愛されたいだけ -6-

「そっか、退治たいじしてくれる人いないと被害が拡大するだけだもんね……」

 至極しごく当然の疑問を解決したところで、一人の男性が店に入ってきた。黄土色おうどいろのロングコートに身を包んだ、高身長男性だ。

「あ、幸田こうださんこんにちは〜」

「ん、あぁ和希かずき。こんちは」

「ちは〜」

「…………。」

 幸田さんもこの店の常連客だ。三人で挨拶あいさつする。

「幸田さんって毎日来てますよね」

「三人が来てる日に偶然来てるだけだよ」

 なんて言いながら幸田さんはカウンター席に座る。アイコンタクトをしただけで、マスターはドリンクを作り始めた。言葉なしに飲みたい物をさっすることができるマスター。それは何十年もの経験と、常連さんと築き上げた思い出と信頼が成せる技なのだろう。マスターは口々に結婚できないと言っていたが、そんなことはないと疑いなく保証できる。ちなみに和希はマスターみたいに、かっこいい紳士しんしを目指しているらしいが、どうなることやら。

「あ、そろそろ……帰らなきゃ……」

 時計を見たあんあわてた様子で立ち上がった。

「えー、まだ語り足りないのに」

「あんたねぇ、杏には門限もんげんがあるの。早く帰らないと、もう二度とあなたの話聞けなくなるかもよ」

「おお、それは困る困る」

「ご、ごめんね和希くん、また今度もっと詳しく聞かせてね」

 申し訳なさそうにお辞儀じぎしながら、杏は店を後にした。てとてと、という擬音ぎおんがピッタリの軽い足取り。

「逃げたわね」

「ん?どういうこと?」

「いいや、女には秘密の千や万もあるの」

「一つや二つじゃなくて?そんなにあんの?女怖ぇ〜」

 逃げた、という表現を使ったにも関わらず、明里あかりの表情はとても明るかった。まるで、私はわかっているわよ、と言葉なしに伝えるように。

 そういえば夕日に照らされて明里以外気がつかなかったが、店を出る寸前の杏のほほはオレンジ色に染まっていた。

 結局明里と和希はカフェに残り、そのまま夕食を取ることにした。

 ここの料理はメイン、サラダ、ごはん、汁物のバランスがしっかりとしており、三食全てここで食べれば、食生活に困窮こんきゅうする可能性はほぼゼロと言ってもいい。

 一体このマスターがまだ隠している武器は、どのくらいの数で、どのくらいの強さを持っているのか。底が見えない。

 食べ終わり、さぁ今から帰ろうかとした瞬間。

「–––––––––––––––っっっっっ!」

「ぁ…………!!!」

 不意に訪れた重圧に、二人は体を地面にせた。

 それだけではなく、全身を走るおぞましい寒気と吐き気に呼吸が荒くなる。息をしているのかも怪しくなるほど、肺が押しつぶされそうだった。

 見れば、窓の外が真紅しんくの光に照らされていた。

「く、【負情塊クライシス】……」

 この感じ、多分すぐ近くで発現したのだろうか。

「あ、ああぁあんたが、はー話していたからぁあ」

「くっ、あぁえぁあー」

 冗談じょうだんすら交えることができない。

「二人とも、隠れていなさい。子供には少々刺激が強すぎるみたいです」

「ま、マスター……っ」

 落ち着き払った様子で二人を奥のスタッフルームに案内したマスター。そのままマスターもその部屋にとどまり、震える二人のそばにいてくれた。

「マスター、俺は杏ちゃんが安全に帰れたかどうか、確認してきます」

「はい、任せました幸田さん」

 あれからいくら時間が経ったとはいえ、女の子一人でまだ帰路の途中にいたら大変なことだ。

 幸田さんはマスターからの言葉を待たず、地面を強く蹴って真っ赤に染まる外の世界に踏み出した––––––!

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