ユリ座の行方

有理

ユリ座の行方



木村 理々華(きむら りりか)

橋口 侑(はしぐち ゆう)


※橋口は男女どちらが演ってもOKです。

途中一人称を変更してください。


※残酷描写を含みます。苦手な方はご注意ください。





木村N「雲一つない、満点の星空。私は今日、ここで死ぬ。」


橋口「嫌ってやるなよ。自分だけはさ。」


木村N「何億光年前に死んだであろう星々と共に」


橋口「好きだって、そう言ってんじゃん。」


木村「おたんじょうび おめでとう。」


橋口(たいとるこーる)「ユリ座の行方」



__________________


橋口N「ぎい、ぎい。鎖が錆び付いたブランコが泣く。リズミカルなその音は木村理々華が力任せに漕ぐからだ。」

木村「橋口、夏休み終わっちゃうね。」

橋口「そうだね。」

木村「夏休みか。」

橋口「社会人のわたくし共には関係ない単語ですがね。」

木村「そうだね。」


橋口「今から飲み直さない?」

木村「散々飲んだよ。もうお腹いっぱい。」

橋口「じゃあ漫喫とかさ、ゆっくりできるとこ行こうよ」

木村「橋口漫画好きなの?」

橋口「いや、あんまり読まないけど」

木村「ここでもゆっくりできてるじゃん。今日は比較的涼しいし。」

橋口「いるか公園。イルカもいないのに。」

木村「いたのかもよ。ほら、最近遊具に厳しいから捨てられちゃったのかも。」

橋口「そのブランコも音すごいよ。」

木村「そうだね。サビサビ」

橋口「街灯も少ないしさー。」

木村「何言ってんの。街灯がないからこんなに星が見えるんだよ。」

橋口「山の上だし確かに凄い。」

木村「ねー。」


木村「あのさ、橋口。」

橋口「なに?」

木村「私まだ星見てくからさ。帰ったっていいんだよ。」

橋口「…」

木村「私が口滑らしちゃったからいけないんだろうけどさ。」

橋口「…流れ星」

木村「ん?」

橋口「こんだけ星があるんだから、一回くらい見て帰るよ。流れ星。」

木村「今日は流星群の日でもないよ。」

橋口「流れる気がする。」

木村「ははは」


木村「こんだけ星があったって、私たち詳しくないからさ、星座の一つも分かんないね?」

橋口「何座?」

木村「え?私乙女座。橋口は?」

橋口「牡羊座。」

木村「へー。じゃあもうすぐ見れるんじゃない?」

橋口「え?4月生まれだよ?」

木村「ほら、調べたけど。9月から見られるってよ?」

橋口「誕生月関係ないのかな。」

木村「さあ。」

橋口「…どれが夏の大三角形?」

木村「知らないよ。適当に三角結ぶ?」

橋口「じゃあ、あれと、あれと、あれ。」

木村「どれ?」

橋口「ほらあの、あの星!」

木村「あはは、全部星だよ。わかんない。」


橋口「…あのさ。木村。」

木村「んー?」

橋口「聞かなかったことにしてやるからさ。」

木村「…うん。」

橋口「…死ぬなんて言うなよ。」

木村「聞かなかったことにしてよ。」

橋口「今から一緒に家に帰る。」

木村「…」

橋口「そんで、明日はいちごのタルト買ってお祝いするんだ。木村お誕生日おめでとうって。」

木村「…そう。」

橋口「そうしよう。」

木村「ねえ、橋口。ユリ座って知ってる?」

橋口「…ユリって花の?」

木村「そう。」

橋口「…知らない。」

木村「今は使われてない星座なんだってさ。」

橋口「そ、うなんだ。」

木村「今は使われてないってなんだよって思わない?星は今でもそこにあるのにさ。」

橋口「…ま、まあ。」

木村「私ね、ユリの花が好きなの。」

橋口「うん」

木村「あの花、どこでも使えるでしょ?結婚式でも、お葬式でも、どこの花束にいても許される。」

橋口「うん」

木村「でも、それってさ。本当の居場所はないって事だよね。」


木村「本当に居るべき場所がないんだよ。」


橋口「どこでもいられるほうがいいじゃん。」

木村「必要とされる方が幸せだよ。」

橋口「何にでも使われるんだよ?そっちの方が幸せじゃん。」

木村「幸せじゃなかったんだよ。」

橋口「なんで。たくさんの機会に恵まれて飾られた方が、売れ残って枯れるよりいい、」

木村「幸せじゃ、ないんだよ!」


橋口「木村。」

木村「…」

橋口「今花の話、してんだよ。」

木村「そうだったね。ごめん。」


橋口N「ぎいぎい泣くブランコ。顔を上げるとそれを漕ぐ木村理々華も泣いていた。」


木村「なんだかんだ理由つけてさ、許されようと思ってるの。未だに。狡いよね、私。」

橋口「許されるもなにも、自分の人生でしょうが。許されてようが許されてなかろうが生きてていいに決まってる。」

木村「橋口のそういうところ好きだよ。」

橋口「木村、だから今日は」

木村「もう決めたんだ。」

橋口「ヤケになってんでしょうが。いいから、もう」

木村「そうかもね。」

橋口「何がそんなに嫌なんだよ。上司にも気に入られてて仕事も早い。友達だって多くはないけど親身になってくれる人もちゃんといる。木村は顔もいいし、優しいって同期からの株も高い。何がそんなに気に入らないんだよ。」

木村「はは。めちゃくちゃ褒めてくれるじゃん」

橋口「必死なんだよ。」

木村「私は私が嫌なんだよ。」

橋口「…」

木村「大っ嫌いなんだよ。」

橋口「木村」

木村「周りがどんなに私のこと気に入ってたって関係ない。私は私でいることをやめたいんだよ。何もかもが嫌。」

橋口「嫌ってやるなよ。」

木村「日本じゃ殺人は罪じゃん。でも自殺は罪にはならないんだよ。」

橋口「だからって、」

木村「最後くらい。好きにならせてよ。」

橋口「…俺は、好きだよ。」

木村「…」

橋口「好きだって、言ってんじゃん。」

木村「…」

橋口「だから、死ぬなんて言うなよ。」

木村「橋口、ごめん。」

橋口「…」


木村「ユリ座って、牡羊座の中にあるんだって。」


木村「私を、橋口の一部にして。」


木村「橋口が星座占い見るたび思い出して。」


橋口「…我儘言うなよ。」

木村「言わせてよ。」

橋口「明日、花束とケーキ用意して待ってるから。」

木村「ありがとう。」

橋口「いちごでいい?」

木村「いちご嫌いなの。」

橋口「そうだったの?」

木村「桃にして。」

橋口「今の時期まだ売ってるかな」

木村「死ぬ気で探して、桃のタルト。」

橋口「…いいよ。」

木村「あ、ほら今」

橋口「…あ」

木村「見れたね。流れ星。」

橋口「…」

木村「橋口。今日は付き合ってくれてありがとう。」

橋口「…また明日な。」

木村「ふふ」


木村「ね、侑。明日、雨が降ればいいね。」

橋口「降らないよ。こんなに星が出てるんだから。」

木村「ううん。雨が降ったらいいのに。」

橋口「…早く帰りなよ。」

木村「うん。」

橋口「じゃあ、また明日。」


橋口N「ぎいぎい、と。泣くブランコを背に山を降りた。木村理々華を残して。」


橋口N「次の日、“お誕生日おめでとう”と木村にメッセージを送ったが返事は来なかった。そしてなんとなくつけていたテレビに見覚えのある公園が映った。ランニング中の男性が、遺体を発見した、とのことだった。」


橋口N「淹れたコーヒーすらろくに飲めず、おぼつかない足取りで会社へ向かう。社内は木村の話題で溢れていた。通夜、葬儀とあっという間に時間が流れ、気がつくと火葬場だった。」


橋口N「葬儀や通夜の時とは違い少し和やかな空気はどことなく安心した。それと同時に、もうあの顔を見ることはないのだと思うと吐き気が止まらなかった。待ち時間、木村の母親が携帯電話を手にこちらへ向かってきた。」


橋口N「ロックを解除して欲しい、と言う。木村に関する4桁の数字を思いつく限り打ち込んだが分からなかった。最後にやけくそに入れたのは自分の誕生日だった。解除された携帯電話には動画が残されていた。」


木村「おい、お前。お前が木村 理々華じゃなきゃ、私はもっと自分を好きになれてたかもしれないんだよ。ずっと好きだった人に告白までされたのに、なんで死ななきゃいけないんだ。決めちゃったから、じゃなくてもう少し生きてみようかなってそう思えばいいじゃないか」


木村「でも、できないんだよな、お前はどうせ。誰にも心を開けない。誰も信用できない。誰も愛せない。つまんない人間だったよ。だいっきらいだ。お前なんか。大嫌い。」


木村「なんで上手く笑えないんだ。なんでもっと上手に生きられないんだ。お前のこと好きだって言ってくれる人をなんでもっと信じないんだ。人間なんだから仕方ないだろ。可愛くもないものを可愛いねって言うのも、共感できないのにそうだねって頷くのも当たり前なんだよ。苦しくなる必要なんてないんだよ。引け目に思う必要もないんだよ。なのに、どうしてお前は普通にできないんだよ。」


木村「仕方がないから、お前は本当にどうしようもないから。私が一緒に死んでやるよ。当たり前を過ごすことが苦しいんなら、息することすら辛いんなら、仕方がないよね。お前のことは嫌いだけど、愛しくてたまんないんだ。大嫌いで大嫌いでたまんないのに。理々華。私は私が世界で一番…、」


木村「ああ、もう。橋口とできない約束なんてしなきゃよかったよ。最後の最後まで碌でもない人間だったね。理々華。」


木村「日付、変わったね。」


木村「おたんじょうび おめでとう。」


橋口N「天に登っていく煙が笑っているような気がした。」


橋口「木村。望み通り、土砂降りだよ。」

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ユリ座の行方 有理 @lily000

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