第24話 抱く者ども
「ただいま帰りましたよー」
ダンジョンから出たエリックは、その足で、村での宿泊先としている村長宅へと帰還した。村長の家は村への客人を迎えるため、見栄としても実利としても、他の家より大きく作られてる。しかしそれは村としてはであり、五大貴族のような大物をもてなすには物足りない。加えて護衛の観点からも不安が残るため、滞在期間中は一行がまるまる一棟を借り上げていた。現在は関係者以外立ち入りが禁止となっている。
その中に堂々と我が物顔で入り込んだエリックは、特に警戒されることなく、すぐに奥へと通された。屋内は貴族の屋敷と比べれば狭い。程なく居室へ着いた彼は、そこに無遠慮に入室した。室内には三人の人間がいた。そのうちの一人は、彼の現在の主人であり、年齢にして十を超えたくらいの、真紅の髪と瞳を持つ少年だった。
「報告を」
その少年のそばに控える、従者の男が声を上げた。エリックは、主人の前だろうと飄々とした態度を崩さず、気負うことなく答えた。
「事前の調査通り、あそこはスタンダードな草原ダンジョンだったよ。出てくる魔物も同様。確認したのはそれだけかな。階層数や他に出現する魔物は自分の目で確かめてね」
エリックの弁えない態度に、室内の空気が僅かに冷え込む。しかしそれを咎める声は上がらない。その対応は今回の遠征の前に、既にして失敗している。主人が許容していることに対し、異議を唱える愚を犯す者はこの室内には存在しない。
報告を受けた従者が、再度声を発し確認を取る。
「というわけです。当初の予定通り、明日にでも挑まれますか?」
「当然だ。こんな何もない村、居つくほどに心身が寂れる。さっさと済ませて本家に戻る」
部屋の奥、この建物には不釣り合いに豪奢な椅子に腰を据える少年が口を開いた。その少年に報告が通ったことを見届けたエリックは、用は済んだと判断し、この場から辞去しようとする。
「ではでは、僕はこれでお暇して、適当に警備にでも混ざりますね」
「待て」
部屋から退出しようとするエリックを、少年が言い止めた。背中を向きかけていたエリックはまた少年へと向き直り、若干大袈裟に首を捻った。
「えーと、他に何かありましたっけ?」
「貴様、見たところ随分と機嫌がいいな。何があった?」
真紅の瞳を適度に細め、少年はエリックに問い質した。
二人の付き合いは長くないが、それでも短い関係の中で、少年はエリックという男の性格をある程度把握していた。今の彼の姿は、そのある程度のうちに含まれた、上機嫌のものに該当した。
「あー、そんなに分かりやすかったですかね。意図したわけじゃないんですけど」
「二度も言わすな。何があった?」
「黙秘権を行使しまーす」
エリックの無礼を、室内にいた護衛がいよいよ殺気を発して咎めた。
「……エリック・ハウゼン。それは行き過ぎてますよ。即刻撤回し、言い改めなさい」
「カレンちゃんさぁ、弱いくせに凄んでも説得力は持たないよ? 僕はこういうスタイルなんだし、
その安い挑発に、護衛騎士のカレンは乗った。腰の剣を抜き放ち、抜剣とともに振り抜いた。常人の目には映らない、不可視の刃が飛翔する。自身の首元を狙われた刃を、エリックは小さく息を吐き、正面から受けた。それは彼の衣服に直撃する寸前で、空しく霧散する。その直後に、抜き身の刃が振り下ろされる。初撃の攻撃を威力で遥かに上回る斬撃が、エリックの胸元を襲った。彼は右の指に力を込めて、それを無手で受け止める。カレンの振った剣が、微塵も揺るがず中空で静止する。
「殺意高いなー。おっと」
指でつまんだ剣を押し返そうと、エリックが腕を動かす最中、急に剣から圧力が消えた。同時にエリックの腰元へ、カレンの蹴りが叩き込まれた。それをエリックは、避けることなく、防ぐことなく、初撃同様無防備に受け止めた。そのとき、室内の床が両者の攻防で陥没した。カレンは、拘束が緩んだ自分の剣を素早く回収すると、エリックから距離を取るように後退した。そのまま自分の敵手を、鋭い目つきで睨みつけた。
一方、攻撃されたエリックは、自分に向けられる殺意など気にすることなく、蹴られた部分を軽く摩った。
「ほんの数日とはいえ、どうやら鈍ってはいないようだね。安心したよ」
「……そのつもりで挑発したと?」
「いや、これは僕の素だから。それとは別だね」
エリックの返答に、大きく舌打ちしたカレンは、手に持つ剣を鞘に収めた。
場の収まりを認識した従者の男が、わざとらしくため息を吐いた。
「あなたたち、これの修繕費は公爵家から出されることを理解していますか?」
「申し訳ありません、ネイス殿」
「この程度で小言を言われたくないな。そもそも僕は何もしてないし、暴れたのは彼女一人だよ?」
ネイスに向かって頭を下げていたカレンは、再び顔を上げて、エリックの方を睨みつける。
「貴様……!」
「──それくらいにしろ、カレン」
その一言で、カレンは瞬時に怒りを引っ込め押し黙った。「忠犬だねー」というエリックの軽口にも、表情に僅かな反応を見せる程度で、沈黙を維持した。
彼女に代わって、真紅の少年が口を開いた。
「エリック、お前が俺に忠誠を誓っていないのは知っている。しかしなぜ言えない。今回の遠征で、不確定と不要な要素を排除するのもお前の役割だ。お前が見聞きしたものは、俺に報告するべきだと思わんか?」
「思いませんね。些事まで報告したら、何する時間も無くなりますよ。それとも、俺の今朝の朝食から話した会話の内容まで、一字一句伝えないと満足できませんか? まあ、仮に求められても、面倒なので断りますけどね」
エリックの回答に、少年は小さく舌打ちする。
「それはお前が、俺ではなく公爵家に雇われているからか?」
「そういうことですね。いやー、体が大きいだけの誰かさんと違って、坊ちゃんは物分かりが良くて感心しますよ」
カレンの頰がまたもヒクつくが、主人の会話に口を挟むことはしなかった。
少年は鋭い瞳を更に細めた。
「つまり、俺が次期アルバーニュだと示せば、貴様は俺に傅くのだな?」
「いやー、そう言う誘導尋問はやめて欲しいですね。ノーコメントで」
エリックの対応に、少年は視線に込める圧力を増加させた。しかし彼はまるで動じることなく、微笑を保ち続けた。無駄と悟り、圧力を緩めた少年が、椅子に深く腰を落とした。
「まあいい。今回の遠征は、そのための功名稼ぎだ。どれだけのものか知れてるが、力を示すに不足はない」
「言うまでもないですが、俺は護衛兼目付けなので、手は貸せませんよ」
取ってつけたような確認に、真紅の少年、オーティス・マグニ・ディグ・アルバーニュは、小さく鼻で笑った。
高慢であるが、微妙に少年らしさが残る笑みを見て、エリックはあることを思い出した。
「ところで、オーティス様はおいくつでしたっけ?」
「今年で10になる。それがどうかしたか?」
「いえいえ、そんな歳で上級ダンジョンに挑まれるなんて、すごいなーって思って。僕なんか、初めて上級に挑んだのは、学生になってからですからね。いやー、流石です」
「……貴様に言われても、嫌味にしか聞こえんな」
またも小さく舌打ちしたオーティスは、「それに」と言葉を繋げた。
「兄上も、この年齢で同じことをした。そこは踏破済みであるが、レベル12の上級だ。未踏破とは言え、推定11程度では大した自慢にならんだろうよ」
「かもしれませんねー」
そう雑に相槌を打って、エリックは今度こそ部屋から退出した。
「先ほどの対応は良くありませんでしたよ、カレン」
エリックが消えた部屋で、従者の男ネイスが、護衛騎士カレンに苦言を呈した。
「主君のために怒りを見せるのはいいですが、それはあくまで主君のためでなければいけません。あなた自身のために、その感情を使ってはいけません。解りましたか?」
「……はい」
従者からの叱責に、カレンは小さな声で反省の想いを口にした。
主人が侮られたとき、護衛騎士は命を以って汚名をそそぐ。彼女の行動は、そう教え込まれたこそであった。しかし、そこに彼女自身の不満が込められていたのも事実だった。それを彼女は自覚していた。
「ですが、私もあの男の態度に苛つきましたので、殊更あなたを責めることはできませんがね」
ネイスの言葉に、どう反応したものか、カレンは曖昧に苦笑した。
一段落ついたそのやり取りに、オーティスが声を発した。
「あの男、何かを隠していたな」
「何か、ですか……?」
主人の発言に、意図を図りかねたカレンが、小さく首を傾げた。
彼女の疑問も構わず、オーティスは先を口にする。
「それが何であるかは分からんが、よほど奴の興味を引く何かだったのだろう。隠す気があるのかないのか、どこまで本気かも知れんがな」
「……調べさせますか?」
決して自分たちの味方ではない男。その認識があるネイスは、主人の身の危険の可能性を考慮して、エリックのみが持つかもしれない情報を集めようと考える。
その提言を、オーティスは微かに首を振って否定した。
「いや、いい。奴が話さないということは、伝えたくないことではあるのだろう。無理に探って、不興を買うのは悪手だ。俺には、奴の力が必要なのだから」
──当主になるために。
オーティスは、その先を口にすることはしなかった。
言わずとも、他の二人は理解していた。自分たちは、彼を支えるために遣わされている。それは場合によって、主家に反する立場に成り下がる。その覚悟を持って、彼らはここに立っていた。それこそが、五大貴族縁者の宿命だった。
オーティスへの報告を終えたエリックは、自分に割り当てられた部屋には戻らず、再び屋外へ出ていた。適当に村内をぶらつくことにした彼は、歩きながら、先ほどカレンに受けた攻撃を思い返した。
(カレンちゃんは白金級には遠く及ばないけど、それでも金級三位か四位程度の実力はある。世間では十分な強者と呼べるレベルだけど……)
彼女と、自分を驚愕させた少年を比較したエリックは、小さく口の端を吊り上げた。
(やっぱり凄いなライル君は。あの歳でアレだもんな。僕があそこに至れたのは、確か二十歳を超えたくらいだったのに。つまらない仕事だと思ってたけど、楽しみはどこに転がっているか分からないものだね)
エリックは16で金級になったが、そこから五年以上をそのランクのまま過ごした。資格を得るのに、それだけの時間を要したのである。それを考えれば、僅か9歳で同等の資格を得ているライルは、明らかに異常と言えた。
(オーティス様は10歳か。ライル君と同い年か一コ上ってことかな? ということは早くて三年、遅くても六年で彼らは顔合わせすることになるのか。楽しみだな)
ネイザール王国には、ダンジョン大国として、国内外問わず才能を集め、ダンジョン攻略者や魔境開拓者である冒険者を育てるための、特別養成機関が存在する。そこには国中の才能ある若者はもちろん、王家や五大貴族からも人材が結集する。
(他家にも有望な子供がいるらしいし、彼らの学園生活はちょっと面白いことになりそうだ。僕の時は微妙だったけど)
エリックは自分の時のことを思い出し苦笑した。彼の時は、年齢が合わず有力家の人間は多くなかった。ちょうど数年だけ上の世代だったために、タイミングが微妙に悪かったのだ。しかし、ライルが入学するだろう年は、その世代の子供が揃っている。彼にはそれが、運命の気まぐれであることを思わせた。
徐に空を見上げたエリックは、頭上で燦然と輝く陽光を視界に入れた。
「未来ある若者ってのは、なんとも眩しく映るものだねぇ……」
天上の光に目を細め、誰に聞かせることなく、彼は一人呟いた。
俺はイケメン最強ハーレムチート主人公 甘糖牛 @aonashi3
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