学校の恐怖

 クラスメイトの藤白君はすごくおかしい。

 そう気づいてから一年くらいたった冬のある日のこと。

 夜十時過ぎ、俺は大事な宿題を教室に忘れて来たのに気づいた。

 次の日に提出しなければ大変な目に合う宿題なので、俺に残された選択肢は『学校に取りに行く』以外になかった。

 ただ、いくら俺が立派な男だとしても夜の学校に行くのはかなり怖かった。明るい場所を歩くのが俺のモットーだ。暗い夜道を歩き灯りがない学校に忍び込むなど度胸はない。

 だからといって次の日のことを考えるとそっちのが怖い。宿題を出した先生はかなり怖くて、あの変人な藤白君や最強と謳われた明海ちゃんでさえ立ち向かえない人だ。そんな人を相手に俺は素直に「忘れました」なんて言えるだろうか。きっと居残りさせられ暗い夜道を歩かなくてはならなくなる。そんなのはイヤダ。藤白君に付き添う方がまだましだ。

 てなわけで俺は携帯を手に取り、ある番号に電話をかけた。

「もしもし」

 いかにも寝てましたって声で藤白君は電話に出た。

 本当なら藤白君には頼りたくはない。藤白君は夜道に俺を誘うわ、怖い場所に誘うわ、煽ってくるわっと嫌な奴だけど、俺には腹を割って話せるほど友人はおらず唯一頼れるのは藤白君だけ。それにクラスメイトの中で一人暮らしをしているのは藤白君しかいなかったので、頼らざるを得なかったこともある。

「キミは本当にバカだな。一、いや二、三回死ねばいい」

と暴言を吐きながらも、藤白君は10分後に校門で待ち合わせをしてくれた。


 そして10分後、自転車を飛ばして校門に着くとフードをすっぽりかぶった怪しい人間が一人いた。何を隠そう藤白君だ。

「クソ寒いってのに」とブツブツ呟いている。無理もない雪も降り始めていたからだ。積もるかもしれない。大雪になる前に早めに済ませないといけない。

「おごれよ」

「わかっているって」

 俺は藤白君にある条件を結んでいた。来てくれる代わりにありったけの食料を提供するという約束だ。リュックの中には缶詰やパン、お菓子などそれなりの食料が入っている。藤白君は一人暮らしているうえ、バイトは学校行事が長いこともありあまり食べれていない様子。だから代わりに提供するという折り合いがついた。ただ、着き合うたびに奢れという条件付きだったが、こればかりは致し方ない。

 懐中電灯を手に旧校舎から侵入した。旧校舎の窓は割れていたため簡単に侵入できた(取り壊されたのはそれから二週間後のこと)。

懐中電灯を片手に警備が薄いことに文句を言いながら、校舎内をうろつきまわる。

 しかし夜の学校ってのは、どうしてこんなに不気味なものなのか。

 廊下の先で非常ベルの赤いライトがついているだけで「ひょ」と変な声がでるぐらい。いかにもなにかが出そうな雰囲気だ。

 しかも隣にいるのは藤白君。宿題を忘れてきた自分を俺は酷く呪った。そのときだった。

「三倉、ちょっと止まって」

 教室に向かう階段の途中で、不用意に止められた。

 多少ビビりながら「なに?」と聞き返すと、藤白君は親指をクイっと後ろに指し、「足跡、増えてる」と小さく言った。

 耳をすませば確かに、カツカツと音が聞こえてくる。

 内心めちゃくちゃビビりながら俺は笑顔を浮かべていった。藤白君からしてみれば恐怖で引きつったような顔に見えていたのかもしれない。

「藤白君はなんでもそっちに考えるね。ビビりすぎだって。きっと用務員さんか宿直(しゅくちょく)の先生だろ」

「キミは本当におめでたいね。用務員さんがハイヒールを履いているか?」

 確かに足跡はハイヒールの音に聞こえる。

「お、女の先生が宿直なのかもしれないだろ?」

 俺は恐怖を拭いたい一心でなおも反論した。

しかし藤白君はニヤリと笑うと「じゃあ聞くけど、なんて足音が増えているの?」

 その言葉を待っていましたと言わんばかりに足音がそこら中から聞こえだしてきた。

 上ってきた階段だけじゃない、これから行こうとしている廊下、教室といろんな部屋から足音だけがけたましく叩いている。まるで祭りごとのように足音だけが躍っている。

 異常じゃない。こんなの現実じゃない。

「藤白君」

「なに」

「走ろう」

「そうだね」

 俺は藤白君の手を掴み、一緒になって階段を駆け上がった。そこら中から聞こえてくる足音を消えるほど足音を立ててその場からやり過ごそうとする。

 息を切らしながらも目当ての教室を見つけ、その中に飛び込む。

 教室の中からも足音が聞こえ、一番安全そうな場所、そうロッカーの中へ隠れるようにして二人で入った。掃除用具が邪魔のように感じたが、そんなことを考えている暇もなかった。ただ、この音が静まり返るまで安全でいられる場所を探した結果がこれだったのだ。

「せまいって」

「がまんしろよ、俺だってせまい」

 大した体格をした男二人がロッカーという狭い場所に入って落ち着けられる雰囲気じゃない。むしろ、ロッカーの戸を開けられ変な誤解をされないことを願いたい気分だ。

 足音は不思議と聞こえなくなっていた。先ほどの出来事がまるで嘘のようだった。だけど、俺の心臓は激しく鳴っている。いまにもはちきれそうになるぐらい高らしく喚いている。

「三倉、知っている?」

 こんなときになんだよと顔をしていると

「心臓の音はね、ああいうものを呼び寄せるんだよ」

 ニタリと前髪に隠れた目が笑う。

 途端に、太鼓をたたくかのようにけたましい音が来た方から聞こえてきた。その音はロッカーの中に段々と迫ってきていた。

 ドンドン!! ドンドン!! ドンドン!! ドンドン!!

 リズミカルに叩く太鼓の音は次第にロッカーのそばに止まり、ロッカーの戸を叩くかのようにガンガンガン! という音に変わった。何かで叩きだしている。

「うあ”ぁああっ!!」

 俺は耳を抑えて叫んで、藤白君にしがみついた。

「だから言ったでしょ」と藤白君の体を揺さぶりながら訴えていると「うざいッ!」と一蹴し、俺を引きはがすかのように蹴飛ばした。ロッカーのネジが外れ、ロッカーの戸ごと俺は外へ放り出された。

「やかましいわボケぇ!!」と、ものすごい声で怒鳴った。

 そして外れたロッカーの戸を元に戻して「帰るよ」と言ってスタスタと歩き出した。

 呆気にとられながらも慌てて藤白君を追った。

 さっきまでの音はまるで最初からいなかったかのように静まり返っていた。足音は俺と藤白君だけで、その後、家に帰るまで何も起きなかった。

「怖いと思うから、彼らはつけあがるんだよ。キミの鼓動が彼らにとっては祭みたいに騒ぎだしていた。その音がピークに達したんだ」

 意味の分からないうんちくを言いながら、校舎を出ていった。

 俺はもうなにもいえるほど気力がなかった。


 そのあと、どういうわけか藤白君の自転車がパンクしていた。弁償代としてきっちりと払わせられたが、今に思うなり藤白君は俺が奢るといったから、パンク代を安くするために持ってきたのだろうか。そういえば、自転車登校したのを見たことがない。

 それよりも、俺はいま勉強机の上で唸っている。

 肝心の宿題を忘れてきていたことに。

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藤白君はおかしい 黒白 黎 @KurosihiroRei

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