第47話 雪の卒業式①
三人で庭で作業をしていた。
俺はテントの組み立てとキャンプ用品の使い方を、幸は手洗いで洗い物をしていた。雪は室内の片付けをしていた。
「ばあさんは川に洗濯にってやつかなぁ」
「じゃあ、あんたは早く山に芝刈りに行きなさいよ」
ごしごしと手を動かしながら幸がこちらを睨みつける。
「ごめんなさい」
「謝られるのもムカつくんだけど」
そう言いつつも笑いながら幸が水の溜まった大きい桶に洗濯ものを入れる。
「井戸水で手が冷たいなぁ」
「あとで暖めてやろうか?」
「お願いしたいけど、雪ちゃんに怒られそう」
そんな軽口を叩きながら、お互い作業をすすめる。
「どう? そっちはうまくいきそう?」
「ランタンの使い方はオッケー。ってか電池入れるだけだったし、テントと焚き火台は今からちょっとやってみる」
そう言って、我ながら慣れない手つきでテントを組み立てていく。
ボロボロだったが、説明書が残っていたのでそれに目をやりながら慎重に道具を取り揃えていく。
完全にインドア派だった俺だっが、いざやってみると案外面白くて楽しみながらこの作業をやっていた。
「なんだかんだで楽しそうじゃん」
「おー、やっぱりこういうのは男のロマンだよなぁ」
「誰かさんは昔はこういうの連れていってくれなかったなぁ」
「あーあー聞こえない」
小石等を取り除き、庭の平らなところにテントを広げる。
フレームを差し込んでいき、テントの骨組みを作っていく。
「大体、誰かさんはいっっつも絵ばっかり描いてただろ」
「ぐっ」
洗濯おばさんの手が止まる。
「だって、それは誰かさんが好きにしていいって言うから」
「じゃあ、それはお互いさまですなぁ」
お互い、ある日の誰かさんについて思いをはせる。
そんな誰かさんたちはもういなくなってしまったと思っていたのだが、不思議にも今こうして同じ空間にいるのだから、人生ってつくづく分からないものだと思う。
「なぁ、バリケードとかって作ったほういいと思うか?」
「ゾンビ対策に?あるかないかで言われたらあったほうがいいんだろうけど、どうだろ」
お互い、正面の農道の一本道に目をやる。
誰かがくるようならそれこそ一発で様子が分かる。
そもそも、ここ周辺には誰もおらず、人の遭遇もここに来た時以外はゼロだったのでここにそんなゾンビがいて例の行軍がくるとはあまりにも考えづらかった。
「最低限、目隠しみたいなのは必要かもなぁ」
ゾンビよりも心配しているのは、悪意をもった人間がまたやってくるのではないかという懸念は大分ある。
農道の一本道からしか、ここの家はほとんど視認できず周りは山とほとんど木に囲まれている。
ここの家に来ようと思う者しか中々視認できない位置にはあるが、ある程度のカモフラージュ的なものは必要なのかもしれない。
「随分と人間不信になっちゃったね、まぁ分かるけどさ」
「仕方ないだろ。あんな思いはもうごめんだ」
テントのフレームが差し込み終わったので、テントを立たせる。
「ごめん、幸そっちちょっと支えてもらっていいか」
「はいはーい」
ドーム型のテントを立たせて、それなりの形になる。
「おぉーーいいねー。キャンプにきてるみたいでワクワクする」
幸が声をはずませながらこっちに声をかける。
「あとはベグってやつを固定して終わりみたい」
そう言ってペグを地面に打ち付けていく。
「ねぇ、歩。雪ちゃんの件どうするの?」
「あぁ、もう四月になるし。今日決行だな」
そのためには、焚き火台を使えるようにしとかなければならない。
テントが終わったので、焚き火台を組み立て準備をする。
素人でも簡単に組み立てることができたので、メーカーさんってすごいんだなぁと一人で感心していた。
※※※
「おーーすごい!」
外に並べられた、テントを見て雪が感嘆の声をあげる。
「今日はこっちで寝ようよ!」
雪が、テントの中に思わず入ってそう俺たちに声をかける。
「雪、こっちも見てみろよ」
雪にそっちも見るように促す。
焚き火台の上には飯盒が乗っかっており、米を炊いていた。
適当な木材で火付けを行い、飯盒の下の火は今轟々と真っ赤に燃えている。
……チャッカマンを駆使して、なんとか火付けを行ったのだが今日の作業で一番苦戦したのはここだった。
幸に笑われながら行ったこの苦戦の記録は黒歴史として葬り去ることにした。
「おぉー、ホントにキャンプっぽい」
他にも、アウトドア用のテーブルを出したりなどして、見た目だけはかなりBBQっぽい雰囲気が出ていた。
「うまく炊けるかは知らんから期待するな!」
「えー」
雪がクスクスと楽しそうに笑う。
「雪、ちょっとそこに座ってもらっていいか」
用意していた、アウトドア用のゆったりしたチェアーに雪を案内する。
雪の小柄な体は、俺に案内がされるがままにアウトドアチェアーにおさまった。
「えっ、なになにどしたの?」
「幸」
「うん」
そう言って幸が、一枚の紙を両手に持って雪に差し出す。
「えー、雨宮 雪さん。この度は中学ご卒業おめでとうございます」
幸が、両手でその紙を雪に差し出す。
幸がデザインした卒業証書だった。
一般的な卒業証書より大分ラフな紙質のものになってしまっていたが、さすが元デザイナー、達筆な字でデザインは立派な卒業証書になっていた。
「歩が発案なんだけどね。もう四月になるのに雪ちゃんの中学卒業のお祝いしてないって」
「あっ……」
雪がその卒業証書をおずおずと受け取る。
「雪、中学卒業おめでとう。遅くなっちゃってごめんな」
「……ううん。そんなことは」
「おめでとう、今年から花の女子高生だな」
そう言って、雪にコップをもたせてジュースを注いでやる。
「こんなお祝いしかできなくてごめんな。ケーキとかあったら本当は良かったんだけど」
「ううん、すごく嬉しい!」
そう言って、幸と一緒にコップを突き出す。
「雪ちゃんおめでとう、乾杯!」
「おめでとう!」
カンっと雪のコップと乾杯をする。
「って言ってもかなり質素になっちまったなぁ」
「あはは、今の私たちにはこれが限界でした」
「もし元通りになったら、その時は盛大にやろうな雪。あっ、そのときは入学祝いもか!」
「うっ……ぐすっ」
幸とそんなことを話していたら、雪のすすり泣く声が聞こえてきた。
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