第二夜
「きのうのことですよ」と、その女性は話し始めました。「わたしは、商談のために相手のおうちにお邪魔していました。広いリビングの角にある大きいソファの上に、成犬が一匹、子犬が二匹、心地よさそうに寝ていました。『かわいいでしょ』と相手は優しい笑顔で同意を求めてきました。ところが、そのとき、ひとりの女の子が慌ただしく階段から降りてきて、ソファの上ではねまわるのです。成犬はびっくりして、あたふたしている子犬たちをかばうように女の子との間に立ちました。そこへ父親がわたしの前からソファの方へ向かい、女の子をしかりました。わたしは関心をおもてに出さぬよう、目の前にある資料とコーヒーを見つめていました。
それからしばらく経ち、犬たちも再び眠りにつきました。私たちが話をつづけていると、また二階から、今度はゆっくりと忍び足で女の子が降りてきました。よく見ると手にはおもちゃのギターを抱えていました。そして、静かにソファの上に座ると、ギターを鳴らしました。すると、不快な電子音がリビング中に響きわたり、犬たちは三匹ともソファから飛び降り隅の方に逃げていきました。けれども、女の子はそのあとを追いかけます。なので父親はまたしかりつけて、ギターを取り上げました。わたしは当然だろうと思い、女の子を一瞥すると、眼は大粒の涙で溢れていました。
『どうしてそんなことをするんだ』と、父親はたずねました。すると女の子は大声で泣きだしました。
『ちがうもん』と、しゃくりながら女の子は言いました。『さっき悪いことしたから、今度は子守唄をうたってあげようと思ったの。だけど、おとうさんはすぐ怒るもん』
それを聞くと、父親は、この無邪気でかわいい女の子をゆっくりと抱きしめました。わたしも、こみ上げてくるものを抑えるように、ゆっくりとコーヒーを飲み干しました。」
音のない音楽 KeI @KeI1537
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