猫アレルギー

高黄森哉

一匹の猫

 僕はランドセルを背負って歩いていました。夏の昼下がりのことであります。それはそれは、ここちのよい光の午後でした。雑踏は、影になっていて、少し涼しいです。大きなビルが見えます。

 箱、がありました。箱、段ボールの箱。僕は笑ってしまいました。本当にこんなことをする人が世の中に、いるのだな、と思ったのです。そこには、こう書いてありました。『拾ってください』。

 僕は近づいてみました。四角形の中で、汚い猫が体を丸めています。猫は汚物にまみれていて、異臭を放っています。これじゃあ、誰も寄り付きません。勿論、僕だって助ける気にはなりませんでした。

 僕は公衆電話へ駈け込んで、保健所に連絡を入れます。特定指定外来生物を野放しにするのはいけません。日本は島国です。島国には固有の生物が沢山います。マダガスカルだって、オーストラリアだってそうです。

 電話をかけると、往来の流れが停止しました。同じ一歩で、止まったため、軍隊の整列の時に鳴る音がしました。僕は何事だろう、と心配しました。空は青く晴れ渡っています。

 人々は、僕の方を見ているではありませんか。そんなに注目されると恥ずかしいです。困ります。僕が電話をかけることがそんなにおかしいでしょうか。確かに、公衆トイレは昨今では稀ですが。

 こころここにあらず、と言った趣の人々はこちらへじりじりと距離を詰めてきます。その姿はゾンビの様でした。背中で、さりげなくドアを押さえます。何が起ころうとしているか理解できなかったからです。

 丁度、保健所に連絡が掛かった時、彼らの暴動が始まりました。物凄い力で、扉の方へ殺到したのです。僕は小学生ですから、こらえることが出来ません。大の大人にかなうはずなんてないのです。それから、子猫を掴むように、襟首を持たれ、暴徒の中央に運ばれました。



 〇




「貴様、猫を殺処分しようとしやがったな」

「いえ、そんなことはありません。保健所は、猫を殺す施設ではありません」


 衣服が剥ぎ取られ、小指を折られました。


「ええい。猫を守らんとは、何事だ。死刑だ、死刑」


 肋骨が折れて、わき腹から飛び出ました。


「人のこころがないんじゃないの!」


 ヒステリックな女の人は僕の耳を持って行きました。


「恥を知れ、恥を」


 歯が飛んでいき、路上に散乱しました。


「こいつは犯罪者になるに違いない。今のうちに芽を積んでおこう」


 おちんちんが切り取られ、眼の前で踏みつぶされ、ぐちゃぐちゃになりました。その男の人は、おちんちんを露出させ、白いおしっこを僕のそれにかけました。僕はわんわんなきました。痛いよお、痛いよお。


「む、金玉が残っておるぞ。これでは、子種が残る。ペニスバンドで冒された、犯罪者の遺伝子が、ひょんなことから着床するかもしれん」


 金玉が引っこ抜かれ、それは、白色の楕円でした。老人は、僕の金玉を口の中に保織り込みました。


「耳に桜印を入れないといけないわ」


 僕の残った耳を、ハサミで桜にします。その桜は真っ赤でした。



 〇



 青年が僕の真っ白なお腹を思いっきり、踏みつけると、僕は死んでしまいました。流石に、群衆は騒めき始めます。そんな彼らにも、人殺しは行けない、という最低限のモラルはあったようです。

 青年は真っ青になり、へたり込みました。周りの人間は、まるで、その青年だけが悪いかのような目つきで、彼を睨んでいます。まるで、最後の一撃だけが致命的であったと言わんばかりです。

 青年はよろめきながら、箱へ近寄ります。そして、汚物にまみれた猫に頬釣りしながら、僕が拾ってやるからな、と人々にまんべんなく聞こえるように絶叫しました。もちろん、写真を撮って、SNSにも投稿しました。

 拍手が巻き起こり、群衆は彼を許しました。彼は泣きながら、猫を担ぎ、集団に撫でさせてやりました。猫は回されるうちに弱り、ストレスで、だんだんと毛が抜け落ちていきました。

 猫が地面に下ろされた時、人々は地に伏していました。彼らは皆、偶然、猫アレルギーであったのです。通りは人の死骸で埋め尽くされ、異臭を放っています。ほとんどのそれは、僕にかけられた大量の精液や愛液からです。



 毛が抜け落ち、ミイラのようになった猫、よたよたと僕の死骸を食べ始めました。

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猫アレルギー 高黄森哉 @kamikawa2001

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