夏の日の君(BL)

Tempp @ぷかぷか

第1話

今年の夏もジィジィとセミの音がうるさい。

滝のような汗をぬぐいながら荷物を担いで長い長い坂を歩いていた。坂道の両側は平屋が建ち並んでいて、太陽を遮るものは何もない。見上げる白い坂の上はまるで陽炎のようにゆらゆらとかすみ、額から流れ落ちる汗が目に入ってまた霞む。

頭が背中から照り付ける太陽の熱を吸収してすっかり熱い。家を出るときは鬱陶しいと置いてきたけど、このあたりまで登るといつも帽子をかぶってくればよかったと思う。


ふうふう言いながらようやく坂の終わりにたどり着く。

終点は神社になっていて、朱色の鳥居を超えると鬱蒼とした森。その陰に足を踏み入れるとセミの声はヒタと止まり、サラサラとした風が正面から吹いた。この鳥居をくぐった後はいつも急に温度が下がる。振り返ると、歩いてきた白い坂は低い家々をかき分けて白い滝のようにまっすぐと流れ落ちて行き、青い海まで繋がってその先の水平線から立ち上る入道雲で白い色に戻る。


「今日は遅かったね」


頭上から涼し気な声が聞こえた。

見上げると青い大きな御神木からするすると智春が下りてきた。罰当たりなその白い顔は、汗一つかいていない。白いシャツに紺のスラックス。黒い髪に杉のぽさぽさっした杉の葉がくっついていた。


「俺は色々忙しいんだよ、受験だからな」

「受験?」

「そう。島外の大学を受ける。でも夏休みは必ず帰ってくるから」


遠くでポゥと船の汽笛が聞こえた。

夏休みのうちのさらに短い期間、夏祭りの間だけ智春とこっそり神社で会う。それをもう6年くらい続けている。

この神社は島の守り神である海神を祀っていて、もともとはこの小さな島の中心として栄えていたけど、高齢化が進んでこの坂道を登ってお参りするのが厳しくなって、俺が小学校に入る前には港の近くに遷宮した。それ以来ここは管理人がたまに掃除に来るだけだ。わざわざあんな長い坂を上って来る者もいない。

智春の手をひいて薄暗い森を抜けると少し朽ちた拝殿が現れ、落ち葉を払って腰を落ち着ける。智春に問われるままこの1年で会ったことをつらつらと話すのがいつもの流れ。


「優斗、学校楽しい?」

「なんだそれ、おかんみたいだな。まあ楽しいかな。でも部活は今はたまにしかいってない。そういえば去年は全国大会の地区予選の最終で外した」

「残念だったね。今年は?」

「今年は受験だから無し。ほら今日もちゃんと持ってきたから」


弓道具を渡す。


「やった、ありがと」


弓矢を取り出し弓かけをはめる。

この神社には昔弓道場があって、何年か前からそこからもってきた安土まとを拝殿にこっそり隠してある。それを拝殿の長い回廊の端に設置した後、いつも通り拝殿の中から弓を持つ智春を眺めた。


背中を伸ばして軽く足を開いて弓を構えた時にはすでに視線は的を収めていて、ゆっくり頭上に弓をもちあげ流れるように弓を引き、いつ息を吐いたかわからないほど自然に指が弓を離れる。智春くらい上手いと打つ前から的中することは既にわかっていて、それを確認するために矢を放つ。智春の動きは風のように滑らかで無駄がない。

そんな姿を眺めているうち、最初は夏の熱い日差しが軒外にあふれて木々の緑が明るく反射していたのがだんだんとオレンジ色に影を引くようになり、智春の顔と回廊が赤紫に照らされて、そのころには電気なんかない境内の中は薄暗い闇に沈んでいて、その暗がりから見える智春が藍色のシルエットにかわるまで目を離せなかった。。

最後の一射のあと智春はふうと息をついて境内に入ってきて隣に座って道具を片づける。


「はは、また真っ暗になっちゃった」


暗がりから発せられる音に水を渡す。その時ちらりと指先が触れた。あれほど弓を引いたのに智春の指先はひんやりと冷たかった。


「ん、ありがと。おなかすいた」

「おにぎりなら持ってきてる」

「超嬉しい」

「じゃあ鳥居で食べよう」


昼間と違って真っ暗闇の中で智春の手をひき、神社の入り口の鳥居に座っておにぎりを広げる。いつのまにか涼しい風が吹いていた。

見下ろす坂道の下ではチカチカとお祭りの縁日ややぐらの明かりが明滅していて、ここからは遠くて聞こえないけど賑やかな喧騒が溢れていた。その先の海はすでに深い紺色で、空との境は既に消えて天に繋がり小さな星がキラキラときらめいていた。

そろそろ時間だと思って眺めていると、不意に光の華が咲いて後を追うように風と共に大きな音が響く。たくさんの白や赤い花が空を覆い、直下の海に反射して海と空の境界が現れる。


「やっぱここから見る花火が一番きれいだね」


隣を見ると智春の頬も淡い光に照らされていた。思わずその頬に手を寄せて口づける。


「じゃあまた来年のお盆に」

「ああ、また来年な」


もう一度口づけて目を開けた時にはすでにだれもいなくて、おにぎりのラップだけが取り残されていた。

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