第3話 女神に授けられし愛の力

「今です! チェンソーです! そこです! チェンソーです! 唸れ! チェンソーです! やった! チェンソーです!」


「チェンソーですうるせぇぇーーー! 魔力消費激しいんだよ! フライングシャークの相手ばかりできないんだよ! 倒せなくていいからソードとショットで牽制して逃げたいんだよ!」


 そう叫びながら空から飛んでくるサメをチェンソーで真っ二つに切り裂く。

 屋内で大活躍だった消火器さんは今はお休み。屋外で活躍するのはチェンソーとロープだ。


 チェンソーの威力は凄まじい。空から襲いかかってくる巨大鮫フライングシャークを一撃必殺だ。

 ただ魔力消費が激しいので長時間の使用はできない。


 魔法のロープは座標指定するだけで、目標地点に伸びていき固定される親切設計。しかもよじ登る必要もなく、自動で引き上げてくれるレイジング機能付きだ。

 ジャンプと併用すればどんな高所でも登っていける。


 そのおかげで強風の中でも移動できた。ビル群を屋上伝いに飛び渡る。海面の上昇なおも続いている。

 最初に逃げ込んだ七階建ての建物はすでに海の中だ。


 目指したは他を圧倒する三本のバベルの塔。

 大通りを挟み、街の最奥に佇む巨大なツインタワービル。その奥にツインタワービルよりも高い電波塔が存在する。

 

 次々襲ってくるサメ。

 空を舞いながら迫りくる巨大なフライングシャーク。海面から小判鮫を銃弾のように射出する対空迎撃仕様の銭投げシャーク。俺と同じようにビル壁をよじ登りながら襲いかかってくる全環境対応な万能なシャークトパス。

 特にシャークトパスが厄介だ。個体として強い。まともにやりあえばチェンソーでも対応しきれないだろう。


 現在俺はツインタワービルの壁を登っている。

 ロープを上部に放ち、ビルの側面に引っ付ける。ロープ伝いに壁を駆け登ってジャンプし、またロープを壁に固定する。その繰り返しで登っている。

 素の運動能力では不可能のワイヤーアクション。全てはレベルアップの恩恵だ。


 タワー内部から階段で上がることも考えた。だがサメ映画的に考えて資格がある場所の方が危険だ。どんな場所でもサメは泳ぐ。床や壁や天井に背ビレだけを出して襲ってくる。背ビレが見えて泳いでいればサメなのだ。

 どこから屋内よりも空飛ぶサメの方が対処しやすい。


 ついにツインタワービルの屋上にたどり着いた。

 渦巻状の積乱雲の中心から太陽の光が差し込む。シャークロンの目に入った。向かいにはこのビルとそっくりな高層ビル。少し遠くには高い展望台付きの電波塔。他の建物は全て水没した。


「これでクリアか?」


「いえ……ここからが最終ステージです。ここまで来れた挑戦者は極僅か。よくぞたどり着きました」


 極僅か。ここまで来た奴はすでにいる。でも生還者はいない。

 本番はここから。サメ神の表情がそう物語っていた。


「空を見てください。来ますよ」


「なんだあれ?」


 シャークロンの目から覗く太陽。その太陽に黒点があった。その黒点はだんだんと大きくなっていく。


「まさかメガロドン!」


「シャークロン気流により成層圏まで飛び上がり、あなたを狙って地球に帰ってきたメテオメガロドンです!」


 あんな巨大生物が空飛んでたまるか!

 そんなツッコミは通じない。なぜならサメ映画だから。

 チェンソーで迎え撃つ?

 無理だ。

 サメ映画的にチェンソーは最強武器だが、サイズが違いすぎる。ここまでサイズが違うと船首に巨大チェンソーをつけた改造漁船で空を舞台に激闘を繰り広げるのがサメ映画だろう。手持ちのチェンソーでは勝てない。

 ……改造漁船?


「これならどうだ!」


「なにをしているんですか?」


「…………」


 何も起こらない。

 ソードをビルに突き刺してラーニングを試したが無理だった。サメ映画的に変形巨大ロボで迎え撃つ展開を期待したのだが。


 逃げるしかないのか?

 たぶん逃げ切れる。いや本当に逃げるだけでいいのか?


 ここから電波塔か向かいのビルに飛び移る。距離があるのでどちらもロープを使っても不可能。でも手段がないわけではない。

 何かが引っかかる。逃げるだけ。それならなぜ生還者がいない? なにか見落としがある?


「見落とし? あっ!」


 違和感はあった。メテオメガロドンは危機ではない。本当の敵は別だ。やることは一つ。

 俺は向かいのビルに向かって大きくジャンプした。


「この距離は届きませんよ!」


「わかってるよ」


 シャークロンの目の中なので無風状態。

 風に乗って空を泳ぐフライングシャークはいない。奴がいればロデオシャークで移動できたかもしれない。けれどもう一種類サメがいる。

 銭投げシャークだ。空中の俺に向かって大量の小判鮫が射出される。

 それを待っていた。

 射出された小判鮫の鼻先を狙う。


「ジャンプ!」


 小判鮫を踏み台に移動する。

 通常では不可能な距離の空中移動。全てをラーニング頼りにするはずがない。最初に与えられた力だけで状況を打開するギミックがあると信じていた。

 向かいのツインタワービルまであと少し。


「メテオメガロドンが空中で進路を変えました。こっちに狙いを定めています」


「追ってきたか! 読みどおりだ! そしてもう擬態はいいのかタコ野郎!?」


 俺の上空にはメテオメガロドン。そして目の前には超巨大なシャークトパスがいた。

 ずっと感じていた違和感。

 海岸から見た高層建築物は電波塔と一棟のビルだった。ツインタワービルではない。シャークロンが到来してから一棟増えたのだ。

 ならば考えられる可能性はタコの擬態能力だ。

 他の挑戦者はこいつにやられた。メテオメガロドンからは逃げ切れる。けれどこの巨大モンスターを倒すすべが見つからず敗れた。そう考えれば生還者がいない理由もわかる。


「メガシャークラーケンに気づいていたのですね。でもどうするのですか!? 逃げ場ありませんよ!」


「ちゃんと考えているさ!」


 モンスターにはモンスター。

 実にサメ映画的だ。

 メテオメガロドンを軌道修正できないほど引き付けて、メガシャークラーケンに当てる。これしか倒す方法がない。

 頭上にはメテオメガロドン。下からは擬態を解いた巨大な触手が迫ってくる。絶対絶命の窮地だ。

 俺は笑っていた。

 荒唐無稽でど迫力なクソ展開がたまらなく愛おしい。

 もう十分惹きつけた。二体のモンスターシャークの口が大きく開かれる中、俺は消火器を顕現させる。


「フルバースト!」


 消火器の噴射の反動を用いて俺はぶっ飛んだ。凄まじい速さの横移動でモンスターシャークどもの牙から逃れる。

 さすが消火器の噴射では方向がズレる。慌てて電波塔に向かってロープを放ち、誘導する。俺は電波塔の展望台の屋根にたどり着いた。

 目の前で二体のモンスターシャークが激突する。

 一大スペクタクルだ。


「怪獣大決戦ですね!」


 目標を見失ったメテオメガロドンがメガシャークラーケンに食らいつく。成層圏から落ちてきたのだ。メテオメガロドンの落下の衝撃はメガシャークラーケンごと海を爆発させた。

 発生した大波は電波塔よりも高く上がり全てを飲み込む。俺もロープで電波塔と自分の体を固定していなければ流されていただろう。

 俺が目を開ける電波塔以外の建物は全て破壊されていた。海上には原形をとどめていないメテオメガロドンとメガシャークラーケンの遺体が浮かんでいる。


「終わった……のか?」


「いえ……まだです」


「まだなにかあるのか!?」


 海の至る所から光の玉が浮かび上がりシャークロンに吸い込まれていく。

 まだシャークロンは健在だった。シャークロンを脱したわけではない。

 あの光は一体?


「あれはあなたに倒されたサメたちの魂」


「ほとんど自滅だけどな!」


「あなたを倒すためにシャークロンが真の姿をついに現します! シャークロンの正体ティポンシャークが!」


 世界が真っ白に染まるほど落雷が海に落ちた。

 爆音と閃光。

 俺が目を開けると上空には雷光をまとう怪物がいた。


「……こんなの勝てるわけない」


 シャークロンの大きさのそのままに巨大サメが空に浮かんでいた。

 二つの頭を持つ巨大サメ。いや頭は二つどころではない体中からサメの顔が生えている。だが二つの頭に見えたのは理由がある。


「メテオメガロドンとメガシャークラーケンの合体はなしだろ」


 先ほど倒したばかりに二体のモンスターシャークが合体していた。

 どうやっても勝てる光景が思い浮かばない。

 サメ神は攻略されたがっていた。でも活路を見いだせない。


「諦めるのですか?」


「諦めるもなにも抗うすべがないじゃないか!」


「抗う心は折れていない。魔力ゲージの自分のレベルをよく見てください」


「マックス? レベルがカンストしたか。これが?」


 今更レベルが上がったところでなんの意味があるんだ。

 そう思っているとスキル欄に新たな力が芽生えていた。

 その名前に大きく目を見開く。


「まさか……これは!」


「愛の力。レベルカンストであなたに愛の力が宿ったのです」


「まさかあれが使えるのか! サメ映画界を激震させたあの技が」


「愛の力は魔力を用いません! あなたのサメ映画への愛こそが全てです! 絶望に身を任せないで! 自分を信じて! 愛の力を信じて! ティポンシャーク来ますよ! 両手を前に出して唱えてください! 女神殺法をその手に!」


 空そのものが降ってきた。

 そう錯覚するほど巨大な多頭鮫ティポンシャークに向けて両手を出す。

 そして手首をグルグル回転させる準備をする。


 ――キュェィィィィイィィィィイィーーーーーーーーーーー!


 世界を割るような鳴き声ととも到来する死。

 その運命に抗うために高らかと叫ぶ。


「女神殺法を食らえ! ミスティックシールド! ってちっさ! やっぱり小さい!」


「不安にならないで! 愛の力を信じるのです!」


 両手の前に現れる光り輝くミスティックシールド。小さい。これなら女神からもらったシールドの方が強い気がするが関係ない。でもシールドでは魔力を全てを注ぎ込んでも防げないだろう。

 けれどミスティックシールドは愛の力だ。俺がサメ映画を求める限る尽きることのない愛の力だ!

 負けるはずがない。

 そしてティポンシャークとミスティックシールドは激突し、世界が破裂した。


 光に包まれた世界で俺は死んでいった挑戦者たちにあった。

 無念だっただろう。けれどティポンシャークが倒されたことで彼らの呪いが解けた。


『ありがとう。またサメ映画が見られるよ』


 そんなことを言われた気がする。

 気づくと俺はまだ電波塔の展望台の屋根にいた。

 街を見下ろすと全てが破壊されている。サメの姿はない。晴れ渡っておりシャークロンの雲もない。そして海が引き、地表が見えていた。


「……終わったのか?」


「はい全てが終わりました。生還者一名。ミッションコンプリート。おめでとうございます」


「はは……ありがとうでいいのかな。これで終わったんだ」


「あなたはこれから元の世界に帰ります。記憶はそのままです。他の挑戦者にかけられた呪いも解けました」


「それは知ってる。能力とかは?」


「残念ながら身体能力含めて魔力由来の力は消えます」


「そっか」


「けれど愛の力は残ります。あれは魔力由来ではないので」


「まさか元の世界でもミスティックシールドが使えるのか!」


 サメ神が綺麗に微笑んだ。


「せっかく頑張ったあなたにせめてもの贈り物です」


「サメ映画好きには最高の贈り物だよ」


 水平線の向こうから世界が消えていく。

 剣と魔法の異世界アサイラム。

 サメ映画に飲み込まれた異世界アサイラム。

 廃棄世界アサイラム。

 この世界は役目を終えたのだ。


「また会えるのか?」


「サメ映画がある限り、私たちは繋がっています」


「ならまた会えるな。サメ映画は不滅だ」


「そうですね」


 俺のサメ映画の旅はこうして終わりを告げた。

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ディメンション・シャーク 異世界召喚されたと思ったらサメ映画の世界だった……確かにファンタジーな異世界には違いない めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定 @megusuri

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