トンネル
藤白君はどう考えてもおかしい。
そう気づいてから数か月が過ぎたある日のこと。
俺は藤白君と藤白君の彼女の明海(あけみ)ちゃんと一緒になぜか心霊スポットに行くことになった。
その心霊スポットは地元にある小さなトンネルで、ちょうど病院のそばなこともあり良くない噂がネットに綴られている。今でも利用者がそこそこおり、見た目は廃れて危なそうだなと感じに見えるとこだ。
ネットでの噂だが、カナリやばいという話だ。なんでもその病院に入院していた女の子が同室の患者にイタズラされてショックのあまりそのトンネルで自殺をしてしまったらしい。
その子が死んだ場所にはなぜか赤いススキが生えているという。
めちゃくちゃありがちな怪談で、嘘か真かなんてわからない。むしろ俺はタチの悪いただの噂だと思っている。そのトンネルを利用したことがある身として見れば、赤いススキなんて一度も見たこともないし、自殺した女の子がいたというのも初耳だ。ネットの与太話で片付くかと思えば、そのトンネルでは実際に頻繁に事故が起きているのも事実で、その真相を確かめるべくか乗り気だったようだ。
「そういえば、こないだ中学生が車にはねられたらしい」そんな話を怖がる俺のそばで平気で話しているもんで、「そ、そんなことよりカラオケでもいこう! うん、そうしよう!」と提案すると案の定というべきか無視される。
トンネルにつく前に何度か断る機会があったのだが、チキンな俺は断り方をまったく思いつかなかったこともあり結局2人の後を付いていった。
トンネルはひどく暗く、照明の類はなぜかこの日ばかりかついていない。
「なんで…こんなときに…」そんな風に思っていると「歓迎してくれているみたいだ」と呑気なことを言っている。早く帰らせてくれと心の中で懇願(こんがん)した。
トンネルの中に入る2人の後を追う。1人で帰ればいいのにと思われるかもしれないが、こんな時間に道草を食うほど強気じゃない。むしろ、明るいうちに帰るのが俺のモットーだ。
トンネルの中は湿気があるのはむわっと来た。サウナの中に閉じ込められたかのような暑苦しい。壁伝いは苔なのか何なのかヌルヌルしていて気色悪い。
「めっちゃ不気味やなあ…なんかお誂(あつら)え向きってカンジ?」
明海ちゃんの声がトンネル内に響く。
二か月前に関西から転校してきた明海ちゃんが、藤白君とどう付き合うまでに至ったかはよくわからないが、さすが藤白君の彼女と言うべきか度胸(どきょう)は座っているみたいだ。先陣切ってサクサク進んでいく。
俺はというと、藤白君の腕にコアラのようにしがみつきながらノロノロと歩いているだけだった。
「ここ、すごいね」
真ん中まで来た頃、藤白君が嫌なことを呟いた。
「『なにが?』とか聞かない方がいい?」
「噂では女の子だったけど、他にもたくさんいるみたいだね」
藤白君は俺を無視して続ける。
「年寄りに子供(ガキ)におっさんに…やたら古い服装をした人もいるな。あとは…」
藤白君の言葉に俺はガクブルと震えていた。そんなにいるなんて、やっぱり来なければよかったとひどく後悔した。
「なあー、これちゃうん? 赤いススキ」
トンネルに明海ちゃんの声が響く。懐中電灯だろうか、グルグルと回しながら光がこちらに向けられていた。
「でかした明海、見せてみろ!!」
藤白君が嬉々(きき)として走っていく。俺も後を追いかけるが、「あいたっ!!」なにか躓(つまづ)いてすっころんだ。あっという間に藤白君たちは闇の彼方へと消えていき、俺は一人取り残されてしまった。
不安になって半泣きになり、「藤白君ー!! 明美ちゃーん!!」と何度も叫んだが、返事は帰ってこなかった。それどころか後ろから「こっちだよ」と女の子の声が聞こえてきた。
「こっちだよ!」
再度聞こえた。声は明海ちゃんの声なのだが、先に進んでいった明海ちゃんが、このわずかな隙に俺の後ろに周れるわけもない。つまり、後ろにいるのは…。
「うわぁあああ!!!」
俺は絶叫して走った。振り返る勇気もない。ただ走るしかなかった。
「こっちだよ、ねえ、こっちだよ」
相変わらず声は聞こえてくる。しかも段々迫ってくるような感じだ。
「こっちだってばあ!!」
ひどくかすれた声が耳元に囁かれた。
「藤白君 藤白君 藤白君 藤白君 藤白君!!!」
俺は藤白君の名前を何度も叫びながら走った。
そんなに長いトンネルでもないのにひどく遠く感じた。
前の方に藤白君と明海ちゃんらしき影が見えて、ホッとしたのもつかの間。
「こっちだよ」
女の子の声が男の声に代わり、すぐ後ろから聞こえた。俺は2人を通り越して出口に向かって全力で走り抜けようとするが、「どこ行ったかと思ったら、何してんの」追い抜こうとした俺をわしづかみにするかのように藤白君の信じられない力技で止められた。
明海ちゃんがキョトンとした顔で俺を見ていた。手には赤茶色のススキが握られていた。
「あ、あ、あああけみちゃん、ふふ、ふ、ふじしろくん。帰ろうよ」
俺は息切れしながら言った。
しかし、明海ちゃんはゲラゲラ笑いだし、「なんでよーまだ北ばっかりやん。やっとススキも見つけたんやで、ほら」と言った。
「…明海、三倉(さくら)、走れ」
藤白君がぼそりと呟いた。
明海ちゃんがもっていた懐中電灯を藤白君に照らすと同時に突然割れる。そのとき藤白君の顔はひどく青ざめていた。
「ふ、藤白君?」
「いいから走れ!!!」
藤白君は怒鳴るなり俺と明海ちゃんの手を引いて走り出した。
藤白君の長い前髪から覗く瞳はひどく吊り上がっていて、ものすごく焦っているのが分かった。
あの藤白君が青ざめている。それは俺にとって背後のなにかに怯えている様子だった。
藤白君が血相を変えるほど、ここにはなにかがいる。それがすごく怖かった。
「もう、なんなのよ、いきなり…」
気が付くとトンネルを抜け、病院の立体駐車場の入り口付近にいた。病院の明るさもあり、ホッと胸を撫で下ろした。
明海ちゃんはいまだに意味が分からないらしくキョトンとしている。
「久しぶりに凄まじいものを視たよ」
息を切らしながら藤白君が言う。
「自殺した女の子なんて可愛らしいもんじゃないね。相当恨みが深いのか、たんに無邪気なだけなのか」
「無邪気?」
「子供だよ。5,6才の子供。最も顔を正面から見るには辛いほどだけど、可愛げなんかかけらもないね。キミがずいぶんお気に入りだったみたいだよ。キミと競争をしているみたい」
俺は「やめろ!」と話しを中断した。藤白君はニタリと笑うと「キミはモテキだな」とニヤニヤとみていたが、反論する気はなかった。むしろゾッとしていた。
『こっちだよ』
あの声の主に反応して振り返っていたら、俺は今頃、藤白君の煽りを聞いてもいなかったのかもしれない。
「キミだけが連れていかれるならまだしも、あのままなら僕や明海も危なかったからね。ああ、怖かった」
藤白君はヤレヤレといった様子で歩いていった。
「なんか意味わからんな。あたしだけハブられているみたいやん」と、明海ちゃんは文句を言っていた。
ある意味で彼女が一番最強な気がした。
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