第50話 「あなたがずっと好きでした」
「兄さん、少しだけ昔話しない?」
そう、雪が真剣な表情で俺に声をかけた。
「昔話って?」
「私が陽性って診断されたときのこと」
「……」
あえて、蓋をしていたところを開けられてしまったような気がした。
「皆がシェルターに行っちゃってさ、それでも兄さんは私のために残ってくれた。自分の身だって危ないのにさ」
「……そりゃ、お前のこと一人にしておけないだろ」
そのまま雪が言葉を続ける。よく見ると、唇が震えていた。
「だからね。ここに来た日のこと少しだけ寂しかった」
「ここに来た日のこと?」
「ヒッチハイクしてた人いたでしょ?」
「あー」
あの日のことを少し思い出す。
「私も、あのときはあのまま行っちゃって良かったと思ってるけど、けど数日前の兄さんだったらその人の話聞いてたのかなって」
「ばーか、そんなにお人好しじゃねーよ俺は」
「ううん。きっと兄さんは優しい人だからそうしてた思う、できなくてもそうしたかったんだと思う」
「……」
「私ってずるいんだ。陽性だったら、兄さんの傍にいちゃいけないって分かってたんだけど、それでも一緒にいられるのが嬉しくて」
雪の声を震わせながら、真剣な表情で話を続ける。
俺も黙ってその話を聞いていた。
「私、いつ熊田さんの旦那さんみたいに発症するか分からないし」
「何言ってんだ。今まで発症してないんだから大丈夫だろ」
「……だと思いたいんだけどさ」
雪が少しだけ寂しい笑顔を見せる。
「大体、高校だってこれから行けるかも分からないんだぞ。このままだと中卒だぞ」
「中卒は少し嫌かも」
「そうだぞ。それに、雪の高校の制服だって見たいしな」
「……兄さんのえっち」
「なんでそうなる」
雪がいたずら顔でそう言ってくるが、そのまま話を続ける。
「それでね、ここに来てから……ううん星野さんに会ってからずっと考えてたんだけどね、後悔したくないなって」
雪が再び真剣な表情に戻る。
「そんな優しい兄さんのこと、私ってこんなんだけど一番近くで支えてあげたいなって」
●●●
【 雨宮 雪 】
熊田さんの手帳には、すごく達筆な字で色んな事が書いてあった。
とりわけ面白かったのが、旦那さんと馴れ初めとも言える日記にも近いものがずーっと書いてあった。
昔使っていた手帳にに、後から色々追記していったものだったらしい。
それが面白くて、あのときああ思っただとか、あんな風に言われて嬉しかったとか、色んな熊田さんが垣間見えた。
最後に、雪ちゃんへというページがあった。
そこには、自分の娘が私と同じ名前だったとか、男の人には気をつけなさいとか本当のお母さんが書くようなことがいっぱい記されてあった。
最後の最後にこんなことが記されてあった。
“愛しい人といつまで一緒にいられるか分からないんだから頑張りなさい” と。
その言葉が直接言われたわけでもないのにすごく心に刺さった。
●●●
「だ、だからね。これは、私の我がままでしかないんだけどこれからも一緒にいてほしいっていうか!」
雪が、急に声を荒げる。
何やら、どたばたと身振り手振りをしている。
「ゆっくりでいいよ。ちゃんと聞いてるから」
「だ、だから一緒にずっといてほしいっていうか、じゃなくてえっと」
雪の顔は赤らんでいて、目にはうっすら涙が浮かび上がっていた。
それでも一生懸命にこちらに何かを言わんとしている。
――それが何を言わんとしているかは分かってしまった。
それは、家族だから、兄妹だから、あえて今まで気づかないフリをしていたものだった。
「んっとね、だからね、えっと」
雪は、次に何を言おうとしているか分からなくなってしまっているようだった
「大丈夫、ちゃんと聞いてるから」
「だからね、えっとねえっと……」
雪が深呼吸をする。
ふーという雪の呼吸音が聞こえたあと、一瞬だけ周りがしんっと静まりかえる。
川の流れる音と風で流れる木の音がやたら大きく聞こえる。
「兄さん」
聞き慣れた呼ばれ方で呼ばれる。
「ううん、歩さん」
雪が、首をふり、今度は聞き慣れない呼ばれ方で呼ばれる。
他人行儀だからと言って、いつの日か呼ばれなくなった呼び方だった。
「私、あなたがずっと好きでした。家族ではなく異性として」
白い肌を真っ赤にして、こちらにか弱くも力強く声を出す。
「だ、だから私と恋人同士になってほしい。歩さんのこと星野さんにも誰にも取られたくないの。妹はもうイヤなの」
雪の頬には涙が伝わっていた。
川の流れる音と自分の心臓の鼓動がやけに大きく聞こえた。
終末世界を2DKのアパートで 丸焦ししゃも @sisyamoA
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