第48話 雪の卒業式②

「私……こんな風にしてもらえるなんて思わなくって」


 雪が声を詰まらせながら、何とか声を出す。

 

 思わず、幸と顔を見合わせてしまったがそのまま雪を見守ることにした。


「ずっと……ずっとこういう家族がほしく……学校とかも諦めてて」

「家族ならここにいるだろ。学校もまだ分からないんだから」


 これからの未来にほんの少しの希望を込めて雪にそう告げた。


「――うん。だからありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」


 幸が満面の笑顔でそう答える。


「いやー、そんな風に喜んでもらえるとこっちも嬉しいね」

「そうだな」


 そう言って、雪の目の前まで近づく。


「雪、これ。卒業の記念……にはならないかもしれないけど俺のお祝いの気持ち」


 雪に何か送れてないかとずっと考えていたのだが、今の状況では中々これだと言ったのがずっと決まらなかった。


 そんなときたまたま、この前の物資調達時にご当地物のストーンだかを使った指輪を見つけたのだった。一応、俺の中の雪のイメージの色で真っ白の石がついたものだったが、お土産物らしく作りは粗末なものだった。


「えっ、いいの?」

「つっても、この前の商店で見つけたやつなんだけどな。本当は自分で買ってちゃんとした記念のもの送りたかったんだけど」


 そう雪に言うと、後ろから「いつの間にーーー!」と、悔しそうな声が聞こえてきた。


「ほら、雪」


 ポンっと手の平に渡そうとすると、雪が中々受け取らない。


「なんだよ、気に入らなかったか?」

「ううん、すごくすごく嬉しい!」


 そう言うが、何故か雪は受け取らない。


「?、じゃあ、早く受け取ってくれよ」

「せっかくだから指輪つけてよ兄さん」


 そう言って左手を差し出す。


 ……。


 さすがに妹の指に指輪をはめるのかなり気まずい。っていうか後ろの人の目もあるのでかなり恥ずかしい。


「せっかくだからつけてあげなよ歩」


 ニヤニヤしながら後ろの洗濯おばさんが俺を煽る。

 幸は、最近こういったやりとり見るのが楽しくなってきたみたいで、その時のこいつの楽しそうな顔といったら……。


 少しだけムカっ腹が立ってくる。


「あー、もうかなり恥ずかしいんだけど」

「せっかくの雪ちゃんの卒業式なんだから言うこと聞いてあげなよ」

「はいはい」


 そう言って、雪の白い小さな手を手に取る。


 雪が、一瞬ビクッと身体を震わせる。自分で言っといて雪も少し緊張しているようだった。


 差し出された雪の小さな左手を見る。


 ……しかも左手って。これって、どこの指につけるのが正解なのだろうかと一瞬迷っていると、


「ちゃんと薬指につけてね」


 と、俺の内心を見通したのか雪が俺にそう声をかけた。


「薬指って、お前それでいいのか」

「いいからいいから!早く!」

「あーもう!分かりましたよお姫様」


 そう言って、雪の小さな左手の薬指に指輪を通した。

 ……が、サイズが全く合わずぶかぶかだった。


「ありがとう、兄さん」

「サイズ全然だったな」

「ううん、いいの」


 雪が、ぶかぶかの指輪をしたまま左手を胸の前に置いて右手でぎゅっと左手を握り締める。


「一生大切にするね」

「んなおおげさな」

「ううん、絶対一生大切にする」


 そう言うと、雪が満面の笑顔を見せた。

 その顔が見れただけで、やって良かったなと思ってしまった。


「な、なんかこっちまでドキドキしちゃったよ」


 後ろで見守っていた幸がこちらに声をかけてきた。


「よし、そろそろメシ食べようぜ」


 そう言って、焚き火台の飯盒に目をやるといい感じにぐつぐつと煮えていた。

  



※※※




「お米については、まだまだ改善の余地がありますな」


 焦げた飯盒のご飯を食べながら、幸が声を出す。

 どうやら、火力が高すぎたようでいつの間にか焦げてしまっていた。


 すっかり日は落ちてしまって、周りは真っ暗になってしまっていた。

 今日は焚き火台で木が燃えているので、その灯りが周りをを暖かな色で照らす。


「けど、おこげみたいで美味しいよ?」


 雪が、笑顔でご飯を口に運ぶ。

 褒められた出来のご飯ではなかったが、雪はこちらに気を使っている様子はなく、きっと本心で言っているのだろう。


「肉とかあればなー。BBQとかできるんだろうけど」

「確かに、お肉食べたいね」


 雪が、俺に同意をする。


「歩、ここらへん猪とかいそうだから狩ってきなよ」

「ははは、どこかのお偉いさんは無理をおっしゃる」


 そもそも猪を狩れたところで捌き方などは全く分からない。

 猪や熊の肉って、獣臭いので処理がやたら大変だと聞いたときあるので、おいしく食べるのは中々骨が折れそうだった。


「兄さんと星野さんって本当に仲いいよね」


 今更ながら、雪が俺たちにそう声をかける。


「そうか?」

「うん、兄さんがそんな風にくだけた感じで話すのって星野さんしか見たときないし」


 言われてみれば、あんまりこう言ったバカな話は幸としかしないような気がする。


「ちょっと羨ましいなって」

「私は雪ちゃんが羨ましいけどね」


 幸がコップに入ったジュースを飲みながら雪に声をかける。


「そうですか?」

「うん、すごく羨ましいよ」


 避難所にいたときは、少しばかり二人の距離もあるように感じていたが、ここに来てからは二人の距離も大分縮まったかのように見えた。

 雪も幸に対して接するときは、大分遠慮がなくなったかのように感じて微笑ましかった。


「雪、他に欲しいものとかあるか? あんまりちゃんとしたものは用意はできないけどな」

「こんなにしてもらったのにまだいいの?」

「せっかくの記念なんだから遠慮しないで何でも言っていいぞ」


 そうすると、雪が少しの間うーんと悩んでいたが、すぐに答えを出した。


「じゃあ兄さん、私とデートしてよ」


 そう雪が言うと、幸の顔が少しだけ引きつった気がした。

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