私に全く無関心な唯一の彼氏

@sokisoba9

第1話

私には、私のことに一切関心がない彼氏がいる。何もDVを受けているとかそういう訳では無い。ただ、関心がないのだ。彼は私が話しかけてもただつまらなさげに耳を傾けているだけだ。たまに放課後に彼の腕を引いて無理やりホテルに連れ込むが、その時ですら彼は全くその仏頂面を変えないままに夜を過ごす。いつから、なぜ付き合えたのかなど自分でも不思議なほど私に無関心なのである。

彼が他の人間にも全く無関心かといえばそういう訳では無い。彼はたしかに一人でいることの方が多いが、友達とすごしていることもある。そして何より、その友達と過ごしている時彼は笑うのだ。普段は氷のような顔をした彼の、ふにゃりと碎けるような笑顔。私には一度も向けられたことのない、1度も向けられることの無い顔。

私は、しかし、そんな彼への一方通行の愛を些か楽しく感じていた。だって彼は私のどんな愛情も拒絶しないのだから。浮気もしない、ハグもキスもセックスだって私から誘えば断らない。もっともどれほど愛情を注いでも彼の器を満杯にできることはなさそうだが、しかしそんな彼へ愛情を注ぐ行為は私を肯定してくれるような気がしてとても心地よかった。

彼の名前は、■■■■と言う。


彼にはよく一緒にいる友達がいた。クオン君というその友達は、彼とは似ても似つかないほどよく笑い、よく喋る男だった。進級して、クオン君と同じクラスになった私は、彼のこともあってクオン君とはよく話すようになっていった。クオン君は明るい性格のようだが彼以外の友達は少ないようで、仲良くなるとすぐに多くの時間を過ごすようになった。

同時期に、彼が私により一層冷たくなった。今までの彼なら私に無関心とはいえ私を避けるようなことは無かった。しかし、クオン君と仲良くなってから彼はあからさまに私のことを避けるようになっていた。いや、彼が避けているという表現は正確ではない。彼が「いない」のだ。彼のいるはずの教室に行こうと、学校の外で彼をいつまで待とうと、彼と会えることがほとんどない。彼のことを嫌いになるなんてあるはずがないが、しかし全然会えないというのもやはり寂しいものだ。その心の穴を埋めるように、私はクオン君と関係を深めていった。

それからしばらく経ってから、クオン君に告白された。私は断らなかった。受け入れた訳では無いが、彼がいるのにも関わらず断らずに保留というのは彼への裏切りと同じだと思い、少し罪悪感を感じた。しかし元より彼は私に関心が無いのだ。それで文句を言われる筋合いもない。そう思いながら家路についたその時だった。彼だ。目の前に彼がいた。

私は初めて、彼のことが怖かった。だって私はつい先程彼のことを裏切ったのだ。そして、同時に期待した。もし彼が怒ってくれたのなら、それは彼が私のことを愛してくれているという何よりの証拠なのだから────しかし

「クオンはいい奴だよ。」

彼、それだけ言って去っていってしまった。私は気づいた。ああ、彼は本当に、微塵も私に興味が無いのだと。

この日を境に、彼は忽然と姿を消した。

3日後、私はクオン君と付き合い始めた。


クオン君との日々は彼といた時とは全く異なっていた。クオン君はまさしく理想の彼氏だった。私のことをしっかりと考えてくれて、話もすごく合う。一緒にいると、時間が飛ぶように感じた。何よりクオン君はよく笑う。彼が一度も私に見せたことのない笑顔を、クオン君は惜しげも無く振る舞う。彼とは、何から何までまるで違う人種の人間だった。

しかし、クオン君との日々に私はなぜか物足りなさを感じていた。クオン君に優しくされる度に、私の中で何かが叫ぶ。

「彼じゃない」

そんな思いを振り切るために、私はクオン君とより長い時間を過ごし、唇を重ねた。しかし、その度に私の中の違和感は大きくなるばかりだった。

クオン君は奥手だった。私がホテルに誘っても中々首を縦に振ってくれず、クオン君との初夜を迎えたのは付き合ってから半年が経った時の事だった。クオン君をホテルに連れ込み、シャワーを浴びたあと唇を重ねた。クオン君のぎこちなくも優しい抱擁と愛撫の後、ゆっくりと挿入していく───そこでプツリと何かが切れた。

「違う。違う違う違う違う違う違う違う違う。彼じゃない。彼じゃない。」

ああ、違う。何もかも違う。優しい抱擁も下手な愛撫も自分から重ねてくる唇も、デートも会話も目も鼻も口も髪も何もかも、彼じゃない。お前は、お前は誰だ。ああ、ああ。私が求めているのは。

私はもう我慢ができなかった。クオン君を突き飛ばし、ただひたすらに彼の名を呼んだ。ああ、この人じゃない。ごめんなさい、私が悪かった。私が求めていたのはあなただけだったのに。私が、あなたに欲を持ってしまったから。ああ、ああ、私の愛しのあなた。お願い。もう一度、私にあなたを乞わせて。キスもハグもセックスも何もいらないから、ただもう一度私を側に置いて。

錯乱しながらもがき回っていると、突然窓の外に信じられないものが現れた。彼だ。彼がいる。ああ、私の愛しの彼、彼がそこにいる。ああ、夢にまで見た彼。今にも砕けそうな宝石のように儚く、雪の結晶のように美しい彼。私だけの彼、私の愛しい■■■■。

その時だった。私が彼を見つめていると、突然彼が私に笑いかけたのだ。信じられなかった。これまで何度も掴もうともがいたのに手の届かなかった煌めき。それが今、唐突に目の前にもたらされた。ああ、もう何もいらない。私は彼に向けて駆け出した。今この瞬間に全てを失ってもいい。だから、彼に触れたかった。窓の外にいる彼に飛び込み、強く抱き締めた。やっと分かった。もう二度と離さない、離れない。私だけの■■■■、あなただけの私。純白の雪を紅く染める感動が、身を貫いた。そのまま私は、深い深い眠りに就くのだ。


ある日、一人の少女が死んだ。彼女は、その近辺では有名な女性だった。なにしろ、よく一人でラブホテルに出入りしていたというのだ。麻薬売買などの形跡がある訳でも無いのに。最期の日も、彼女は1人でラブホテルに入っていったらしい。警察は、自殺と殺人の両方を視野に捜査を進めている。

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