愛されたいだけ -8-

 服をき、電気パッドを所定の場所に貼り付けた。AEDの指示通り、女性から距離を置くように叫ぶ。

 その後も懸命けんめいな救命作業は続いた。

 救急車が到着とうちゃくしたとき、救急隊員が完璧な応急処置だと、褒めてくれたのは素直に嬉しかった。

 周りからも拍手はくしゅが巻き起こり、ひとときの英雄えいゆうとなった。

 まぁ、手伝って欲しかった気持ちはだいぶ飲み込んだが。

 ただその英雄譚えいゆうたんは、傍観者たちが納めたビデオたちによって終幕しゅうまくを迎えることになってしまった。


 時は現在に戻る。

『松本さん、””が、あなたをセクシャルハラスメントの容疑で訴えています』

『…………………は?』

被害者……?

『証拠もSNS上に無数に転がっていると……彼女は損害賠償そんがいばいしょうを求めています』

『なに言っ…………は?……え、僕が……セクハラ?』

 女性は良性が危惧きぐしてた通り、大勢の人の前で服を裂かれ、裸体らたいさらされたことに対して裁判を起こそうとしているらしかった。

 SNS上に上がった動画には、しっかりと女性の上半身が映っていた。

 さらには人工呼吸を行なっている自分の姿もあり、その光景がかなりショックだったと語っている。

『だって僕は人命を救助して……』

『ですが相手側の気持ちを考えず、承諾しょうだくを得ず、強姦ごうかんとも取れる行動をしたのは事実です』

『いや、だから……応急しょ––––––』

『松本さん、とりあえず警察署まで同行願います』

『…………–––––––––はぁ?』

 あきれて、声も出ない。

 後ろで聞いていた妻も必死の抗議をする。だが、受け取る側の感受性で物事が決まってしまうこの世の中には、まったくと言っていいほど無意味な行為だった。

 損害賠償金は、そんなすぐに出せるような金額ではなかった。

 もちろん、二人の総資産を合わせてもギリギリ足りないほどに。

 あの動画たちが反撃はんげきの証拠になるのではないかと、自分は間違ったことをしていないと論破ろんぱできる素材になるのではないかと考えた。

 ただ、女性が負った心の傷はそう簡単にいやせるものではないと一点張り。

 見殺しが、正義だったのか。

 人殺しが、正解だったのか。

 正義は、本当はなかったのか。

『なんなんだ、この世界は…………』

 救ったことに対して感謝の言葉はもちろんなかった。むしろ、金を出せと非難轟々ひなんごうごう

『はは、なんだそれ……』

 妻は死亡保険を損害賠償に当ててくれと、精神的におかしなことを言いながら自殺を提案してきた。

 私が首をるからと、冗談でも聞きたくなかった。

『僕が助けなかったら、どうせ亡くなるはずだった命……』

 じゃあ、

『僕にコろさレても、文クは言エないょなぁ?』

 刹那せつな、ギィイイィイイイインと夜空に赤い月が顕現した。

 泣いているのか、なげいているのか、笑っているのかー–––分からないうめき声を上げながら、良性はその姿を【負情塊クライシス】へと変貌させた。

『連レてッてアゲる、僕ガ君を救ワナかっタ世界線ヘ……』

 対象を探して蠢く。

「なんで……僕は人助けをしただけなのに……っ」

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リード・クライシス ロングブラック @coffee-014

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