走って痩せろメロス

あをにまる

走って痩せろメロス

 メロスは後悔した。


 たまには、運動をせねばならぬと決意した。


 メロスにはスポーツがわからぬ。

 メロスは、インドアの中年男性である。

 ビールを飲み、ポテチを食べながら暮して来た。


 けれども、健康診断の結果に対しては、人一倍に敏感であった。


 きょう未明メロスは家を出発し、野を越え山越え、十里離れたこのメディカルセンターにやって来た。


 メロスには生命保険も、医療保険も無い。

 勤めている会社の、社会保険に加入しているのみである。

 この会社は、本日、年一度の定期健康診断を実施する事になっていた。

 尿検査も間近かなのである。


 メロスは、それゆえ、今朝からまともな朝食も摂らずに、メディカルセンターへ健康診断を受けにやって来たのだ。


 メロスは先ず血圧を測定し、それから身長体重を測った。


 ついでにメロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今は此のメディカルセンターへ、痛風で入院している。その友を、このあと訪ねに行くつもりなのだ。


 だが、血液検査と検尿を終えたあと、X線検査を待っているうちにメロスは、センターの様子を怪しく思った。

 ひっそりしている。

 院内が静かなのは当りまえだが、けれども、なんだか、看護師たちが皆こちらを見ながら、コソコソと話をしている。

 のんきなメロスも、だんだん不安になって来た。


 目が逢った若い看護師をつかまえて、何かあったのか、去年ここへ来たときは、何も無かった筈だが、と質問した。

 すると看護師は、辺りをはばかる低声で答えた。


「あなたの血中コレステロール値と尿酸値と血圧が、あまりに高すぎるのです」


「何だと!!」


 メロスは激怒した。

 血圧がまた上がった。


「呆れた医者だ。生かして置けぬ」


 メロスは単純な男であった。

 検査着を着たまま、のそのそ診察室に入って行った。たちまち彼は、巡邏の警備員に捕縛された。

 調べられて、メロスの懐中からはチー鱈とワンカップ大関が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。


 メロスは、医者の前に引き出された。


「メロスさん、検査の当日は食事禁止って言ってあるでしょ」


 内科医のディオニスは静かに、けれども威厳を以て問いつめた。その医師の顔は蒼白で、眉間の皺は刻み込まれたように深かった。


「酒とチー鱈は飲み物だからセーフだ」


 メロスは悪びれず答えた。


「正気ですか?」


 医師は、憫笑した。


「あのねえ、メロスさん、貴方このままの食生活続けてたら、じきに血管詰まって死にますよ」


「言うな!」


 とメロスは、いきり立って反駁した。


「デブから自由な食事を奪うのは、最も恥ずべき悪徳だ。このような数値が出たのはきっと、検査機械の故障か何かに決まっている」


「んな訳ないでしょ……」


 医師は落着いて呟やき、はあ、と溜息をついた。


「というか、今から胃検査どうするんですか。チー鱈食べちゃったらバリウム飲めないじゃないですか」


「ならば、よろしい。この病院にセリヌンティウスという患者が入院している。私の無二の友人だ。そいつのレントゲンを代わりに」


「できるかァ!!!!」


 医師はついに激怒した。


 メロスは、ひどく赤面した。


【完】

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