02 夜の学校

 クラスメイトの藤白君はかなりおかしい。

 そう気づいてから数週間が経った頃、俺の学校には学園祭が近づいていた。

 お芝居をするため、放課後の時間を使って衣装を作っていたのだが、俺と藤白君だけペースが遅いためか、終わらず女子から「残りやっといて」と命令されて半(なか)ば強制的に俺と藤白君は学園祭の準備のために先生の見守りまでやり続けることになってしまった。

 せっせと針仕事を頑張り、残りの仕上げまで勤しんでいると藤白君はブツブツと文句を垂れていたが、女子の命令には逆らえないらしく衣装を縫(ぬ)っている。


 そのうちに辺りは真っ暗になり、時計は19時を迎えてしまっていた。

 先生の見回りが来たが、適当にごまかし、特例だが20時までいさせてもらえるようにしてもらえた。

 衣装もだいぶ出来上がり、「そろそろ帰ろうか」と時間も時間なので俺は藤白君に声をかけた。

 藤白君はニタリと笑うと、

「キミはほんとうにバカだな」と暴言を吐いた。

 ムッとして「なにがだよ」と言い返すと、藤白君は気味悪くニタニタと笑って、「せっかく夜の学校なんてお誂(あつら)え向きな場所にいるのに、さっさと帰るなんてばかばかしい。ほら、行くよ」と、恐ろしいことを言いきり、俺の手を引っ張った。

 そこで嫌だと言えないのが俺のダメなところで、引っ張られるまま俺は夜の学校の散策に出かけた。時刻は21時を過ぎていた。先生に特例と言われていたこともあり早く帰りたいと言ったのだが、夜の学校が怖くて一人では帰れず、結局、藤白君が終わるまで待ってしまった。

 藤白君の進む先を見て、俺は嫌や予感がしていた。

 俺の学校には旧校舎があり、図書室と視聴覚室のみが時たまに使用され、それ以外は普段はあまり使われていない。故(ゆえ)に夜なんかはかなり気味悪い。

 しかも隣には藤白君。どうしようもなく怖い。旧校舎に向かわずこのまま帰ればと祈っていたが、やはり藤白君は真っすぐ旧校舎に向かった。

「やっぱり帰らない?」と一か八か声をかけるがアッサリ無視され、藤白君は隠していた懐中電灯を取り出し、旧校舎に入っていき、俺もそれに続いた。


 問題の旧校舎は暗くてすごく不気味だった。

 床はギシギシいうし、空き教室の窓ガラスはひび割れてるし、作者なんかとっくに卒業しているであろう飾りっぱなしの書道作品や似顔絵は気味悪い。

 俺は恥ずかしながら半泣きだった。

「帰ろうよ」と弱音を吐くも藤白君はズンズン進む。怖いもの知らずだ。

 そしてある教室の前で立ち止った。

「”ココ”、面白いね」

 藤白君の長い前髪から覗く目が弧を描いた。

 ヤバいと思ったがもう遅い。藤白君はガラガラとドアを開け、床をきしませながら中に入る。廊下に一人で取り残されるのは嫌で俺も恐る恐る後に続く。

 中は普通の教室で、ずらりと机がきれいに並んでいた。

 やはり書道作品や似顔絵が飾られている。しかし特に嫌な気配はしない。それどころか二つ疑問が浮かび上がる。

 空き教室で使われていないにもかかわらず机が偉くきれいに整頓されている。いまでも授業をするかのように机の上には埃ひとつない。誰かが掃除をしているのだろうか。

 もう一つは帰りのことが心配だ。

 いつの間にか大粒の雨が降り出していた。窓の外はザーザーと音を立てて降り続いている。ひび割れした窓が風で軋むほど風が吹いている。

「傘持ってくればよかったなぁ」と呟いたとき、藤白君はケタケタと笑った。

「ココはほんとうにおもしろいよ!! ちまちま針仕事をした甲斐(かい)があった!!」

 俺にはさっぱりわからなかったが、藤白君には相当楽しい場所らしい。

 俺は藤白君の方が気味悪くなって廊下に出た。

 窓の外は激しく雨音を立てて降っている。帰るのは憂鬱だなと思っていると、雨の中誰かが走ってきていた。街灯がない夜の学校の外を走る誰か。それが誰なのかはわからないが、俺が窓から見ていることを気づいてか、そいつはこっちに向かってきた。

 見回りの先生だった。

「なにしている? さっさと帰れ」と窓越しに向かって言っていた。やべ先生だと俺は藤白君を呼ぼうとしたとき、ふと気になることがあった。

雨なのにどうして濡れていないんだ? ゾクリと背筋が凍ったかのようだった。振り返る勇気はなかったが、窓越しに見えた外の景色には誰もいなかった。雨は続いている。『さっさと帰れ』先生のような声が窓の外から聞こえる。

「藤白君!!! 帰ろう!!!」

 俺は全身に冷や汗をかきながら、まだケタケタと笑っている藤白君を引っ張って走った。

 怖くて怖くて仕方がなかった。藤白君は相変わらず笑っていた。


 旧校舎を出ると、雨は上がっていた。

 藤白君はまたブツブツと文句を言っている。

「キミのせいで半分も楽しめなかった。面倒な針仕事を頑張ったのに意味がないじゃないか」

「まあまあ。雨も上がったし、タイミングよかったじゃん」

 俺は藤白君を窘(たしな)めかかるが、

「キミはバカだろう? 何を言っているんだ。雨なんか降ってないじゃないか」と、キョトンとして言った。

「なに言ってんだよ、あんなに激しく雨音が…」

 そこまで言いかけて怖くなってやめた。あれだけ雨音がしていたにも関わらず地面は濡れていなかった。ぬかるみもなく渇いていた。

「ズルいよ。キミばっかり良い思いをしやがって」

 藤白君はさらにブツブツと文句を言っていたが、俺はもう相手にする気力もなかった。


 翌日、先生に昨日の夜、呼びに来たのかと確認したところ、先生は来ていないと言っていた。それどころか見回りはしていないと。なら、あの晩、俺達に話しかけてきたのは誰だったのだろうか。

 それから、旧校舎が一部崩落したというニュースが流れ、結局、旧校舎は俺たちが次の学年に上がる前には取り壊されてしまった。崩落したというのがまさに藤白君が「”ココ”、面白いね」と言った教室だったのは後に知ったことだ。

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