愛されたいだけ -5-

「それで、今日も今日とてあなたのオタク趣味しゅみに付き合わないといけないわけ?」

「当然だ。じゃなきゃ呼んでない」

「はぁ、どうぞどうぞ」

 何年もこうして話を聞いてきた。もう二人にとって彼のオタク心をどうこうしようという行為はもはや愚行ぐこうなのかもしれない。

 嬉々ききとして話す弟を、愛おしく見守るような目だった。

「見ちゃったんだよ!ついに【管理者リード】様の姿を!」

「【管理者リード】って、あの……私たちを【負情塊クライシス】から守ってくれているっていう?」

「そうそう、その【管理者リード】!」

 和希はこれまた嬉しそうに、カバンから一枚の写真を取り出す。そこに写っていたのは和希かずきの部屋の窓と、その先に映る一つの人影だった。

 白銀のコートらしき物を羽織はおった男は剣を構え、眼前でうごめく黒いもや対峙たいじしていた。

 身長は180くらいあるだろう。長い足と華奢きゃしゃな体つきから、スタイルの良さがうかがえる。

「あの、ごめん……あんまりその【負情塊クライシス】とか【管理者リード】とか詳しくなくて」

「名前を知ってるだけとか、存在を認知しているだけの人も多いらしいよ。」

 和希はもう一度コーヒーを口に含み、苦いと心の中で叫んでから話を続ける。

「月が赤くなる時、あるだろ?」

「うん、確かに頻繁ひんぱんになるね……あれ、異常気象のたぐいかと、思ってた……」

「異常っちゃ異常よね。でも、それが––––––はい和希どうぞ」

 パスを受け取った和希は一度、軽くうなずいた。

「その月が、人間の負の感情に作用して、化け物を生み出すらしいんだ。原理とか頻度ひんどとか理由とかは、何も解明されていないらしいんだけどね。ちなみにその化け物を【負情塊クライシス】って呼んでるんだ」

「そうなんだ……こ、怖いね。赤い月が出た時、確かに押し潰されるような……そんな感じするもん」

 オレンジジュースの入ったグラスを強く握りしめた杏は、確かに少し怯えている様子だった。

 杏が言った通り、赤い月が顕現けんげんした時には重力が倍になったのかと錯覚するほど、体が重く感じられる。

 上司から怒られて、体が縮こまる感覚に似ているが、その規模は半端じゃ無い。

 だからこそ、一般人は赤い月が出た時には家や建物内に籠り、その現象が治まるまでジッとしておくのだ。立つ事すら困難になる人も出る。

 故に、【負情塊クライシス】に対抗及び討伐とうばつしようなんて命知らずの判断をする人も皆無かいむだということ。

 相手は人を殺しかねない意志なき殺戮さつりく兵器。戦う術も技も干戈かんかも無ければ、そもそもどうすることもできない。

「そこで【管理者リード】さ!唯一【負情塊クライシス】に対抗できる組織!僕たちの英雄!あこがれ!ヒーロー!」

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