宝物
季節は初夏、それにも関わらず30度を超える真夏日の真昼間。僕は親から頼まれた買い物の帰り道を一人で歩いていた。
「あっつー…」
さっき買い物ついでに買ったソーダ味のアイスキャンディーを袋から出した。
表面にうっすら見える霜。一瞬で消える白い冷気。太陽に反射して輝く水色が、口に含んだ瞬間に天国を感じさせてくれるのをこれでもかと主張している。
「ペロ…ペロ…」
まずは表面を舐める、手元の角から滴り落ちそうな雫に注意しながら少しづつソーダの味を堪能する。
「…シャク」
少し柔らかくなったところで頭の部分をかじる。口の中いっぱいにソーダの味が広がり、恐らくこの瞬間がこのアイスキャンディーを食べている時の最高潮だろう。
「はぁ~…」
冷たくなった口の中に、生ぬるい外の空気が混ざり合う感覚もまた良い。これが50円くらいで味わえるとか…夏の時期においては、少ない僕の小遣いの救世主的存在で間違いないだろう。
「ん?」
手元の角に注意しながら食べ進めていると、草がボーボーに生えてる空き地の前に露店が一つ出来ていた。ついさっき行きで通った時には無かったので、買い物をしている間に広げたのだろうか?
「………」
露店を広げている場所もそうだけど、広げている店主もまた不思議だった。恰好としてはスーツに帽子を被ったものなのだが、深く被りすぎて目元が見えにくいし、帽子も服も一目で分かるくらいボロボロだったのだ。おまけに店主のおっさんは30cmの物差しよりやや長いくらいの木の枝を持って、まるで剣を扱ってるかのように振り回して遊んでいた。
「…ジュル」
解けてきたアイスキャンディーを吸いながら、僕はそんなおっさんの露店の品物を眺めてみる。定番としてアクセサリーが置いてあるけれど、他には色んなデザインのコインや切手、他にも古めかしい物ばかりを取り扱っているみたいだ。
「…あ、当たった」
眺めながらアイスキャンディーを食べ続けていたら、頭を出したスティックに「あ」の文字が刻印されているのに気が付いた。
「おめでとうございます」
ヒュンという音を立てて棒切れを振り回しながら、店主が僕の呟きに反応した。
「…どうも」
もうスティックについているのも限界の中心部を丸ごと口に含み、一気に呑み込んで頭がキーンとならないように食べきった。
「こんな所で露店開いて誰か商売になりますか?」
「君が来てくれましたよ?何か気になるものはありましたか?」
話しかけられた手前ちょっと世間話でもと思ったけど、返答といい雰囲気といいうさん臭さがとんでもない。
「えーと…気になると言えば…その棒は何なんですか?ブンブン振り回してましたけど」
「あー…これは」
店主はキャンプの時に使うような折り畳みの椅子に座り、片手に持った木の棒をじーっと眺めた後。
「一応売り物ですよ、ついさっき別の場所で露店を開いていた時に対価として貰ったものです」
「…対価って事は、それの代わりに何か売ったんですか?」
そんなただの棒切れにしか見えないもので、一体誰に何を売ったんだろう?正直暑いしさっさと帰りたい所だけど、話のネタになりそうなのでちょっと聞いてみる。
「5歳ぐらいの男の子だったんだけどね、好きな女の子に指輪をプレゼントしたいってねだられてしまったんだ。子供だからと言って商品をタダで渡せないって言ったら『ちょっと待ってて』って行った後どこかに行って…しばらくしたらこの棒を持って帰って来たんだ」
おっさんはどことなく疲れたような雰囲気を醸し出しながら話を続ける。
「持って来た棒を見て、僕はまさかと思って聞いてみたら『これが僕の一番の宝物です!』って自信満々に言うんだもん…理由もそうだけど、純粋な子供って怖いよね。親もこんな子供から目を離さないで欲しいよ」
「あー…それはお疲れ様です」
ガックリした雰囲気のおっさんに、僕は割と本気でねぎらいの言葉をかけた。見た目怪しそうなおっさんだし、下手な対応して泣かれでもしたら通報待った無しだっただろうしなぁ。
「って事は指輪あげたんですか?」
「うん。まぁなんの曰くも無い安い奴をね。一応女の子に似合いそうなのを選んであげたよ」
見た目は怪しいけど、このおっさん良い人だな。どんだけ安い指輪であっても、その棒切れじゃ商売にならなかっただろうに。
「あ。それじゃあその棒切れと僕の当たり棒、交換しませんか?当たったのは良いけど交換しに行くのめんどくさくって。店主さんもこの暑い中お疲れさまって事で、ただ働きよりはマシでしょう?」
僕は思い付きで、そんな事を提案してしまった。おっさんを不憫に思ったのもそうだけど、実はちょっとだけその棒切れが気になっていた。この暑さも相まって昔の夏休みを思い出す。ああいう良い形の棒切れって、持ってるだけで冒険しているような高揚感があったっけ。
「…ふむ」
目深に被った帽子の影から、おっさんがじっと僕の事を見ているのが分かる。
(まぁ、断られたら断られたでいいけど)
どうせただの棒切れだし。飽きたら捨てて帰っても問題ないものだ。
「悪いけど、価値が釣り合わないから遠慮しとくよ。今日はこれ以上赤字にはしたくない」
まったく予想外の断られ方に、一瞬理解が追い付かなかった。
「ああ、気を悪くしないでくれ。君が善意で言ってくれた事は分かってるよ。この炎天下で食べるアイスは僕にだって魅力的だ。けど、この『宝物』の価値はお金では買えないものなんだ」
「あー…はい」
僕の気の抜けた返事に気もくれず、おっさんは棒切れを両手で大事そうに持ちながら続ける。
「この棒を宝物として差し出してきたあの子は、本気で女の子へのプレゼントとこの棒を等価…いやそれ以上と思っていた。いやはや子供ながらにあの覚悟は素晴らしいと感じたよ、将来が実に楽しみだ。この宝物は本当に良い商品になりそうだ。そういう訳で君との取引には応じられない、すまないね」
こうして丁寧に理由を言われると、断られた事自体への不快感?というものがスッキリして無くなったように感じる。僕は改めて、このおっさんが良い人なんだなと思った。
「その代わりと言ってはなんだけど、その当たり棒とこの丸い石を交換してくれないか?大丈夫、しっかり等価交換だよ」
そう言って差し出された丸い石を受け取り、僕はアイスの棒をおっさんに渡した。
「…え?」
手渡された丸い石をじっと見つめた瞬間、僕の視界が真っ白になった。
「え?おっさん?」
何が起こったのか分からず、辺りを見回そうとしても体が動かない。
「…子供?」
真っ白な視界の中にじんわりと子供の姿…そして河原らしきものが見えた。子供は地面に座り込んでいて、落ちている石を拾っては捨てるを繰り返している。
(選んでる?)
子供は石を拾うと両手で包み込んだりじっと見つめたりした後、不満そうな顔をしてそれを元に戻していた。そんな事を繰り返していたその時、手に持った石を確かめて子供の顔が嬉しそうな表情になった。
(あの石って…)
子供が立ち上がって掲げているのはまさにさっき手渡された丸い石で、子供はそれを持ったまま河原から立ち去って行った。
「どうだったかな?」
おっさんの声を聞いた瞬間、視界が元に戻った。僕の手の上には、さっきの丸い石が乗っかっている。
「その丸い石は、君が見たようにとある子供が河原の石の中から選び抜いた宝物だ。触り心地、形、色…全てがその子供にとって理想形だったんだろうね。それを『宝物』として大事に家に持ち帰ったのだけど、残念な事に親に『変な物を拾ってくるんじゃありません』って捨てられちゃったみたいだ。子供はその理不尽に泣いて抵抗したものの、結局は諦めてしまった」
「………」
夢か幻覚か分からないけれど、石を見つけた時の子供の顔を思い出して何とも言えない気分になる。手の上に乗っている石をぎゅっと握りしめてみると、何とも言えないフィット感にビックリした。あの子供の目に狂いは無かったと、子供の親に言ってやりたいくらいだ。
「『宝物』っていうのは難しいね。その人によってはそうなんだろうけど、他の人からすれば分からない物が多すぎる。君はその石を『宝物』と思うかな?」
「思います」
おっさんの問いに、僕は迷いなく答える事が出来た。
「なんか…アイスの当たり棒なんかで貰って良いのかってぐらいです。それに…こうしておっさんと話した事自体が、『宝物』なのかなって…なんとなくですけど、思いました」
「そうか、それは良かった。君もあの子も『宝物』を大事に思える大人になる事を願ってるよ」
そう言うおっさんの表情は、口元しか見えなかったけど嬉しそうな笑顔に見えた。
「それじゃあ今日は店じまいだ、早速アイスを交換して日陰で楽しむとするよ」
「あ、はい」
そうして店を片付け始めるおっさんに会釈して、僕は家に向って歩き出した。片手には買い物袋、もう片方の手はポケットの中で丸い石を握っている。
「あ、そうだ」
伝え忘れた事を思い出して振り返ると、片付けをしていたハズのおっさんは露店ごと消えて居なくなっていた。
「…あの!アイス買ったの向こうのスーパーなんで!交換するならそこで!」
これだけ大声で叫べば、多少遠くに行ってしまっても聞こえただろう。僕は踵を返し、再度家に向って歩き出した。
古物商 @butahako
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