無遠慮な夏
引っ越しの荷解きや新しい生活に慣れていくのに必死で私達の慌ただしくも優しい春は刹那に過ぎ去った。
けれど忙しさの中にも安らぎがあったのは確かだ。
ここから二人で再出発するのだという希望もあった。
「エリカ?」
君に呼ばれてふと我にかえる。
「ごめん、ぼうっとしてたよ」
叔父が亡くなったことでここ最近やけに昔のことを思い出す。
良き父としての叔父と男性としての叔父。
その記憶が代わる代わる頭を駆け巡る。
すっかり日常を当たり前に送れなくなってしまった私は仕事から帰って寝てはまた仕事に行くだけの機械になってしまった。
椎名がずっと気にかけてくれていたが何だかそれも上手く受け取ることができなかった。
これじゃダメだって分かっていたのに、それでもどうしたって私の心は停止したままで。
言葉をあまり交わさなくなった私たちのやりとりに軽薄さを感じるようになっていた。
後に思えば二人とも一杯一杯で時間で解決できるものだったようにも思う。
それでもこの時の私たちは互いを潰し合い、それでも互いに今一人になってはダメだと理解していた。
「最近どうしたの」
背を向け隣で寝ている椎名が呟いた。
「どうもしないよ」
些細で意味のない嘘を重ねた。
「俺はさ」
しばらく沈黙が流れた。
「今全部がダメでさ。エリカのこと大切に思ってるけどきっと今は全然そんな風に接することができてないよな、ごめんな」
「仕事は全然身が入らないしバンドも上手くいってない。」
「本当にやりたいことを疎かにしてまでなんでこんな仕事してるんだろうって」
「辛いよ」
それは初めて彼が吐露した本音だった。
じっとりとした暑さと夏の騒がしい静寂が二人を包んでいた。
望夏 青ゐ秕 @blue_summer
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