第49話 初デート

「星野さんごめんなさい。ちょっと行ってきますね」

「はいはい、今日だけだからね」


 雪が、久しぶりに髪を低めのサイドポニーにして、お出かけの準備をする。

 服も、白とネイビーのワンピースを着ていて気合が入っていた。


「歩、あんまり遠くにいかないようにね」

「おう、近く散歩するくらいだからすぐ戻るよ」


 そう言って、家を跡にする。


「仕方ないなぁ」


 と、ため息交じりの声が後ろか聞こえてきた気がした。

  



※※※




「星野さんごめんなさい……」


 ボソっと雪が何か言った気がしたが、よく聞き取れなかった。


「ん? どした?」

「んーん何も」


 二人で農道を歩く。目的地は幸が水浴びしたと噂の近くの川辺だった。


「歩きづらくないか?」


 今日の雪は、やたらひらひらしたワンピースを着ているのでこの田舎風景にやや似つかわしくない格好だった。


「んーちょっとだけ」

「大丈夫か?」

「じゃ、はい」


 雪がこちらに手を差し出す。


「あーはいはい。分かりましたよお姫様」

「よろしい」


 そっと雪の手を握ると、そのまま二人で手を繋いで歩いた。


「今日はデートだからね」


 雪が念を押すように、こちらに声をかける。


「分かってるって。あんまりデートらしいとこには行けないけど」

「……そういうところは行ったときあるんだ。ふーん」

「……」


 そう言って、雪が口を尖らせる。


「私は初デートなのに」

「そうなのか?」

「そうだよ、だから今は他の女の人の話はダメだからね」


 そう言われて、幸の顔が思い浮かぶ。

 そんな心境を察してか、雪が俺の手をぎゅっと力強く握りしめた。


「痛いって」

「ふんっだ」


 そんな話をしていたら、目的の川辺に到着した。

  


※※※




 川辺の丁度いい大きさの石に二人で腰をおろす。


「わー、ここ気持ちいいね」


 少し冷たかったが、気持ちのいい風が通り抜けていた。


「おー、水も綺麗だし釣りとかもできそうだな」

「あっ! 私、お魚食べたい!鯖以外のやつ!」

「川で鯖なんて聞いたときねーー! ってか、いまだに鯖缶のこと根に持ってやがったのか!」

「だって、あのときは毎日鯖缶だったんだもん」

「まだ、余ってるから好きなときに食べていいぞ」

「もうしばらくはいい」


 そんな馬鹿な話をする。

 2DKのアパートで二人でいたときを思い出す。つい最近のことのはずだが、何だか随分昔のことのような気がする。


「……アパートに戻りたいなぁ」


 思わずそんな言葉が漏れていた。


 なんだかんだで、今の家も少しずつだが生活用品もそろってきて生活基盤もほんの少しずつだが整ってきた。


 ほとんど、行くことはないが二階には何部屋も部屋があり屋根裏まであるような家屋だったので広さ的には申し分なしだ。


 それでも、俺はあの狭い2DKのアパートが少し恋しかった。雪と一緒に住むようになってから何不自由なかったわけではないが、あの狭さがなんとなく落ち着くのだ。


「兄さんは戻りたいの?」

「ん? いや何となくだな。俺一人だけ戻っても意味ないし。あの狭さが性に合ってたなと思っただけ」

「……戻るときは私も連れて行ってくれる?」

「何言ってんだ、当たり前だろ」

「ふふっ、そっか」


 雪が靴を脱ぎ、川辺に足を着ける。


「きゃっ、まだ冷たいね」

「そこで水浴びした輩がいるらしい」

「もー! 他の女の話は禁止だって言ったでしょ!」


 しまったと思わず口を紡いだが、雪もケラケラと笑っていた。


「兄さんと星野さんって昔付き合ってたの?」


 不意に雪がこちらに声をかける。


「……幸から聞いたのか?」

「んーん、なんとなくそう思っただけ」

「まぁ、昔ちょっとな――」

「……だと思った。何か二人だけの特有の空気ってあったから」

「そんなの分かるのか?」

「分かるよ、ずっと兄さんのこと見ていたから」


 どことなく気まずい空気が二人の間で流れる。

 雪が少しだけ、声を詰まらすが口を開く。


「兄さん、少しだけ昔話しない?」




【 星野 幸 】



「あはは、謝られちゃった」


 二人を見送って、一人でこの広い家に取り残される。

 まぁ、こういうときはスケッチでもするのが一番だと縁側でスケッチブックを開く。


「多分あの子、今日言っちゃうんだろうなぁ」


 カンと言えばカンだったが、確信とも言えるものがそこにあった。


 ここしばらく一緒に過ごしてきて、私も雪ちゃんに愛着というか家族にもつ感情と近いものが芽生えていた。


 年下の妹ができたみたいで嬉しかったので、当然雪ちゃんのことを応援したい気持ちもあった。


 それでもやっぱり複雑だった。

 嫉妬心をいだいてしまっていた。


「はぁ、歩はどうするんだろ。今まであんなに気づかないフリしてたくせに」


 一番の元凶を思い出し、むかっ腹が立ってくる。


 かくいう私は、今のこの関係にある程度満足してしまっている節があるので、自分から何か行動を起こす勇気がなかった。


 行動を起こして、また何かが崩れてしまうのが怖かった。


 大体、最初別れたときも雪ちゃんのことが原因だった気がするので、ここで万が一オッケーをだしたりすると私は雪ちゃんに二度負けたことになるのだ

 それもそれで、大分思うことがあった。


「いいなぁ素直な子は。だから雪ちゃんのこと羨ましいって言ったのに」


 こちらからは何もアクションは起こせないので、出かけていった二人の家族の帰りを待つことしかできないのがすごく歯がゆかった。

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