第5話 8月16日

 朝、目を覚ますと涙を流していた。涙をなぜ流していたのかは分からない。だけど、長い長い夢を見ていた気がした。

 頭がぼーっとする。


 「え」


 隣に居たはずのその人は居なくなっていた。

 確かに、昨日、確かにここに居たはずなのに……!

 私は掛け布団をがばっと取る。誰も居ない。敷布団には温もりなどない。只、冷たいだけ。夏なのに、冬のように肌が凍えた。


 「あ」


 私は思い出した。


 「送り盆……」


 時間を見る。もう10時を回っている。

 私はまさの商店に向かって走り出す。

 

 「どこに行くの?」

 

 母が私に聞く。


 「まさの商店!」


 もう遅いかもしれない。でも……でも、そう考える前に体が動いていた。

 息をするたびに鉄の味がしてくる。ろくに走ってこなかった自分を今更悔やむ。もっと、早くもっと!……もっと!

 横腹が痛くなっていく。左手でその場所を押さえ、どんどん遅くなっていく足を無理やり動かせる。





 「はあ……はあ」


 まさの商店に着いた。確か、この後ろに日高くんの家があるはず。

 嫌な予感がした。何かを燃やしているような匂い、そして、私が今向かっている家から煙が立っている。


 庭に着くと、成瀬さん夫婦が送り火をたいていた。

 ……遅かった。

 


 


 家に帰り、お盆の間だけ私に用意された2階の部屋に行く。

 絶望していた私に一筋の光が見えた。

 テーブルに置き手紙があった。もしかしたら、前に居なくなったときみたいにどこかに行っただけかもしれない。そう思った。


【バイバイ、柊さん —―成瀬日高より】


「またね……じゃないのか」


来年も、再来年も、その後も日高くんが私の目の前に現れることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三日間だけの恋人 森前りお @Sirozakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ