桜の樹

@saca-you

桜の樹

 私は、とある用事があって自分の地元を訪れていた。地元は、私が子供の時のままの懐かしい面影を保っていた。ただ一つの場所を除いて。築三十年の古い建物の前を通りかかる。ここが私の卒業した小学校「桜台小学校」である。三十年前私がここに小学六年生として入ったときはとても新しい校舎だったが、今では壁の塗装も剥げかかった古い小学校となっている。なんとなくそこに立ち尽くしていると後ろから一人の小学三年生くらいの少年に声をかけられた。

「おじさん、何してるの。」

私ももうおじさんと呼ばれる歳になったことに苦笑しながら私は答える。

「ここはね、おじさんの卒業した小学校なんだ。だから懐かしくてね。私はここの第一期卒業生なんだよ。」

「へえー。じゃあ昔の子の学校のことも知ってる?学校の宿題で桜台小学校の歴史を調べることになったの。教えてくれない?」

私は実をいうとその頃の思い出を語るほど暇ではないのだが、少年の輝く目を見ると断れないように感じた。少年は彼に似ていたのである。僕の小学校の時の親友、「明良」に。

「分かった。話してあげよう。どのようにして君の今通う学校ができたかについてね。その頃私は初めて情熱を感じたように思う。」

大きい桜の木についた立派な葉が風に吹かれてなびいている。私は深く息を吸った。

「さて、君は『統合反対活動』について知っているかな?」



 新学年に上がり始業式を終えた後の帰り道でこの僕の奮闘は始まった。この日は最近の地球温暖化による桜の開花の早まりの影響をあまり受けず、もう四月十日だというのに満開の桜が咲いていた。

「まったくわけわからないよな、穏史。」

と明良が言う。

「何が。」

「いや、お前先生の話聞いてなかったの?」

「先生の話?」

あああのことか、と僕は思った。

「分かった。お前明日の体育が国語に代わるのが嫌なんだろ。僕は大歓迎だけどな。」

そう彼、明良はスポーツ大好き、他は大嫌いときている。まったく極端にも程がある。一方の僕、穏史は勉強なら何でも来いといった真面目キャラだ。僕ら二人は所謂、親友というものだと思う。

「違うよ。統合のことさ。」

「統合?」

そういえばそんな話も先生がされていた。たしか今、自分たちが通っている山上小学校が来年に坂元小学校と統合するという事だった。

ちなみに、山上小学校は山の上にあるから、坂元小学校は坂の麓にあるからそう呼ばれているらしい。もう少し考える余地はなかったのだろうか。そのことはさておき、何が「訳が分からない」んだろう。

「別にそんなややこしい話でも無かっただろ。ただ、うちの学校が全校生徒六十人だから、このままだと経営が立ち行かないとか、、、」

ここまで言って僕はどうも明良が怒っているらしいと分かった。

「はぁー。穏史ってホントにこういうこと分からないよな。なんていうか現実的過ぎ。」

彼はわざとらしく溜息をつく。

「ちょっとさー、学校なくなって悲しーとかなくなってほしくなーいとか思わないわけ?それにあの俺らが毎年見てきた桜の木もこれによって切られちゃうんだよ。」

「それは悲しいけど仕方ないだろ。」

そう、これが僕の心からの回答だ。確かに悲しいかもしれない、でも仕方ないから諦めるべきだ。そう思うことで、物事はよりスムーズに進むことになる。自分個人がどう思うかなんて社会の大きさからみれば小さなことで、それが社会活動に影響を与えようとするなんて傲慢なことのようにしか思えない。あ、でも桜の木が切られてしまうことは僕も胸が痛い。この木は毎年春に僕と明良で花見をした思い出の木だからだ。とても大きく、立派な木で、僕は小さいときに「この木みたいな立派な人になる!」と、よく言っていたらしい。

ん?ふと気がつくとここは明良の家だな。彼は何してるんだろう?

「って、穏史聞いてる?」

どうも深く考えていたら、大事な話を聞き洩らしたらしい。しかし、彼は構わず続けた。

「まあ、そういうことだから。よろしく頼むよ。じゃあね。」

「え、ちょっと待って。」

全く聞いてなかった僕の制止を耳にもとめず、彼はにっこりと笑って帰っていった。満面の笑みだった。何か面倒なことになりそうだ、当時の僕はそれぐらいしか考えていなかった。



 そこからしばらく経って桜が葉桜になり始めた頃、僕がいつも通り八時に登校すると、珍しく先客がいた(普段は八時になんて誰も来ていない、なぜそれほど早く来るかって?ほら、僕は真面目だから)。明良だった。彼は僕を見ると笑顔で手を振り、そのまま僕の前にやってくると得意顔でポスターを目の前に突き出した。それには

『統合反対!山上小学校を守れ!』

と大きくまずい字で書かれていて、その後ろには小学校の絵が描かれていた。驚く僕を気にせず、明良は話を始める。

「どうだ、良いポスターだろ。僕が自分で作ったんだよ。」

「よくできてるとは思うけど、それは何だ?」

「さては穏史、前の俺の話聞いてなかったな。山上小学校を守るために活動しようって言ったろ?そのためのポスターだよ。」

昨日の僕は本来すぐに止めなければならないことを聞き逃していたらしい。

「いや、さすがに厳しいよ。もう統合のことは決まっちゃっているし、今からこの決定をひっくり返すなんて無茶苦茶だ。大体そうするには統合に反対する演説とか考えてそれで皆を納得させる必要がまずあるよ。そんなことできるの?明良は作文とか苦手でしょ?」

「やっぱり、そう思うか?」

お、もしかしたらもう一押しで彼はこの計画をやめてくれるかもしれない。

「よく分かってるなあ、だから俺はお前をまずこの計画に誘ったんだよ。」

彼は僕の淡い期待を一瞬にして打ち砕いた。とその前に僕は前このとてつもなく壮大な計画のメンバーにされていたようだ。

「お前は俺と違って文章とか考えるの得意だろ?一方の俺はたくさんの人に話を聞かせるのが得意だ。二人で組めばそれこそ最強!」

頭の整理ができず呆然としている僕の前で、彼は一方的に僕たちは演説をできるから最強だという謎の論理を振りかざし、へへんと言わんばかりにピースサインを突き出してくる。やはりこの男は何か変だ。小学生が二人演説をしてそれが最強?この世に政治家がいる意味がそれでは分からなくなるよ。

「明良さ、本気なの?できると思ってるの?」

そう言ってひとまずただしてみる。

「もちろんだよ。ここ数日家に帰ってから調べたんだ。この学校四十年前にも一回統合しそうになったらしいよ。」

「え、そうなの?じゃあなんで今この学校があるのさ?」

これは本当に初耳だった。

「守ったのさ。四十年前のここの先輩が。その話が出たときに統合反対活動を一人で始めて、それを成功させたんだよ。一人でできたことを二人でできないことはないだろ?しかもさっき言った通り俺らは最強だぜ?」

このあふれんばかりのやる気と自信は彼のどこから生まれてくるのだろう。

「そうか?あまりそうとは思えないけど。」

「きっとそうさ。あっと時間だ、じゃあ考えといてよ。」

およそどちらにとっても十分に説得しきれないままこの話はひとまず終わった。



 それから何日か経った。丁度桜がすべて散った頃である。僕はとうとう今年の桜も散ってしまったかと物寂しく感じていた。その時、しばらく僕の前に現れなかった「統合反対活動」と僕は再び相まみえることになる。

「…君、清水君。」

誰かが僕を呼んでいる。見てみると、同じクラスの竹田詩音さんである。

「どうしたの、竹田さん。」

僕は彼女と話したことはあまりないので少し驚いて返事をする。

「その、、、『統合反対活動』に参加したかったら清水君に言えば良いんだよね?」

「ふぇ?」

つい間の抜けた声が出た。

「だって、私の渡されたこのビラには参加希望者は前田明良もしくは清水穏史へって。」

「ちょっと見せて。」

僕は彼女からビラをひったくるようにしてとると確かにそう書いてある。完全に寝耳に水なのだが、、、明良め、人の許可も取らずに勝手にここに名前を乗せやがって。明良がたしかに熱心にポスターを貼ったりビラを配ったりしているのは見ていたが、こんなことになっていようとは思わなかった。桜が散ってしんみりしている僕の時間もお終いだ。まあひとまず仕方ない。なにせ彼は明良なんだから。

「ああ、うん。分かった。明良にも伝える。」

まったく僕は本当に素晴らしい性格の持ち主だと思う。それにしても竹田さんが明良の活動に興味を持ったのは意外だ。彼女も僕のように現実的な人間だと思っていたのだが。人は意外と外から見ただけでは分からないのかもしれない。ともかく、ここは明良に伝えに行こう。良いように使われているような気がするけど。

「おい、明良。」

「お、穏史。また活動の新しいメンバーか?」

僕の心を読んだかのように彼が言ってくる。

「よく分かるな。てまたってどういうこと?」

僕の質問に対し明良は誇らしげに鼻をこする。

「へへん、お前俺が頑張ってること知ってるだろ?これでな、もう協力者が十五人も集まったんだ。驚いただろ。」

このことには僕も驚かずにはいれなかった。彼のこの無茶な計画に賛同する人がこんなにもいるとは。

「俺の無茶な計画に賛同する人がそんなにいるわけない、と思ってるな。ほら、証拠。」

そう言って彼は協力者名簿と書かれた紙を僕に手渡す。確かに十五人いる、ちゃっかり僕の名前も書いてあるけど。

「で?誰だ新しいメンバーは?」

「僕らのクラスにいる竹田さん。」

「おー、竹田っちも参加するって?」

彼と竹田さんはそんなに仲が良かっただろうか。やっぱり人は見かけによらない。

「あ、別に彼女と仲良いわけではないよ。ただ、竹田っちっていうと呼びやすいだけ。」

この瞬間にあだ名は仲の良い人だけに使うという僕の常識は完全に崩壊した。彼に会うと、毎回僕の常識が壊されていく気がする。

「な?意外とみんな賛成してくれるんだよ。お前も一緒にしようぜ、なあ、清水っち。」

あだ名のつけ方が「苗字+っち」しかない、超単純思考の常識破壊人間が言うが、僕はなかなか賛成する気にはなれなそうだ。

「まあ、考えとくよ。」

僕はそれだけ言うと、清水っちがつれないと言って嘆いている明良を置いて、帰っていった。 



 その日の帰り道、他の同級生と帰ることにした。彼は開口一番

「なあ穏史、お前最近の明良の行動についてどう思う?」

「どう言う意味?」

「最近あいつでしゃばりすぎじゃね?学校を守るとかカッコつけたこと言って皆の注目集めようとしてるし。」

「別にあいつは注目を浴びることが目的じゃないよ。一応本気で守る気でいる。」

「ふっ。ならなおさらおかしな話だな。もう既に決まっちまったことを覆せるとでも思ってるのか?あー、馬鹿なやつだな。まあ馬鹿は勝手に騒いでりゃ良いんだけどさ、うるさくて仕方ない。だいたいこんな学校の何が良いって言うんだ?ボロでつぎはぎだらけの学校だよ。新しい校舎に変われば万歳だな。」

僕は誰とも争わないことを流儀としているので別に何も言わない。さすがに言いたいだけ言っている様子は気に触るところもあるが。



 さて、この日から僕は再び活動とかかわらない日々がつづいた。しかし、その間に明良はかなり頑張ったようだ。彼が定期的に僕の意思に関係なく入れてくる情報によれば、彼の仲間は竹田さんが明良をよく支えていることもあって順調に数を増やしていき五月には二百人にもなったという。もちろん僕も含めて。僕は自分から参加する気は持てないが、彼の奮闘する姿を見て少し応援しても良いかもしれないという気にもなったりした。



 また数日経った。今日は暇だと言う明良と一緒に帰っていたが、彼はどうも不機嫌そうだった。

「どうした、明良なんかあったの?」

「よくわかるな。」

よくわかるも何も彼ほど感情が顔に表れやすい人を僕は知らない。

「実はさ、前に作って校内に貼ってあったポスターが全部上から落書きされてさ、物によっては坂上小学校は必要ない、と書かれてて、本当にイライラするんだよ。」

なんとなく誰がやったか想像できるのが気まずくて何も言えなかった。



 雨が細々と降っている日だった。僕と明良が一緒に帰っていると、前に一人の少年が現れた。僕は彼を知っている。彼は僕と同じ塾に通っている山本小学校五年生の金井統理だ。毎回の模試で僕に負け続けいつも二位なので、裏でつけられたあだ名は「ミスターナンバー2」だ。こう裏で呼ばれることから分かる通り、彼は世に言う、嫌われ者だった。自分の成績が良いことを鼻にかけ周りを見下すような態度を常にとっていた。

「よう、天才気取りと横でいじけてる間抜け面。元気にしてるかい?まあ間抜け面は元気だろう、バカは風邪ひかないというから。」

多分この金井の台詞で、彼がいかに嫌われているか分かったと思う。明良はこいつを相手にするとすぐに感情的になってしまうので彼は僕が相手をするしかない。心の底から不愉快に感じることだが。

「何だ金井、わざわざこんなところに来て。」

「いやね、僕だって好きでお前らに話しかけたわけじゃない。父さんから頼まれてね。」

僕が彼を不快に感じる最大の原因はこの「父さん」だった。この金井統理の父、金井統はこの町の市長なのだ。そして、彼は困ったことがあるといつも「僕の父さんは市長で偉いんだぞ。」と言う小学五年生とは思えないほど幼稚なマウントを取ってくる。そんなどうしようもない人間である。

「一つその間抜け面に言いたいんだ。良いか、俺だってお前みたいなやつと同じ学校になりたくはない。だけど、統合を決めたのは僕の父さんだ。お前は何か変な活動をしているらしいがすぐそんなことはやめろ。父さんの邪魔をするなんてそんな馬鹿な真似は僕が許さない。大体、お前みたいな間抜けがいくら集まったところで父さんの計画を止められるわけがない。」

左を見ると明良の顔が紅潮している。

「俺の仲間は間抜けじゃない。」

振り絞って出した明良の答えを金井は鼻で笑い一蹴する。

「いや、間抜けだろ。お前のごとき野郎に乗せられて、あんな古びたこの市のお荷物になっている学校を守ろうとするなんて。歴史ぐらいしか誇るところのないお荷物は社会には必要ないんだよ。」

まずいと感じた。明良は短気で、怒ると感情が抑えきれず暴力も振るうようなタイプの人間なのだ。

「もういいよ。帰ろう。」

そう彼に言って帰ろうとしたときである。金井がさらに次の言葉を発した。

「あー、やっぱり逃げるんだ。天才気取りの穏史君。恥ずかしいとは思わないのかな。君っていつもそうだよね。人がこうやって風に言い争いしているのにかかわると面倒だからって言って常にこそこそと逃げ回って。自分に害がなければ他はどうでも良いってずっとそう思ってるよね。僕の言ってることはなんかおかしいかな、どうだい、穏史君?」

僕は彼に自分の最大の弱点を見透かされたと感じた。そう、僕が争いを徹底的に避けてきたのは事実である。争いをするという事は敵を作ることになり、そうなると面倒なことになる。そういった考えがいつも僕の根底はあった。だから、僕に勉強を聞いてくる人がいればたとえ忙しい時でもフレンドリーに対応したし、明良が統合反対活動をするといった時も生徒数の減少とかもっともそうなことを言って否定し、また自分に向けても社会に影響を与えるのは傲慢だとか人聞きだけが良い今まで決定的な参加を避けてきた。波風を立てたくない、誰からも嫌われたくない、そういった甘ったるい考えが僕の顔に時には優しい、時には冷たい仮面を作り、多くの人を誤魔化しながらついには自分に対してもその気持ちを隠すための論理的な説明を作り上げることが僕の日常だったのである。今まで自分が見て見ぬふりをしてきた僕の実態をいきなり突き付けられ、どう対応すればよいか分からなくなった。その時だった。

「うるさいんだよ。ガタガタガタガタ。自分が少し頭が良くて父親が政治家だからってそれを鼻にかけて周りのことを考えずに騒いでばっかりで。それに比べてお前が馬鹿にした穏史を見てみろよ。頭は天才的だし面白いし、別にそれを自慢しているようなそぶりもない。周りの人が困っていたら迷わず手を差し伸べるし、こんなバカな俺とだってずっと友達でいてくれる。まあさ、あまりに現実的過ぎてイライラすることもあるけどそれでも穏史は俺の一番の友達なんだよ。」

穏史だった。僕は彼がこんな自分をそれほど大事に思ってくれているとわかりとても驚いた。そして、彼に冷たいことを言ったこともあったのにこう言ってくれる彼がとてつもなく愛おしい存在に思えた。彼はまだ続けた。

「俺が坂上小学校を守ろうと思ったのも穏史が原因なんだ。この学校で俺は穏史と出会って、一緒に過ごした。春は一緒に花見をしたし、クラス分けで同じ組だったらともに喜び、違ったらともに残念がった。夏には一緒にプールで泳いだり、暑いから一緒に図書館で勉強したりもした。こっそり冷房の設定温度を二十度にしてたら穏史がめっちゃ真面目な顔で電力の需給がどうこうとか説教してきたのは面白かったよ。秋は一緒に体育祭で二人三脚の練習をした。あの運動音痴の穏史と一緒にトップになるのなんか大変だったぜ。冬には凍ってる校庭で遊んで転んだ俺を馬鹿だなとか言いながらも保健室に連れてってくれたんだ。それぐらいこの学校はあいつとの思い出がたくさん詰まっている場所なんだ。いや、俺だけじゃない。お前はさっきこの学校は歴史ぐらいしか誇れないとか言ったよな。その長い歴史の中でも俺らみたいに楽しい生活を送った人がたくさんいて、みんなそれぞれにここで勉強した人の分だけ坂上小学校に対する思いを抱えているんだ。学校をなくしてしまうのはそのような人たちの思いを反故にして、踏みにじるようなことになることぐらいお前にもわからないのかよ。そんな人たちの気持ちもわからない、いや、理解しようともしないお前なんかに俺の活動のどこを批判できるっていうんだ。」

そこまで言い切ると彼は疲れ切った様子で肩を揺らしながら金井をにらんで立っていた。その姿を見たとき僕の中で何かが変わったのを感じた。僕の今までの面倒ごとを避けてきた気持ちが僕を制止する前に口から言葉が滑り出てきた。

「ああ、明良が言ったことは正しい。人は誰しも自分の学校に対する愛着を強く持っているものだし、僕は今までそれに十分向き合ってこなかったが僕の中にもそれはある。お前から見たらお荷物のような学校だってそこを卒業した人がいて、大事に思う人だってたくさんいるんだ。明良たちは、いや、僕も含めた同志たちはそういう人たちの気持ちを胸にこれからも活動を続ける。誰が邪魔してきたって僕らは止まらない。だって、僕らは最強なんだから。」

明良が僕の方を驚いたような、ちょっぴり嬉しそうなそんな表情で見つめてきた。そんな彼に対し僕はいつも彼が僕にしてくるような満面の笑みを返し、

「いつもありがとう、明良。僕はいつも君に助けられてばかりだ。」

と言った。明良は恥ずかしそうに下を向いて笑う。それを見て僕も笑う。とても楽しい。

これ程楽しく笑ったのはいつぶりだろうかと思う。僕はこうやって心から笑えてなかった期間、あの桜の木のような立派な人になるための努力ができていたのだろうか。いつの間にか雨が上がっていて、夕焼けがとても眩しい。明日も晴れそうだ。明日からは僕も活動に参加しよう、そう思い僕はもはや何も言い返すことができずにただ一人呆然としている金井を残し明良とともに家へ帰っていった。



 その翌日だ。僕は活動のメンバーに向かって自己紹介をした。

「僕も君たちと一緒に活動したい。今までは自分に素直になれなかったけど、穏史と昨日話して、そう思ったんだ。遅くなっちゃったけど良いかな?」

「もちろんだよ。」

「清水君ならいつでも大歓迎!」

皆が僕を認めてくれたことがうれしく、心がとても温かくなった。そして、僕は親友の顔を見る。

「まったく、待ちくたびれたぞ、穏史。」

彼はいつものように笑った。これ程素晴らしい仲間はない、そう感じた。



 僕はその後、四十年前にどのようなことがあって統合が中止になったかについて調べることにした。その結果はこうである。坂上小学校は四十年前も生徒の減少に伴う統合を検討した。しかし、当時の小学五年生だった、上岡一馬さんがそれに反対する活動を起こし、それがとても大きな盛り上がりを見せたため中止を余儀なくされたという。ちなみに、明良は上岡さんのことをとても尊敬していて、会ってみたいと、彼がどこにいるのか探していると言っていた。このときに反対する理由となったのは、登校の危険性が高いことだったと分かった。市の提示した統合案によると、二つの学校を統合するときに新しい学校を山の下に造ることになっていたらしい。しかし、僕たちが住んでいる山は小学一年生が毎日上り下りするには危ないのではないか、と上岡さんらは主張したのである。その主張の正当性も味方をして、最終的に統合を防ぐことができたという。山のせいで人口が減り、統合されそうになった学校がその山によって救われるとは何とも皮肉な話だ。でも、この山を通る登下校が危険という主張は使えるかもしれないと思った。

 


 そこで僕はこの話を他の皆にしてみた。この意見はそれとなく説得性があったのか、皆納得した顔で僕を見ていた。その話を聞いていた明良が思い出したように言った。

「そういえば俺、上岡さんが今どこにいるか分かったんだ。たいへんだったよ。俺らの学校のOBに片っ端から尋ねて、少しずつ情報を集めて、やっと分かったんだ。これを突き止めるのに二か月もかかったよ。」

「おー、すごいじゃん。どこにいたの?」

本当に彼の絶対に諦めない精神は尊敬する。

「それがね、意外と近くなんだ。坂上団地の十号棟の1052室だって。」

それは学校から一キロも離れていない場所である。尊敬した後に何だが、そこまで近いと、彼の調査方法に問題があったのではないかと思う。念のためになぜそれほどかかったのか聞いてみると、最初の三週間は若い人は情報に詳しいはずとかと言って20代から30代の人に聞き、収穫がなかったので老人は信頼できるという理由で80歳を超えた人にばかり聞いていたという。上岡さんは四十年前に六年生だったのだから今は50代のはずなのにそのことを忘れる点やはり、彼は明良だ。明良は自分のミスによる気恥ずかしさを紛らわすように続きを話す。

「でも、きちんと手紙を送って会って話をしてみたいって伝えたんだよ。そしたら、良いって言われたの。すごくね?」

これが彼のコミュニケーション能力の高さの証明だろう。彼はどのような相手でもその懐にすっと入っていくことができるのが良いところだ。上岡さんから家の広さの関係で会えるのは二人までと言われていたから、行くのは僕と明良の二人ということになった。



 そして、とうとう上岡さんと会う日が来た。もういつの間にか二学期も終わり近くなってきて明良は成績がどうこうと騒いでいる。この二か月上岡さんを探すことに全力を注いできた彼には仕方のないことだろう。成績が心配なら少しは勉強するように言うと、昨日は桜の落ち葉掃きのボランティアに参加して疲れたからできなかったと言い、今日は上岡さんと話すことで疲れる予定だという。僕は彼の成績については諦めることにする。さて、そんな他愛ない会話を重ねるうちに上岡さんの家に着いたらしい。表札には大きく立派な字で上岡と書かれている。隣で明良が息をのむのが分かる。明良がインターホンを押す。

「今出ます。」

と言う声がして、しばらくたって出てきたのは50歳くらいの穏やかそうなおじさんだった。彼はとても丁寧で優しい人だった。僕たちを家の中へ招き入れるとお茶とお菓子を出してくれた。明良が

「こんなうまいおやつたべたことねえ。」

とはしゃいでお菓子を食べつくすのをにこやかな顔で見つめながら、今日は雨が降る予報だが傘はあるかと聞いてきた。僕は持ってきていたが、隣の彼はどうも天気予報なんか見ないらしい。降っていたら僕のを借りると言う。僕は彼の召使か。彼がひとしきりお菓子を食べ終えた後、上岡さんは話を始めた。

「私は四十年前山上小学校が統合することを止めた。しかし、これは正しかったのかと今では思っている。だから、君たちが活動を続けるのも私は勧めない。」

明良が飲んだお茶を飲み込めずにむせ返る。僕も自分が目を見開いたのが分かった。

「ど、どうしてですか。」

この先を聞いてしまっては何かが壊れてしまうような気がする。しかし、僕は聞かずにはいられなかった。上岡さんは落ち着いた表情で話し出した。

「君たちは私の活動の良い一面、学校を守ったということだけを見て、私に会いに来ただろう。ただし、はっきり言おう。私はそれほど素晴らしい人間なんかではない。」

明良がその言葉に強く反応した。

「いや、とても素晴らしいですよ。上岡さんは学校を守ることでそこを卒業した人たちの思い出のよりどころが消えることを阻止したじゃないですか。」

「そうだな。私も当時はそう思った。ただし、物事は様々な方向から見ないといけないのだよ。統合がなくなったことで嬉しい人がいることはもちろんだがその裏には苦しむ人も少なからずいることも知ってないといけない。」

「苦しむ人、、、?」

明良は納得がいかないように首をかしげる。

「そうだ。いいか、私が統合の話をおじゃんにしてしまったことで、何が起きたのか教えてあげよう。かなり重苦しい話になってしまうが、良いかな?」

そう尋ねる目には有無を言わせぬ力強さがあり、僕と明良は気づいたら頷いていた。

「さて、私たちの学校が残ると決まったとき、皆はとても喜んでいた。しかしこれはそれがどのようなことをもたらすかを知らない人たちの愚かな笑顔だったと思う。このせいでね、私もまだ子供で気が付かなかったが、私たちの市の財政はひどいことになった。噂では年三百億円の赤字だとか。そこで仕方なく市議会は税率を上げることにした。しかしもともとここは田舎だから、賃金が高いという訳ではない。そうすると、当然生活に苦しむ人が多くなってしまう。私の両親も毎月のお金のやりくりに困っていたらしい。そのせいで、私の一番の友達に悲劇が訪れた。彼の父親は町に小さな飲食店を開いていたが、税の取り立てや、税が上がったことで市から出ていく人が増えたことによる客の減少、毎日の借金取りからの借金の取り立てによって苦しみ、とうとう閉店に追い込まれてしまった。閉店が決まった時の友達の言葉を今でも覚えているよ。

『学校を守れば皆が幸せになれるって言ったじゃないか、この大嘘つきめ。お前なんか大っ嫌いだ!』

泣きそうな目でそう言われたよ。私は自分の学校のことだけを考えてその影響を考慮せず、不幸をもたらしてしまった。あの店は私が潰したも同然だ。私は皆のために良いことをしようとした結果、不幸な人も生み出してしまった。浅はかな考えだったと思う。この話は私の恥だ。出来ることならだれにも話したくはなかった。しかし、君たちが私と同じ道をたどりそうになっていると知って、止めなければならないと思い、会うことに決めた。いいかい君たち、自分たちだけに都合の良いように世界を見ることはやめろ。それは人の不幸を誘発させ、友達を敵に回すことになる。私と同じようなことになってくれるな。これは私のような人間ができる唯一の忠告だ。私みたいにはなるな。」

話の最後の方になると上岡さんは目が血走り、身を乗り出しながら話していた。僕たちはその勢いを前に何も言うことはできなかった。そのまま上岡さんの家を出ていき、帰っていった。雨が降っていたが、傘をさす気にもならなかった。



 次の日から明良は変わってしまった。いつも一番に活動に現れていた彼が始まる時間に遅れるようになり、ついには体調が悪いからと来ない日まであった。周りの人が心配して僕に明良について聞いてきたが、僕は何を言う気にもなれなかった。明良というリーダーを失ってしまった今、活動は衰退の一歩をたどっていった。僕にもそれを止める元気もなかったし、明良も何も言ってこなかった。そんな僕たちを見て、活動からは一人、また一人と人が抜けていき、一番多い時には千人にも届きそうだったメンバーはとうとう僕ら二人と、初めに僕に活動について聞いてきた竹田さんの三人だけとなってしまった。彼女は毎日僕に明良に何があったのか聞いていたが、返事を渋る僕にしびれを切らしたのだろう。彼に直接聞きに行くことにした。なぜか僕も一緒に。

「前田君、どうしていきなり活動に来なくなっちゃったの?来なくなったのって前田君が上岡さんの家に言った次の日からだよね?そこで何かあったの?教えて。私たちメンバーは仲間だって言ってたでしょ?」

「もう良いんだよ。別に。」

これが彼の声だとは僕には信じられなかった。

「もう良いなんてことないでしょ?今まで署名に演説にたくさん頑張ってきてやっとメンバーも千人に届きそうだったのよ。こんなところで諦めちゃっていいの?最後まで絶対に諦めないって言ってたのはあなただったじゃない!」

明良は疲れたように目を上げた。

「もう良いってさっきから言ってるよね?俺はもう駄目なんだよ。活動を続けることも批判され辞めても周りからうるさく言われ、もううんざりなんだよ。俺には誰一人も幸せにすることができない。そんな自分がもう嫌なんだ。向こうに行ってくれないかな。」

「でも、、、」

「俺は向こうに行けって言ってるんだよ!」

隣で竹田さんが息をのむのが分かった。彼女は後ろを向くとそのまま走ってどこかへ行ってしまった。

「明良?」

「悪いな、穏史。自分でも悪いとは思ってるんだ。何の関係もない彼女にまでこんな怒って。俺はあの日からもう何が正解なのか分からなくなっちゃったんだよ。大きなサバンナの中に一匹だけ残されたパンダの赤ちゃんみたいなそんな感じだ。今の状態が自分に合っているとも思えないし、そうと言ってどこに行けばいいのかも分からない。」

「そうか。」

ああ、違う。僕が言いたいこと言わなければならないことはこんなことではない。今の明良には納得の声でも同情の声でもないもっと違った声が必要なはずなのに。なんで僕は傷ついている一番の親友を慰めることさえ出来ないのだろう。なんで、なんで、なんで、、、僕は変わろうと決意したのに変わり切れていない。活動に加わる前の逃げ回っていた僕と何も違わない。

「じゃあ、また明日な。穏史。」

「え。」

こんなことばかり考えている間僕はずっと家へ向かい歩き続けていたらしく、いつの間にか僕は明良の家に着いていた。ここに着くまでに僕が何をしていたのか全然記憶にない。ここまでの帰り道で僕は明良に何を言ったのだろう。少しは彼の気が休まることも言えただろうか。いや、そんなわけないな。僕は一人そう自虐的に笑って残りの彼のいない帰り道を歩いて行った。



 そこからしばらく経って、統合が正式に決定したという報告が先生からあった。明良を含めて僕たち全員はもう何も言うことはなく、無言でその話を聞いていた。



 学校がなくなるときには閉校式なるものが行われるらしい。僕たち五年生は在校生代表として出席することになっていた。式次第の一番上を見るてみると

「閉校にあたり今までの学校の歴史を振り返り、それが幕を閉じることの哀しみを地域で共有するとともに、生徒が新しい学校で生活するための区切りとして執り行う。」

と、たいそうな理由が書かれているが、これを考えたのが例の金井の父、つまり統合を決めた張本人とくるから滑稽な話である。しかし、式はその素晴らしい目的を本気で達成しようとでも言うかのように、なんと四人もの卒業生を来賓としてお呼びして話をしてもらおうとしているのだからものすごい式になりそうである。また、僕は在校生代表の言葉を話すように先生から言われた。六年生は卒業式の準備で忙しく、五年生の中で一番「真面目で優秀」な人間は僕であると判断されたようである。つまり、僕は「学校がなくなってしまうのはとても悲しいけれど僕たちはこの学校での思い出を胸に新しい学校でも前へと進んでいくために頑張ります。」みたいな皆が期待するような言葉を堂々と述べれば良いということらしい。また、市長もいらっしゃるのだからと『統合反対活動』をほめるようなことは言わないようにと言われた。そこで僕は、所謂「模範的」な作文を書くために数日を費やした。 



 さて、閉校式の当日である。なんだか去年とは違って冬がとても暖かかったため、今年はまだ三月中旬だと言うのにもう桜が咲いていた。僕たちは体育館で座って式が始まるのを待っていた。やがて校長が入場し、市長や来賓の方々もいらっしゃった。その来賓の中に僕は見たことのある顔を見つけた。慌てて式次第を読み直す。

「来賓の言葉①上岡一馬様」

そう書かれている。そうあまり読んでいなくて気づかなかったが来賓の中には上岡さんがいたのである。そうこうしているうちに式が始まった。校歌斉唱、校長式辞など式は流れるように進んでいく。ここでいつの間にか式は来賓の言葉にまで来ていた。つまり、上岡さんが話すということだ。上岡さんはステージの右側から上がっていく。国旗と校旗に軽く礼をして朝礼台の前に立った。

「気を付け、礼。」

副校長の声が響き僕たちは礼をする。

「着席。」

皆がバラバラに座る様子を見るのがあまり心地よくない。上岡さんがマイクを手元へ引き寄せた。

「皆さん、こんにちは。私は四十年前に坂上小学校を卒業した上岡一馬と申します。」

ここから先は所謂時候の挨拶とか言うやつで僕も何を聞いたか覚えていない。教員への感謝の言葉まで言い終わった後に生徒への言葉があった。

「生徒の皆さん。皆さんの中にはそれぞれたくさんの思いを抱えた人がいるでしょう。学校が無くなることを悲しむ人、憤る人、新たな学校での生活に期待する人など様々な考えがあるかと思います。私はその中でも統合について本気で悲しんだ人について話したいと思います。なぜなら、昔小学生の頃の私がそうだったからです。」

明良の表情が一瞬動いたような気がした。

「まず、そのときの私の話から始めさせてください。小学五年生だった頃の私は聞き分けが悪く、授業中も騒ぐような子供でした。興味を持つことと言えばその日のプロ野球の結果や、読んでいた漫画雑誌の新刊くらいのものでした。しかし、そんな私を小学五年生の時に大きく変える出来事がありました。学校の統合が議論されたのです。ここに至って私は初めて今までの自分の態度を後悔しました。私は山上小学校で勉強するのはいつまでも出来ることだといつの間にか錯覚し、それが失われる可能性があることを考えないでいました。その時に私はその可能性に気づき、今までの授業をまともに受けてこなかった自分を責めました。しかし、後悔しているだけでは何も変わりません。そこで私は自分のせいで失ってしまった学校での授業を取り戻し、今度こそ真面目に生活していきたいと思って、学校統合を防ぐために活動を始めました。そしてその時は学校を残すことが出来ました。しかしこのように四十年後に再び統合の話が持ち上がりました。そしてまた今回も学校を守ろうと奮闘してくれた子がいました。私は彼の思いを否定するようなことを言ってしまいましたが、本当は少しそういう子たちがいてくれたことが嬉しかった。自分が四十年前に守ろうとした学校を今でもここまで大切に考え奮闘してくれる人がいて、私がやったことは少しは報われたのかもしれないと感じました。私はこの活動をした子供たちのリーダーに二回会いました。最初に会ったとき私は彼の考えの甘さを指摘して、彼の考えを否定しました。しかし、前に言ったように嬉しくもあったのでもう一度彼に会いたいと思いました。私に考えを否定されたためあまり会いたくなかったのでしょう、はじめは彼はなかなか会ってくれませんでした。しかし、私が何度も誘ったのでもう一度だけ会ってくれました。彼はなぜこのような活動をしたのか一から話してくれました。彼は坂上小学校は彼の大切な思い出が詰まった場所だと言っていました。彼は小学校入学と共に引っ越してきて周りに知っている人もいなく、不安だったそうです。そんな彼にいきなり話しかけた子がいたそうです。

『おっきな木だねー。ぼくもこんなふうになりたいなあ。』

『木になりたいの?』

『うーん、ちょっとちがうかな。なんかこうやっておっきくりっぱになっていきたいなって、そう思う。』

『へー、いいね。夢があって。』

他愛無い会話でしたが不安だった彼にはとても大きな支えになったのでしょう。彼は段々学校に慣れていきました。その最初に話した子とは一緒に学校で色々なことをして遊んだそうです。花見やプール、体育祭練習などたくさんのことを楽しんだそうです。彼はこんなことも言っていましたね。

『前にあいつが俺に助けられてばかりとか言ってきたことがあるんですけど、それは多分違うんですよね。だって、俺はあいつが話しかけてきてくれたからこうやって色々なことが出来ているわけだし、こうやってやっている中ではあいつのアドバイスが絶対に必要だった。俺はあいつなしでは成り立たないんだと思います。だから俺はあいつとの思い出の詰まったこの学校と別れたくなかったんです。それに、俺と同じようにいろんな思い出を持ってる人が卒業した分だけきっといて、それが失われるのは悲しいことじゃ無いですか?』

私はこのように私が四十年前に守ろうとした学校を今でもここまで愛して守ろうとしてくれる子供たちがいることがとても嬉しかったです。四十年前、私は坂上小学校を守って良かった。ここで多くの人が思い出を作り、成長し、学校を愛してくれたから良かった。ここは昔、私が守った時の姿よりもより良いものになっています。そうなったのは君たち坂上小学校の生徒が頑張って歴史を紡いできたからだと思います。君たちはそのことを誇りに思って下さい。私が好きだったこの坂上小学校をこれほどまで愛してくれて、素晴らしい絆を作り上げてくれて本当にありがとう。学校は今年度をもってなくなってしまいますが、君たちがここで過ごした日々は消えることはありません。目に見えないと価値を感じられないものがあります。しかし、私はそれよりも目には見えない価値を大事にすることが良いと思います。君たちが築いたこの絆は目には見えないけれどずっと残っていくものです。この絆を大切にしてこれから始まる新しい日々を進んでいってください。私は坂上小学校が大好きです。これで私からの話は終わります。ありがとうございました。」

上岡さんの話はとても力強く、僕の心に響いた。僕は自分の話で何を言うべきなのかわかった。来賓残り三人の話も終わった。副校長の声が響く。

「続いて、在校生代表の言葉、五年一組、清水穏史君。」

はい、と大きな声で返事をして立ち上がり、ステージへ向かう。階段を一歩ずつ踏みしめて上り、校旗とその横の国旗に深々と礼をする。朝礼台の前で大きく息を吸う。そして僕は話を始めた。

「皆さん、こんにちは。」

他の人と同じように時候の挨拶や来賓の方々への感謝をノロノロとしゃべる。僕にしゃべるよう頼んだ先生は満足そうに頷いている。ごめんなさい、今日の僕は先生の期待には添えません。ここで波風立てずに終えるなんて絶対に出来ません。ここからは僕の闘いだ。今度こそ周りから疎まれることから逃げない。はっきり自分の意見を言おう。

「今年は僕にとって様々なことのあった一年でした。始めに先生から統合について聞かされ、周りがとても戸惑っていたのを覚えています。僕は最初はこのことについて特に何も思いませんでした。いや、そう言うふりをしていただけなのかもしれません。過敏に反応すると面倒なことになると思っていたからです。しかし、このような僕の態度は一人の僕の最高の友達によって大きく変わりました。その友達とは数ヶ月前まで学校を守ろうと活動をしていた、前田明良君です。彼は僕のようなことを荒げずに自分だけ平穏に生きていこうとする人間とは違い、真正面から統合に反対し、活動を行いました。彼は僕に自分の意見を伝えることから逃げないことの大切さを教えてくれました。彼は本当に強い人間だと思います。たくさんの人が学校がなくなってしまったら悲しいだろうと思って自分がその意見を代表して抗議しようとした。これは素晴らしいことではないでしょうか。彼の行動を邪魔しようとした人も多くいました。しかし、彼はそのようなことにめげることもなく活動を続けました。そのような彼を、そして彼の活動を僕は心の底から尊敬します。ですが、そのような崇高な思いを持って頑張っていた彼を邪魔しようとしたのはどう言ったことでしょうか。自分にはそんなことが出来ないからと言って彼の活躍を妬み、邪魔をしてそんなことをして何が楽しいのでしょう。そんな姑息な真似をして彼のことを馬鹿にしていた奴らは今すぐにでも明良に謝れ!お前らみたいに現実論を掲げのうのうと生きているう人よりも明良のように一見叶わなそうでも理想を立ててそれに向かって突き進んでいる人の方がなんぼかかっこいい。僕も学校が大好きだった。だから、それを必死で守ろうとしてくれた『統合反対活動』の皆に、僕に学校の大切さを分からせてくれた明良に心から感謝します。ありがとうございました。これで僕の話は終わります。」

先生が青筋を立てているのが見てとれる。しかし、もう別に構わない。今の僕は昔とは違うのだ。自分の考えを言い切った。その思いだけで僕は十分だった。



 式が終わった後、僕は明良とそして上岡さんと一緒にいた。

「全くお前、変な正義感出していきなり俺のことを絶賛して他の人たちを怒るとかやめとけよ。めちゃくちゃ恥ずかしかったし、あの後、なんかたくさんの人が謝りに来て対応が大変だったんだぞ。」

「悪いな、でもなんか自分の思いをしっかりと言わないといけないように感じてさ。」

熱くなって間違いなく言いすぎたと反省している時にそう言われると困る。

「まあ、良いじゃないですか。君は前私に会いに来た時とは大きく変わりましたよ。あの頃の君は明良君についてきているだけで、自分の考えを持っているのかよくわからず、大丈夫かと思っていました。しかし、今日の話を聞いて安心しました。まあ、もう少し穏健に伝えるべきだとは思いますが。」

「まあ、仕方ないですよ。こいつは今まで自分の考えを伝える努力さえしてこなかった人なんで。まあ言えるようになっただけ成長ですよ。でもまあ、ここまで下手だとはね。」

上岡さんも明良は互いに目を合わせて吹き出した。そして大声で笑う。僕がすこしむくれた様子を見せていると、

「でも、ありがとな、穏史。俺らの活動のためにあんなに言ってくれて嬉しかったよ。」

「そのおかげで僕は来年先生から睨まれることになりそうだけどね。」

そう恥ずかしさを紛らわすために苦笑いをする。すると明良はまたとても響く声で笑い出した。それを見て僕も思わず笑ってしまう、気づくと横で上岡さんも笑顔で笑っていた。僕はとても幸せだと思う。こうやって色々な人の笑いに囲まれて、支えられて生きてきているのだから。僕は真上にある桜の木を見上げる。僕は結局この桜の木ほど立派な存在にはなれなかったかもしれない。でも、そのための第一歩は踏み出せたはずだ。暖かい風が南から吹いてきてとても気持ちいい。上を見上げると桜の花びらがひらひらと舞い落ちてきていた。







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