天国の門

貴音真

【天国の門】

 現世うつせより旅立った全ての存在ものは一度天国へと向かうと云われており、向かった先の天国には無数の門があるという……


 天国にある門の扉は決して開くことはなく、その門にはそれぞれに通り抜けることが可能な存在ものが定められている。

 人のみが通り抜けることが出来る「人の門」、人以外の動物だけが通り抜けることが出来る「獣の門」、人や動物に使われた物だけが通り抜けることが出来る「物の門」などである。

 人や動物、虫や植物、物や石に至るまで、現世より旅立った存在ものはそれぞれにゆるされた門の扉を通り抜けて「その先」へと向かう。

 しかし、中には数多ある門の何れにも通り抜けることを拒まれるモノがおり、そのモノ達は天国の門に於いて唯一ただひとつ扉が備え付けられていない「鬼の門」をくぐほかに道はなく、鬼の門を潜ったモノは「その先」のない道程みちのりを一切休むことを赦されずに永遠と歩み続けなくてはならない。


 亡くなった人の多くは人の門を通り抜けることが出来るが、現世で悪行を重ねた者などは人の門を通り抜けられずに鬼の門を潜る。

 死んだ動物の殆どは獣の門を通り抜けることが出来るが、中には獣の門に通り抜けることを拒まれる動物もいる。

 役目を終えた物は全てが物の門を通り抜けることが出来るが、中には自らそれを拒む物もある。

 獣の門に通り抜けることを拒まれる動物、物の門を通り抜けることを拒む物、それらに共通する存在もの、それは人である。

 長年に渡って人と共に生活した動物はその心魂こころの一部が人となっているが故に獣の門から通り抜けることを拒まれてしまい、同じく長年に渡って人の生活に関わってきた物には使っていた人の想いが入り込み、現世での役目を終えた後も「人の物」であり続けようとして物の門を通り抜けることを拒むという。

 では、それらの動物や物は鬼の門を潜らなくてはならないのか?

 それは否である。

 人を愛し、人に愛された動物は「ある条件」を満たせばたった一つの門に限って通り抜けることが出来る為に鬼の門を潜らずに待つことを赦され、条件を満たせる「その時」が来るまで天国の門のすぐ近くに広がる原っぱで現世の夢を見て眠る。

 人と暮らしたが故に獣の門から通り抜けることを拒まれた動物が眠っているその原っぱは「猫ケ原」や「犬ケ丘」と呼ばれる場所に分けられており、そこでは一度眠ると自ら起きることが出来ない為に動物はそこで自らを起こしてくれる存在ものが来るのを何年も何十年も待っている。

 そこにいる動物を眠りから覚ますことが出来るのは現世でその動物を愛し、その動物が愛した「家族」のみであり、眠っている動物はいつか家族が自分を起こしてくれるその時を眠りながら待っているのである。

 広大なその原っぱには常に無数の動物と人で溢れ、人は眠っている動物の顔を覗き込んではその名を呼んでそれが自らの家族かどうかを確かめる。その行為はあまりにも途方もない繰り返しに思えるが、原っぱの中には家族を再会させる為の手助けをする存在ものがある。

 それこそが人に愛用された物である。

 人に愛用された物はまるで自らを愛用してくれた人をそこへ導く様に眠っている動物の近くに寄り添い、そこに家族がいることを現世での持ち主に伝えようとする。

 やがて、広大な原っぱの中で懐かしい物を見つけた人はそのすぐ傍で眠っている動物が自らの家族であると確信して声を掛ける。眠り続けた動物はその声で目を覚まし、遂に家族は再会を果たす。

 人に愛用された物はこうして家族を再び巡り合わせたことで初めて自らの役目を終えたと実感し、物の門を通り抜けて「その先」へと向かう。

 そして、獣の門から通り抜けることを拒まれた動物は「家族ひとと一緒ならば」という条件を満たし、家族と共に人の門を通り抜けて「その先」へと向かうのである。


 天国には決して開くことのない扉によって閉ざされた無数の門と扉の存在しない唯一つの門がある。

 扉によって閉ざされた無数の門はそれを通り抜けることが出来る存在ものが決まっており、通り抜けた向こうには「その先」がある。

 扉の存在しない唯一つの門は他の何れの門にも通り抜けることを拒まれた存在ものだけが潜らなくてはならず、潜った向こうには「その先」がない。

 そして、天国の門のすぐ近くには広大な原っぱがある。

 そこには人と暮らして人と心魂こころを通わせた動物が人に愛用された物に囲まれて眠り、いつか家族が自分を迎えにくる「その時」が来るのを家族と暮らした現世の夢を見て待っている。

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