作家とコンテストと夢の賞味期限

七種夏生(サエグサナツキ

作家とコンテストと夢の賞味期限



《 カップ麺を食べて美味しい小説を投稿しよう! 》


 とある企業のカップ麺を題材にしたコンテストが、ネットのサイトで開催されていた。

 受賞者には賞金も出るらしい。

 いや、そんなことはどうでもいいんだ。

 小説家を目指して三年、公募は落選続き、ネットに投稿してみたが読まれない。他社が絡むなら視点が変わる、自分の作品が陽の目を見るではないか?


 ひたすらその商品を食べた。

 好きだったカップ麺との味の違いを比較した。

 好きな銘柄があった、そっちのほうが麺が柔らかくて味が染み込んでいて大好きだったけど。


「受賞したらこれからは、こっちを食べなきゃいけないしなぁ」


 だから在庫が切れると同時にその銘柄にはサヨナラした。

 ひたすら食って味や作り方の工夫を重ねて、最高の一作を投稿した。


 いつものように当たり前に、評価も感想もつかない。


 構わない、企業の方が見てくれればいいんだ。

 営業マンならきっとわかってくれる、この小説の魅力を。

 この商品でないと成り立たない、その為だけのただ一つの小説。

 カップ麺と物語を結びつけてうまく、宣伝してくれるだろう。





 手に汗握る結果発表の日。

 受賞作の中に自分の作品のタイトルはなかった。


「……え? あれ?」


 慌てて画面をスクロール、F 5を押して再度確認。

 現実を受け入れるまで五分ほどの時間を要した。


「あ、そっか……あぁ、ダメだったのか」


 ポチポチとマウスをクリックし、大賞となった作品に目を通す。

 納得できなかった。

 面白いし感動もする、コンセプトとも合っているし申し分ない。


 だけど、でも、


 自分の作品のほうが面白いのに。


 起承転結もしっかりしてる、オチもちゃんとある。

 宣伝になる、CMにもなる。


 自分の作品だってちゃんと、コンセプトに合っている。



 なぜ?



 心に宿るモヤモヤした感情が拭えなくて、パソコンを閉じて洗面台に向かった。

 水で顔を洗うとギロッと目つきの悪い顔がこちらを睨み、買い物にでも行こうと思った。

 

 散財しよう。

 今日は好きなものを買うんだ、カップ麺ばかり食べてたから栄養も偏ってる。


 ダメだな、あんな身体に悪いものばかり食べてたからだ!

 たから頭が回らなくて、いい小説が書けなかった。


 ご馳走を食べよう、やけ酒も飲もう、パーティしよう。


 なんのお祝いかわからないけど。

 そうだ、卒業式だ。

 今日でやめる、小説家を目指すのをやめる!


 小説を書いていた時間を、その無駄な時間を副業に充てる。

 収入が増えるぞ、その前祝いだ!


 美味しいものを買おう。


 今一番食べたい、世界一のご馳走を。





 一人で食べきれない量の肉と魚、寿司に天ぷらのオードブル。

 お酒はストックも併せて数種類。


 テーブルの上に並べてグラスを並べて、洗い物をしなくて良いように割り箸を……もらうのを忘れてしまった。


 面倒くさいな、と腰を上げて引き出しを開ける。


 あれ? 割り箸切れてた……あぁ、いや、ある。

 非常用バッグの中に、非常食と一緒に。


 はっとして、急いて非常食バッグの紐を開けた。


「よかった、賞味期限今日だ」


 中にあったのは、昔からよく食べていた大好きな銘柄のカップ麺。

 他社のカップ麺小説大賞に応募するにあたってサヨナラした、思い出の商品。


「偶然だな、俺の賞味期限も今日なんだ。今日で小説家をやめる」


 なんの因果だろう、いやこれが運命というやつか。

 いい機会だ、食べてしまおうと思った。

 麺と一緒に、夢を飲み込もう。





 お湯を入れて五分。

 蓋を開けると懐かしい香りがふわっと広がった。


「あぁ……鼻がくすぐったい」


 無意識に声が出ていた。

 はぁーと息を吐き出し、麺をほぐす。

 ぐっちゃぐちゃとかき混ぜ、少し冷めたところでお揚げを口へ。


「ふっ……美味しい」


 ポタッと、涙が落ちて出汁が波打った。

 汗と一緒に拭って、次は麺を箸に絡める。


 やわらかい……柔らかい、優しい……。


 痛んだ身体を駆けめぐる出汁の熱さ、麺の優しさにちょっと濃いお揚げが舌に染みる。


「新しいのを、買わないと……買っておかないと」


 そういえば食糧庫のカップ麺も、小説大賞に応募する前とはがらりと色が変わっていた。

 変えておこう、いや、元に戻そう。


「元に、戻ろう」


 評価とか感想をもらえないとか、誰にも読まれないからってそれがどうした?


 賞をとれなかったからって、お金がもらえなかったからって。


 一部の人間に認めれなかったからってなんだ?


 一部の人間って、審査員って何人?


 世界人口がどれだけいると思ってる?


 その数千、数億分の一に認めてもらえなかったからって、やめる必要がどこにある?

 その他大勢に認めてもらえば良いだろう?



 期限を決めるな、賞味期限はここじゃない。

 続けてればいつか、


 例えば今日、期限が切れる直前に見つけられたカップ麺のように。

 美味しいうちに食べてもらえた、この商品のように。


「美味しい」と無意識に、食べた人に言わせたように。


 いつかきっと……





「ご馳走様でした!」


 ぱんっと手を合わせて、箸とカップを流し台に持っていく。

 またやってしまった、汁まで全部飲んでしまった。


 まぁ、いいか。

 いやダメだ、今日で何日目だ?

 ここのところ毎日カップ麺を食べてる……いや、カップ麺といっても色んな種類のやつだから飽きなくて美味しくて……

 そういうことじゃないか。

 とにかく明日は、別のものを食べよう。


 そういえばストックは大丈夫かと、食糧庫を覗く。


 昔からよく食べたている、大好きな銘柄のカップ麺が三つ。


「……あと二つ、買い足しておこう」


 味を変えて肉うどんのやつを買っておこう。

 出汁といえばこっちのほうが美味しいんだよな、また汁飲んじゃうな。

 などと考えながら、机を片付けてそこに資料を広げた。


「さぁ、書くか」


 昨年、カップ麺の小説大賞を行ったサイトで今度は『チョコレート』にまつわる小説コンテストが始まるらしい。

 もちろん食いまくった。

 こんなにチョコを摂取したのなんてバレンタイン以来……冗談、バレンタインはそんなにチョコもらってない。

 他念が多いな、集中しよう。



 なにも変わっていない、小説家にもなれていない。

 相変わらずな生活を続けている。


 だけど、でも、疲れる時もあるけれど。


 そんな時はあのカップ麺を食べる。

 大好きだった銘柄のカップ麺と、落選したコンテストのカップ麺を食べ比べて。

 夢をみて大志を抱く自分と、これが最後だと自分を追い込んで苦しかった時期と、それぞれを思い出してまた、歩き出す。


 人間の賞味期限っていつだろう?

 死ぬ時かな?

 じゃあ夢を諦める期限は……


 考え出したらきりがなくて、かぶりを振って目の前の資料に目を落とした。


 書きたい物語と、自分の個性と、企業が求めている色と。

 ごちゃごちゃに混ぜ合わせて形にしていつか、誰かにそれが届きますように。


 小説家の自分が生み出した作品に誰かが色をつけて、形を整えて、たくさんの人の元へ届きますように。



 それまでに自分の、作家としての期限が切れませんように。



 息を吐くとふわっと、さっき食べたカップ麺の出汁の香りが鼻をくすぐった。



 さぁ、次は、なにを描こう?


 どんな世界に出会おうか?



【あとがき】

 人の好みは十人十色、あなたは悪くない。

 十人が駄作と言っても違う千人が傑作と褒め称える場合もあります。

 才能を見極めるのは価値観の違う十人じゃなくて、真摯にあなたを見つめる千人のほうです。

 いつかいつかってもがき続けて本当にいつか、自分の居場所を見つけてください。



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作家とコンテストと夢の賞味期限 七種夏生(サエグサナツキ @taderaion

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