バカボンのパパなのだ~ 🎃

上月くるを

バカボンのパパなのだ~ 🎃





 起きたときは肌寒かったのに、玄関を開けると、湿気のある暖気が侵入して来る。

 フルカワさん? グレーの作業着の禿頭に、いきなりのタメ口で問いかけられた。


 え! フルカワさんじゃない? 畳屋ですけど……たしかに軽トラに書いてある。

 じゃあ、ご近所には? 埒があかないと見た男は、愛想のない背を向けて去った。




      🚛




 表札を出していないと、たまにこういうことがある。

 郵便配達は慣れているが、戸惑う業者もいるらしい。


 いつだったか地域の住宅地図を作成する(これ自体が個人情報に抵触するだろう)という若い男性に「どうして表札を出さないの?」詰問口調で問われたことがある。


 ささやかな事業でも、いざ閉じるとなると半世紀の澱のようなものが付いてまわるらしく、予想もしなかった出来事が頻発して、ひとりになったヨウコを怯えさせた。


 定期的に巡回して来る交番の巡査にもプライベートを告げないよう用心深くなっているのに、まして「わたし、ここに住んでいます」的な表札は怖くて掲げられない。




      🏠




 ルーティンを済ませ、あらためて外へ出ると、湿った暖気がまとわりついて来る。

 三連休の最終日、雨つづきのあとの晴れ、混むだろうと思ったカフェは案の定で。


 入口の順番待ち表にカタカナの苗字を記入するとき、ほんの一瞬だけためらった。

 こんな日にわざわざノコノコ出かけて来るひとり客など、歓迎されないだろうな。


 けれど、読みさしの小説のつづきを読了するには、どうしてもここでなきゃ駄目。

 それに、店にとって、ごくたまに来るファミリーと常連客とどっちが大事なの?


 だが、案内された窓際席に落ち着いてみると、意外にも常連さんの顔がちらほら。

 なあんだ、つまらないことを被害妄想的に考えていたの、わたしだけだったのか。


 


      🎸




 馴染みのスタッフに「いつもの」をオーダーして組んだ脚にひざ掛けをのせると、あまり愉快とは言いがたい、ここ数日のメールのやりとりが鮮明に思い出された。


 ――いいですか、今回だけ、あなたにだけ特別に計らうのですからね。

   ゼッタイに口外しないでください、頼みましたよ。(-。-)y-゜゜゜


 まさかの不粋な台詞、聞きたくなかったな、顔が見えないメールならばなおさら。

 これ以上はない事務的な依頼に私情をはさむことなどアリなの? 仕事人として。


 だいいち、人の行いとして、ちっとも美しくないよね~、恩着せがましいのって。

 そんなに露骨に人間性を丸見えにしちゃって恥ずかしくない? なにより自分に。


 あなたのそういうザンネンな面、いまごろになって見せつけられたくなかったな。

 ああ、ガッカリガッカリ、わたしの眼鏡ちがいということだよね、つまるところ。

 

 言っちゃあなんだけど、おたくの会社には一生かけても償えない貸しがあるよね。

 それを、こんなささいなことで完済したとでも言うつもり? ウツワちっちゃ!


 同じ音色できれいな和音を奏でられる人と共演したいなあ……飢えるように思う。

 何も打ち合わせしなくても互いの心が響き合って、絶妙なセッションが生まれる。


 人に生まれてよかったと思える心の楽器の持ち主なら、ほかの条件は問わないよ。

 リタイアして顔も名も秘する隠遁生活に入ってから切実に望むのは一にそのこと。

 


 

      🌦️




 気づけば窓の外は叩きつけるようなどしゃ降りだった。まさに照り降りだ。人生、照ったり降ったり曇ったり「それでいいのだ~」とつぜんバカボンパパの声がした。


 にわかにポジティブシンキングになったヨウコはさっそく今日の幸せを思いつく。

 ウールのマフラーを転じさせたカフェ用膝かけを、四つ折りにして手縫いしよう。


 きちんと四隅を合わせておかないと落ち着かない性分も、これで救われるだろう。

 縫い糸には敢えて目立つ色の絹糸をつかって、ぬくもりの手作り感を演出したい。


 そう思って視線をもどすと、パーテーションの桟に並んだ小さな南瓜がにっこり。

 黒い口を開けて無邪気に笑いかけてくれるハロウィンちゃんにヨウコも笑み返す。





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バカボンのパパなのだ~ 🎃 上月くるを @kurutan

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