【短編】夜空へ昇る流れ星
Edy
月の欠片
月の欠片を拾った夜、僕は空に顔を向けた。たくさんの星がまたたいていて、いくつもの流れ星が現れては海に消えていく。いつもと変わらない夜だったけど、なんだか違う空に見えた。
月、という大きな星があったと聞いたからだ。
それを教えてくれたのは、さっき波打ち際で拾った銀色の玉。手に収まる大きさのそれは、口もないのに喋り、月の欠片と名乗った。
僕は浜に上げてある、父さんのボロ舟に乗って寝転がる。今は真っ暗だけど、昼間は青い空を見上げる。雲や太陽、たくさんの星、それから昔あったという月はどうやって浮かんでいるんだろう? 不思議に思って、月の欠片にたずねてみた。
「月って空に浮かんでいたんだよね。どうして落ちたの?」
銀色の玉は、僕の手の中で震えながら答えた。
「浮いているんじゃない。あそこには上も下もないからな。それに月は落ちていない。破壊されたんだ」
「ごめん。何を言ってるのか、ぜんぜんわからない」
「まったく、いつの間に人間はこんなに劣化したんだ? これじゃあ月の連中が浮かばれない」
そう言うと、銀色の玉はブルブル震える。まるで怒っているようだった。
昔、空にあった月という場所にはたくさん人が住んでいたらしい。だけどチキュウの人間に月は壊された。月の欠片はそう教えてくれて静かになる。
僕は寝転がったまま月の欠片を空にかざした。月があればこんな風に見えるのかな、と思いながら。
「えっと、チキュウって何?」
「この星のことだ。そんな事も知らないなんて、歳はいくつだ? どうやって暮らしている?」
質問を質問で返されたけど、素直に答えた。
「12。ここでは海で漁をしてる人が多いよ。他の村だと野菜を育てたり、動物を捕まえたり。時々、交換したりね」
この前、父さんが魚と交換してきた肉はおいしかった。あれを腹いっぱい食べられたら幸せだろうな、と思い浮かべただけで頬が緩む。だけど月の欠片はまた震えはじめた。あまりにも強く震えるから手から落としてしまう。でも、月の欠片は宙に浮いたままだった。
「浮いてる。どうやって?」
「なんてこった。滅ぼすべき敵が存在しないだと? これでは使命を遂行できない」
質問が聞こえていないのか、難しい事を話し始める。それは僕に聞いているというより悩みが漏れ出ているようだった。
ひときわ大きい星が流れて空が明るくなる。月の欠片が照らされたけど、なんだか寂しそうに見えた。
一人で舟を出した時、潮に流されて帰れなくなったのを思い出す。とても怖くて、寂しかった。父さんに見つけてもらえた時は嬉しかったし、頭を撫でてもらって安心したっけ。
だから僕も月の欠片に同じようにしてみた。ツルリとした表面をそっと撫でる。
「大丈夫だよ。うん。大丈夫」
「何が大丈夫だ! 地球に打ち勝つ兵器として作られたというのに、起動した直後に衝撃で外宇宙まで飛ばされた。長い年月をかけて帰ってきたら月は破壊されていて、残骸が残るのみ。せめて報復と考えてみれば倒すべき敵がいない。大丈夫だというなら月を返してくれ!」
月の欠片に何があったのかはわからない。意味のわからない言葉ばかりだから。でも、とても怒っていて、悲しんでいるのはわかった。
何とかしてあげたいけど、僕にはどうしようもない。だったら変わりを作ればいいんじゃないか?
「月の欠片は空から来たんだよね」
「その通り。地球の現状を把握するために降りてきた。それがどうした?」
「だったら、月を直すのはどうかな?」
月が大きいといっても、指で隠れる太陽ほどじゃないだろう。遠いから小さく見えているとしても、せいぜい僕が住む島ぐらいのはず。月の欠片に直せるのかはわからないけど。
そう思って話したけど、月の欠片の反応は悪かった。
「直す力はある。しかし、月の住人は戻ってこない」
「じゃあさ、僕が住んであげるよ。そうすれば手伝えるだろうし」
「人間が住めるようになるのは何世代も先だ。お前は生きてはいない」
「それなら、僕の子供や孫に言っておくよ。月の欠片を助けてあげてって」
その頃には月に行ってくれる人が増えてるはず。十人いれば一日で家が建てられるし、月の欠片の仕事もはかどるんじゃないか?
「どうかな?」
僕が問いかけると、月の欠片が答える。
「兵器として作られた私が破壊ではなく、再生を行う、か。馬鹿げた話だ。しかし、何もしないよりはいい」
月の欠片は、ゆっくり夜空へ上がっていく。
「少年。礼を言う」
僕は立ち上がり、月の欠片に向かって手をのばした。
「まだ、何もしてないよ」
「そうだった。またな」
「うん。またね」
月の欠片は銀色の光を放ちだすと、急激に速度を増す。
夜空から落ちてくる流れ星に逆らい、長い尾を引いて、空に消えていった。
終
【短編】夜空へ昇る流れ星 Edy @wizmina
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます