六歳

 私は幼稚園の年長になった。


 いつも良い意味でも、悪い意味でも、目立っていた私だが、園内のビッグイベントで中心になる時が来た。


 それは音楽発表会である。


 年少、年中までは歌か、できてもハーモニカ。


 年長にもなると、楽器が増えた。


 私の担当は、年長唯一の打楽器である大太鼓。


 他の園児は、木琴や鍵盤ハーモニカ、楽器のない子は歌う。


 伴奏のピアノは、先生がやるから本格的だ。


 何の曲をやったかは覚えていないが、その時のリズムは、今でも覚えている。


「ドーン、ドーン、ドン、ドン、ドーン!」


「ドーン、ドーン、ドン、ドン、ドーン!」


 これを四拍子に合わせて、叩き続ける。


 ただそれだけだった。


 それでも、後に私の音楽活動に、大きな影響を与える瞬間だった。


 父の影響で音楽を聴くのが、大好きだったというよりも当たり前だった。


 ここで初めて、聴く専の幼稚園児は、音楽を聴いてもらう喜びを知ったのだ。


 ちなみに、父の音楽の趣味は友達の父とは大きく違った。


 ジミヘン、ツェッペリン、ディープ・パープル、ジェイムス・ブラウンにローリング・ストーンズ。


 皆さんからすれば、聞いたことあるようなないようなアーティストの名前が、つらつらと並んでいるかもしれない。


 父が自営業であったこともあり、家の中は一日中、70年代の欧米ライブハウスになっていた。


 私を形成している文化のほとんどは、父が形成したものであり、そのせいで同年代の友達とは、趣味が合わないことも多々あった。


 しかし、今は亡き父を、これだけ愛しているのも、そんな他の人とは違う魅力があったからである。


 当時から、私は父にベッタリ引っ付いて色んな音楽を聴いていた。


 そんな私だが、大太鼓の壁にぶつかった。


 僕と先生は、息ピッタリに演奏できているのだが、他の園児が合わせられない。


 私は園児のせいにしてしまった。


 そして、それをさも誇らしげに父に話した。


 すると、父は言った。


「音楽はリズムが一番大切。打楽器が一人なら、お前がその代表や。他の子が演奏できへんのはお前が悪いからや。」


 私は泣きそうになった。


 父は続ける。


「ローリング・ストーンズも、ミックとキースが目立つけど、チャーリー・ワッツがいないと成り立たない。」


 それを聞いて、とても合点がいった。


 でも、最後に父は褒めてくれた。


「でも、誰もがチャーリー・ワッツにはなれない。お前は才能があると思う。頑張り!」


 尊敬する父が褒めることは少ない。


 だからこそ、褒められたタイミングは覚えている。



 年長にもなると、記憶は山ほどある。


 友達と喧嘩した記憶。仲直りした記憶。


 誰かを好きになった記憶。好きになってもらった記憶。


 ただ、それらをすべて書いていると、六歳だけでも、本が書けるほどの量になってくる。


 ここからは、できるだけ人生に影響を与えた記憶だけ書くことにする。


 そして、もしかしたら、後で付け足すことも出てくるかもしれない。


 最終的にこの本が何文字のものになるのかも分からないし、何文字にしたいかも特にない。


 本に加筆修正は付き物だ。


 と書きながら、人生に大きな影響を与えた出来事を思い出した。


 それは、「離婚」というものの存在である。


 私の幼稚園に、とても可愛いらしい女の子がいた。


 お人形さんみたいで、お洋服もまるでディズニーのプリンセスだ。


 でも、その子はいつも笑わない。


 そして、たまに幼稚園に遅れてくる。


 こちらもまた綺麗なお母さんと一緒に。


 私はいつも、その子に対して、何か暗いものを感じていた。


 だから、その子が遅れてきた時は見ていた。


 ある時、雨の日にお母さんと一緒に遅れてきた。


 泣いていた。


 教室から、先生とお母さんが話しているのを見ていると、その子がポツンと、ひとりぼっちでいた。


 だから、何の気なしに、その子のところに行った。


「ねぇ、雨に濡れるよ?行こう?」


 すると、その子が今まで見たこともないような笑顔を見せてくれた。


 その日、私の母に聞いた。


 その子の家は離婚したらしい。


「離婚」して、お父さんが家からいなくなったらしい。


 あの子のお母さんのような綺麗で優しい人でも、そんな大変な想いをするのかと思った。


 そして、同級生の女の子は、それから大人びて見えた。


 すごい人生経験をしているように感じた。


 後日談にはなるが、大学時代に、その子と飲みに行くことがあった。


 その時のことを相手も覚えていて、僕が迎えに来たのを見て、とてつもなく頼もしく思ったらしい。


 そして、とてつもなく嬉しかったらしい。


 それをずっと伝えたかったのだと。


 誰かの人生に良い影響を与えたこともあったのだと思った。


 私は、これから生意気に生きて、色々な人に迷惑をかけてばかりになるからだ。


 まぁでも、それはこれから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

四半生記 宮城アキラ @disk_novel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ