大丈夫は大丈夫じゃない
椎名はちょっとした嫌なことでさえ口に出さない。
そのくせ顔にはすぐに出てしまうので今までたくさん損をしてきたのだろうなと思う。
時折、心の内を話してくれる時は嬉しかった。
そのくらい言っても大丈夫なのに。
そう思っていた。
彼にとってそれを口にすることにも大変な努力が必要だったと知るのはずいぶん後だった。
けれど私も器用な方ではない。
いつだってそういうものなんだと、受け入れられるわけではなかった。
私たちは喧嘩ができない。
彼の気持ちを言葉にできない性格と私のすぐ泣いてしまう癖のせいもあっし、二人とも心を動かすとひどく消耗するたちだった。
ある夜、彼は酷く塞ぎ込んでいた。
声をかけても上の空だし今日は会社を休んだという。
普段ちょっとやそっとでは休んだりすることはないし只事ではないと感じた。
けれども椎名は
「大丈夫だよ」
そう言ってそれ以上は何も語ってくれなかった。
次の日は何もなかったかのようにケロッとしていて私はほっとした。
たまたま体調が優れなかっただけなんだと。
けれどあの時のように塞ぎ込んだり、そうでなくても何か考え事をしているのか時折また上の空になることが増えた。
なんだかそれがひどく寂しく思えてやるせ無い気持ちになった。
私を頼ってくれたらいいのにと思う反面こんな私では頼れないな、そんな風に思った。
それからも「大丈夫だよ」そう繰り返す彼は私に何も話してくれなかった。
育ての親の叔父が交通事故で亡くなったと連絡が来た。
叔父とは高校を卒業してから一度も会うことはなかった。
けれどかつての叔父は良き父で叔母よりも叔父に育ててもらった問い感覚が強い。
叔父が私を女として見るまではいい家族だったと思う。
私はそれ以降何をしてもダメで、ただ悲しいだけなら良かったのにと過去を反芻した。
塞ぎ込んでいると椎名はいつもの何倍も喋るようになった。
気を遣ってくれているのが分かった。
「辛いなら我慢しなくていいんだよ」
そう言った彼に私は「大丈夫だよ」、そう言うばかりだった。
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