負けた気になるので、その場にとどまることにした。


「えーっとなになに、遠藤君へ…。へー、なるほどなるほど。あらあら、この子、可愛いこと書いてるじゃない」


 ニヤニヤ笑いながら遠山はラブレターに目を通す。

 正直、趣味の悪い奴だと言わざるを得ない。


 彼女がラブレターを読み始めてから数十秒の時が流れ、やっとこちらに視線を戻したかと思うと、遠山は不思議そうに首を傾げた。


「でもこの手紙、一体だれが書いたのかしら?」


「そんなの、差出人の名前を見ればいいだけなんじゃないか?ほら、大体は文末に書いてあるだろ?」


「それが書いてないのよ!この手紙」


 そう言って遠山はこちらに手紙を寄越す。

 ざっと目を通したが、確かに差出人の名前は見当たらない。

 まあ、もともとラブレターなんてものを書く人間の告白など受ける気はなかったから差出人がわからないことなんて何の問題もない。


「人に手紙を書いといて名乗らないなんて失礼な奴だな。よし、こんな失礼な手紙のことなんてささと忘れて帰r――」


「ねえ麗!私、最近推理小説にハマってるのよ」


 さっさと帰るように促す僕の台詞を遮りながら遠山は言う。


「名探偵ってすごいのよ?有名な話だとシャーロック・ホームズなんかはパイプ煙草の灰のつき方から相手の利き手を推理したりできるわ」


「何が言いたい?」


「そこでよ!このラブレターの差出人を推理するというのはどうかしら。シャーロック・ホームズよろしく、手紙の筆跡や内容から大まかな人物像を予想して誰がこの手紙を書いたのか推理するの!」


 なるほど、話が見えてきた。 

 要するに、無記名のラブレターを使って推理ゲームをしようというわけか。


「どう?面白そうでしょ?」


 ダメ押しとばかりに彼女は僕の目を見つめ、ニヤりと笑いながら言う。


 なるほど、ラブレターの差出人が誰かなんてことには全く興味が湧かないが、一種の推理ゲームだと思えば面白いかもしれない。

 それに、僕が断ったところで彼女は何かしら理由をつけて無理矢理その推理ゲームに参加させようとしてくるに違いない。

 それだったら最初から素直に乗ってやる方が面倒なことも少なくて済むというものだ。


 そんなこんなで、僕はラブレターの差出人を推理することにした。

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