愛されたいだけ -7-

 赤い月が照らす宵闇よいやみ––––尋常じんじょうじゃないほど禍々まがまがしいオーラを放ちながら、何かが砂利道を闊歩かっぽしていた。奴は人間の負の感情を具現化ぐげんかした化け物【負情塊クライシス】だ。

 何度もコケながら、声にならない叫び声を上げながら逃げまどう人々には目もくれず、化け物は城山公園の広い道を進んでいた。

 松山城の下に広がるこの公園は、犬を散歩する人や放課後に遊ぶ高校生、美術館帰りの人などが沢山いる。だが、【負情塊クライシス】が発現した今は、蜘蛛くもの子を散らすように逃げて人っ子一人いなくなってしまった。

 広大な敷地しきちだからこそ、【負情塊クライシス】の背中にはどこか悲壮感ひそうかんを感じてしまう。実際、姿を変えられた人の心中では悲しみに似た感情が渦巻うずまいていた。

「なんで……僕は人助けをしただけなのに……っ」

 時は、二週間前にさかのぼる。


『誰か、誰かきてください!ひ、人が倒れてます!』

 松本まつもと良政りょうせいは務めている会社では機械と呼ばれるほど、精巧せいこうかつ効率の良い仕事ぶりであった。故に周りからの期待や、逆に周りに寄せる期待の狭間はざまで疲れ果て、髪の毛はほぼ全て抜け去ってしまった。一時は植毛しょくもうも考えたが、ありのままの自分を愛してくれる素敵な女性に出会った事で、彼女にお金も時間も割くことにした。

 最低限の幸せを手に入れていた良政は、妻とともにこれからの人生を謳歌おうかする予定だった。

 そう、この目の前で倒れている女性を助けるまでは。

『あなたは救急車を、あなたはAEDを持ってきてください!』

 女性が倒れていたのは偶然ぐうぜんにも松山駅のロビーであった。幸い、周りにたくさんの人がいた。

 呼びかけに対して反応を示し、近づいてきてくれる人が五人ほどいた。全員男性だった。

 まぁ、見てみぬフリをして傍観者ぼうかんしゃを志望し通りすぎる雑踏ざっとうもあった。

 今の時代を象徴しょうちょうしているといっても過言ではない人もいた。

 助けもせず、ただスマートフォンを開いて動画撮影していたのだ。

『人が死にそうだってのに、何を呑気のんきに……』

 そう憤慨ふんがいしたい気持ちをグッとこらえて、良政は眼前に横たわる女性に集中した。

 呼びかけても返事はなく、呼吸もしていない様子だった。

 そう確認して間もなく、女性を仰向あおむけにして胸骨圧迫きょうこつあっぱくに取り掛かる。

 流石さすがは機械仕掛けの仕事を見せる良政––––––全てがまるでマニュアル通りに滞りなく進んでいく。

 正しい順番は正確に守れていないかもしれない。ただ、人が目の前で昏倒こんとうしている状況で冷静な判断をするのは難しい。この人が生き長らえればいい––––––ただその一心で胸骨圧迫を繰り返す。

『持ってきました!AEDです!』

『ありがとうございます。助かります』

 駅員さんが状況を察したのか、尋ねるよりも前に準備して手渡ししてくれたらしい。

『みなさん、こちらから指示するまで周りを取り囲んでもらえますか?動画を撮影している人がいます。この女性のプライバシーを考えないと』

 周りにいた四人––––––一人は救急隊員と連絡を取りながら––––––持っていた道具やら服やらを上手く駆使くしし、簡易なバリケードを形成した。AEDを使用するには上体を裸にする必要がある。女性に対して使う場合、その女性のことを考慮する必要がある。誰だって、目覚めて大衆の前で上裸は嫌だろう。

『電気ショックを行います、離れてください!』

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