第6話

 ん? どうしたんだい?

 旅に出たい? あそこへ?


 あそこではもうすぐ戦乱の世が来るよ。

 食糧難にあえぐ人々も増えるよ。

 絶望的な飢えがやって来て、また歴史がつづられていくよ。

 そういう運命だからね。

 僕みたいな大賢者には、それがよく解っているのさ。


 おや、それでも行きたいのかい?

 僕の話を信用したうえで、なおのこと行きたいというんだね、君は。

 面白い、僕も人一人の力で歴史がどこまで変わるのか、興味が湧いて来た。

 だけど君が本当に一人じゃあ、何もできないだろう。

 何か、誰か、連れて行く事を許そう。


 選べたかい?

 良いだろう。


 では、はるか彼方へお行き。

 もう戻れない地平へ。

 『彼女』と一緒に――


 Al Dabaran後に従うものよ!

 その名を示すが良い!



「うー、どこなのここぉ……せっかく溜めた貯金で買ったキッチンカーでいざって時に……ひっく、ひっく。うえええん、どっち行けば良いのか分かんないよおー、誰か助けてよお……こんな夜中に森の中なんて……神様がいるなら酷い、酷過ぎる……んっ。

 ちょ、アルデ、そんな顔舐めないで、臭いよ、あははっ。そっか、お前が居たんだっけね。ごめんごめん、でもアルデの食糧は困らないっぽくて良かったよ。草ぼうぼうだ。ん、私もしばらくは持つのかな。アルデの牛乳絞って飲めば……いや、濃すぎて三日でお腹壊しそう。でも栄養はたっぷりだろうし……実習の時にふざけてやった寝ころび飲みも役に立ちそうだし……いざとなったらそれしか。否、いざとなったら、本当にいざとなったらアルデを……う、嘘だよ嘘嘘、そんなこと考えてないってば!

 でも本当に食糧難になったら尻尾頂戴? テール・スープにするから。幸い調味料なんかもあるし、野草からハーブやスパイスをより分ければそこそこの御馳走に……って、ぎゃあ! もう、怒ったからって糞飛ばさないのー! 私着替え無しの一張羅なんだからね、現在!

 仕事用に仕立ててもらったツナギだけど、丈夫なのにして良かった……こんな目に遭うなら頑丈なのが一番強い。うん。大丈夫、私強い、私強い、私強い……」

「……娘さん。あんた何を一人でぶつくさ言っておるのかね」

「っ!」

「見慣れぬ装束だが……」

「う、うわぁぁあぁぁぁん、ここどこですかぁぁぁぁ!?」



 大丈夫、君には『彼女』が付いている。『彼女』は強い、君を決して無碍にはしないだろう。その点は信用して、信頼して、構わないよ。さて、君が描いたこの特異点は一体どんな結果を生み出すかな?

 処刑されるはずだった悪役令嬢を王弟妃にすることで貴族たちの反乱は寸止め、王子の好き嫌いから発展するはずだった戦争の回避、その存在が災いを導くとして各国が取り合うはずだった神剣ミストルティンの個人所有。おやおや、中々どうして戦乱の種を摘んでいっているようじゃないか。胸を張るなよ、これは君の力じゃない、『彼女』の力だ。『彼女』がいたから防げた戦災だ。若い魔王は死に、魔族は統制の取れないまま南の氷地に追いやられている。『彼女』はそれすらも何とかして見せるだろう。

 もしかしたら人間と魔族の間でフォークダンスが出来る日が来るかもしれないぜ。それをやり遂げるとしたら、『彼女』の力に他ならない。包丁一本で絶望へと至るセーブ・ポイントを次々塗り替えて行く。放浪の料理人。ふふ、良いね、こういう特異点になるのなら、君の後に従うものを送り込んでやるのも良いかもしれない。おっともちろん今は冗談だよ。今は、ね。


 僕は見守らなくてはならない世界がたくさんあるんだ。君の世界ばかりに構ってもいられない。でもそうだな、その内人の肉を得て大地に降り立つ時が来たら、ちょっと離れてその繁盛ぶりを見物させてもらうとするさ。大丈夫、下手にかき混ぜたりはしない。テール・スープはじっくり弱火で煮込むものだろう? ビーフシチューだっておんなじだ。君は君の人生を、『彼女』とトコトコ歩いて行けば良い。ちょっとは重いキッチンカーも頑張って引っ張る、それが今の君に出来ることだ。その世界に『彼女』を招いた君の、残念にも滑稽にも。

 その内魔導エンジンが開発されたら付けてくれるだろうさ、『彼女』なら。勿論、君の体調を考慮してね。寄付なんていくらでも集まるよ。『彼女』と歩いて来た君なら解る事だろう? この大賢者の盛大な色眼鏡無しでもね。


 ほら、もう夜は明けかけている。君の世界へお戻り。アルデバラン。



「アルデ、おはよう、朝だよー。久し振りに屋根のある場所で眠ったせいかな。頭がまだ寝てるか、あははっ。はい朝ごはん。あと搾乳機付けるね。こっちではもう開発されてるんだねえ、搾乳機。農業やってりゃ国が亡ぶことはないと思ってるクチだけど、自然以外とも戦うことになったら、大変だよ、こんな小さな農村。平和が一番だよねー、あっちでも平和ボケの最たる国で暮らしてた自負があるけれど、こっちでもあと五十年ぐらいはこのままでいて欲しいねえ。あ、水持って来るね! 喉乾いたでしょ。乳牛は一日に百リットルは飲まなきゃやってらんないって習ったし。たしか。あれ、うろ覚えだな……」

「何がどううろ覚えなんだ? ライカさん」

「うわびっくりしたあ! 急に後ろから話し掛けるのやめてくださいよディーンさん、飼葉桶でアルデの顎砕くところだったじゃないですかー!」

「!?」

「あっはっは、ライカさんにそんな腕力が」

「とう」

「げふっ、げほっごほ、い、今俺は何をされた……!?」

「みぞおちにエルボー入れられたのですよ。この業界は腕力が命なので、この細腕でも成人男性三人ぐらいまでは同時に倒せます」

「マジか!?」

「前に寄った村に武術の先生やってるお爺ちゃんがいて、その時習ったんですよー。大事なのは平常心。武器は己の身体。でないと思わぬ事故を起こしてしまうから。剣だってへっぽこでいい加減だったじゃないですか、私」

「確かにあの掛け声はなかった」

「だって実際美味しいお肉になって欲しかったんだもん。さーて、今朝も冴えた空で寒そうですねー! ディーンさんのとこのポタージュスープ頂きに行っても良いですか?」

「あっああ、勿論! 母さんも喜んでくれる! その、宿もうちには用意があるんだが」

「あ、それは駄目。集会所に子供たち集めてお話大会することが決まってるんです、この冬は。ぺちゃくちゃやってりゃ寒気も感じないでしょうって。大人も交じってるからぬっくぬくですよぬっくぬく。私がもしも眼鏡キャラだったら曇って見えなくなってるところだわ」

「キャラ?」

「まあ気にしなくて良い、忘れて。いかんわ高校の時漫研だったクセが抜けない……。お絵描きしてとか言われるとどこまで描いて良いか分かんなくなるしーカメラ最強だよ」

「あ、そうだ、アルデの種付けはどうするって訊かれてるぜ。そろそろもう一頭いらないかって」

「この旅で子牛引きずってくのは無理があるし、一人で出産させられるか分かんないから、止めときますー。食糧問題もあるし。主に水」

「それもそっか。しかしライカさん料理人なのに牛の事にいやに詳しいよな」

「そっそんな事ないですよー……馬だって乗れますよー」

「マジか。あんたやっぱ定住して農家になった方が良いと思うぞ。うちの農地広いから手が足らんのよ」

「でもここに来るのは冬の間だけって決めてますからー。もっといろんな国も見たいし、料理も知りたいし。なんなら船使って隣の大陸まで行っても良いぐらい、私この世界気に入ってるんでー」

「……神様みたいだな、そんなこと言ってると」

「えっそう? そ、そんなの全然……言ったじゃないですかー、私はただのさすらいの料理人ですよー。ちょっとだけ世界を覗き見してるだけの、旅人ですよー」

「その『ちょっとだけ』が見えないのが、俺達なんだよ。だから俺もお話大会に混ざる。この前出産した牛が腰抜かした話を大量に盛って語ってやろう」

「私の写真付きエピソードの大群に勝てるかなー?」

「絵が付くのは卑怯だろー!?」

「あははははー。さーてポタージュスープ貰いに行こー! こんな旅してると他人の作ったものが美味しいんだってよく解るわー!」

「だからうちに、」

「でもこれは旅人だからの感覚なの」

「っ、」

「だから悪いけど、ごめんね」

「……別に。何にも期待なんか、してねーよっ! ほら、あんたはキッチンカーでみんなの昼飯作ってろ! ポタージュスープはそれからだ」

「あだだ、髪引っ張らないで、編んでるの解けちゃうー! 料理の邪魔にならない長さキープしてるんだから、やーめーてー」

「やーめーなーいー」

「ひえええー」


『まったく』

『手間の掛かる子!』

『もう少し、見張っていなくちゃね』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ライカさんのキッチンカーには写真がいっぱい ぜろ @illness24

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ