第18話
右の銃は薬室に装填されていることを確認して、両手に一丁ずつ持ち、森に歩き出した。
「戦闘司祭、なにかいるの?」
「そうみたいです」
基本、森は静かだ。
旧時代では森には動物や虫の鳴き声が聞こえていたという。しかし、今は違う。
斧を振るう音に合わせてゆっくりとした足音が聞こえている。
意識を集中して、勢いよく足を地面に付くと目に見えない波紋が広がっていく。
広がっていく波紋は私の視界の代わりになり、足音の主を見つけた。
四つの手で歩き、胴は長い、草食獣風な顔をした変異動物だ。
薄暗い森は明るい平原から見通しが悪い為、まだ見えない。
「六人共、平原に行ってください」
「司祭様、魔物ですか?」
「はい。下がってください」
多数の足音が聞こえてきたが、私の近くでまだ息遣いが聞こえた。
「下がってください」
「お、斧が、外れなくて」
「下がってください」
諦めて走って行く音が聞こえてきた。
私が下がる音に合わせて、変異動物は一歩ずつこちらへ近づいてくる。
地面に足を勢いよく付き、全員が下がったことと変異動物の位置を確認した。
両手の銃を構えて、確認した位置に同時に発砲する。
しかし、相手はこちらにジャンプして近づき、弾丸を避けた。
先ほどよりも明るい場所に出てきて、変異動物の全体が良く見えるようになった。
長い胴、足の代わりの四つの手、長い尻尾、短い首に目から鼻まで長い草食獣風の顔。
この変異動物、私よりも大きいかもしれない。
この変異動物の特徴は顔の正面に二つ、側面に二つずつの計六つの赤い目だ。
他に特徴といえば、体全体が白い毛で覆われている事と、草食獣風な顔なのに、変異馬や変異牛と違い歯がギザギザで殺傷力高めな所だろう。
もう一度、両手に持つ銃を発砲する。
しかし、それを待っていたと言わんばかりに、ジャンプしてこちらに近づき、攻撃できるまでの間合いをはかっている。
右手の銃をホルスターに収め、一丁を両手でしっかりと持ち、ジャンプされることを予測し二度発砲した。
予想通りの軌道でジャンプした変異動物は弾丸に当たりながらも無傷だった。
ただ、衝撃でこちらにほぼ近づいていない。
撃たれた痛みで荒い呼吸をしていた変異動物は鳴き声をあげた。
その声は金属がこすれ合うような音で遠くまで響くような高音だった。
相手を待つばかりでは倒せないと判断して、こちらから近づく為に一歩踏み出そうとした時、遠くから、前にいる変異動物と同じ声が複数聞こえた。
「戦闘司祭! やばいんじゃない!?」
「大丈夫です」
それを証明する為に変異動物に対して、左手で構えた銃から一度発砲した。
こちらに距離を縮める為でなく、攻撃の為にジャンプしてきた変異動物は大口を開けていた。
素早い移動に少し対処が遅れたが、元々考えていたことを実行するには問題ない。
幹に刺さったままの斧を右手で掴み、祈力を流して幹から外す。
私に食らいつく為の口に、祈力を込めたままの斧を叩き込んだ。
口に切り込んだ斧は胴には進まず、首まで進み下顎を残して、頭を切り飛ばした。
爆発させるよりも祈力の消費量が少ない為、斧はいい武器になりそうだ。
木がガサガサと音を立て、その音が近づいてくる。
樹上に先ほどの変異動物の仲間がいるようだ。
銃をホルスターに収め、祈力を込めて手を叩く。
叩いた後、すぐ耳に祈力を集中して聴力を強化する。
先ほどの変異動物と同じものが三体。どの変異動物も私からの距離を木二本分あけている。
大体の居場所を理解した瞬間に、三体に向けて発砲する。
銃弾をどう感知しているのか、避けた変異動物は木一本分こちらに距離を詰めた。
次の発砲でこちらへ攻撃してくるのは、先ほどの個体から分かっている。
右手の斧の重さを確認して、斧を真上に放り投げて手を叩いた。
枝や葉に当たる音を聞きながら、両手に銃を持ち、変異動物の場所を確認する。
避けることも考えて一体に二発ずつ撃っていく。
撃ち終わり右の銃を収めると、落ちてくる斧を掴む。
掴むと同時に、痛みから声を上げている変異動物が落ちてきた。
最も近い一体に走って近づき、斧を叩きつける。
絶命したのを確認して、残りの二体を見ると痛みを与えた私に対し、鋭い視線を向けている。
即座に二体へ向けて走りながら、発砲する。
発砲された一体は銃弾を避ける為、横に転がって避けた。
ジャンプ以外の移動を見たのは初めてだ。しきりに足に手を当てていることから当たった銃弾は移動能力を低下させたようだ。
もう一体はジャンプして避けられるようで、転がって避けた一体の傍に移動した。
足を止めることなく近づいていき、動きの良い方に発砲する。
避けるか、攻撃するか。どちらが来てもいいように備えていた。
大口をあけてこちらに飛び込んできた。攻撃を選択したようだ。
先ほどは対処が少し遅れた、しかし、今回は備えていた為、口に斧を叩き込めた。
そして斧を叩き込む為の踏み込みを使い、地力から変異動物の位置を確認すると背を向けて逃げ始めていた。
波状攻撃をしてくると思ったのだが、飛び込んで攻撃できなければ攻撃を諦めるのだろうか。
左の銃を収めて、右の銃を取り出す。
変異動物を見ながら祈力を込めて、弾道を予測し、狙いを定める。
木の裏に隠れたのを見て、足を踏み鳴らし、位置を再度確認して発砲した。
乾いた発砲音が聞こえた瞬間に木を貫いた弾丸が、肉を打つ音が聞こえた。
確認に行くと、長い胴体を二分された変異動物の姿があった。
地面に足を勢い良く付き、周囲を確認する。
樹上にいる敵は分からないが、地上にはこちらに向かってくるような敵はいなかった。
左の銃の弾倉を抜き、薬室から弾を取り出して予備弾倉を装填し、安全装置を掛ける。
右の銃は予備弾倉の装填だけをして、安全装置を掛けた。
左は十三発、右は六発だ。
祈力をほぼ使わなかった時の一日分の作成量を、今日使ったのは惜しいことをした気分になる。
「もう大丈夫です」
そう言いながら、イングルビーさん達に近づくと一歩下がろうとしたのか、重心が少し後ろに寄っていた。
「これ、ありがとうございました」
それを気にせず、斧を渡そうとすると助祭が私に近寄ってきた。
「これ、あげるっ!」
渡されたのは私の手に、ではなく私の体にだった。
体に水の球が当たった。
私の体に満遍なく当たった水の球は、だんだん小さくなりながら何度も私を通過した。
「戦闘司祭。あなた血まみれなの分かってた?」
「はい。キャンプに戻れば川で洗おうと思っていました」
「そんな姿で来られても皆、困るの。特に私!」
「すみません、皆さん」
近接戦闘訓練の時も気にしていなかった所為で、所長に起こられたこともあった。
久々の近接戦で後の事を考えないミスをしてしまうとは。近接戦闘は集中してしまうから困る。
「気にしてるの、私なんだけど?」
「ズヴァルトさん。すみません」
「分かればいいのよ」
もっと食ってかかると思ったのだが、潔く引く助祭。
イングルビーさん達の事を考えての行動だったのか?
もしかすると案外、キャンプの人には優しいのかもしれない。
食事の時の傍若無人な振る舞いの理由はつかないが。
「司祭様、ありがとうございました」
そう言って近くに来たのは、斧を外せなかった木こりだった。
「いえいえ、今は変異動物がいないようなので、作業してしまいましょう」
「分かりました。さっさとやるぞ、お前ら!」
イングルビーさんが仲間を急がせて、作業が再開した。
切っている途中だった木に斧を入れている。
平原側の二人は低い場所を森側の一人は平原側よりも高い場所に斧を入れている。
二人で息の合った平原側はある程度、斧を入れると森側に向かって、一人の作業と交代して二人で斧を入れている。
交代した一人はこちらに向かってきた。
「お二人とも、少しずれてもらえますか? そちらに木を倒しますので」
「分かりました」
「戦闘司祭、行くわよ」
助祭は勝手知ったる風で動き始めた。
「ズヴァルトさん。この後の作業はなんですか?」
「戦闘司祭。その話し方、どうにかならない?」
「助祭さん。この後の——」
「聞いていると気持ち悪いから、敬語やめて」
「本当に敬語をやめて大丈夫ですか? 数年前に姿を消した灯教会は敬語を使わない町民を殴っていましたよ」
その横暴さから規模は縮小していき、地教会に追い出してくれと町から要請があった。
結局、今では牢屋につながれて刑の執行を待つ身だと聞く。
囚人の世話係になったことがない為、町民から聞く噂だよりだが。
「本当にそこまで酷いと思ってるの? さっきだって教会員が誤解されないように場の空気を変えたでしょ?」
地教会員ではなくて、教会員の所が重要だ。旧時代人は重要なところを『ミソ』というらしい。
資料によると『美味しいもの・ミソシル』と書いてあった。ミソシルは分からないが、逃すべきでない美味しいものらしい。
「助祭。この後はどういう作業が?」
「戦闘司祭がそのポリシーを覆すなんて、私との関係性を重要視してるのね」
してやったりと、ニヤニヤが止まらない助祭は、楽し気だ。
「助祭。人との関係性は重要です。わ——」
「敬語」
「私が助祭との関係性を重要視するのは争う必要がないから。いがみ合っても教会は建たない。開拓も進まない、だろう?」
「そういうの戦闘司祭は好きね。地教会としてはどうなの?」
「争いを好むものではない、そういうことだ」
「お二人さん! 倒れるぞ!」
イングルビーさんの声で段々と倒れている木を見た。
町に近い森の木よりも、細くて長い木がゆっくりと倒れた。
地面に倒れるとイングルビーさん達はそれを平原側に引っ張り、森から離した場所に置く。
そしてイングルビーさんだけが倒した木に残り、枝を切り始めた。
作業を見ていると。
「倒れるぞ!」
隣の三人が木を伐り終わり、一本倒れた。そして木を引っ張り、一人は枝を切り、二人は木を伐りに向かう。
そして太陽が真上に上るよりも早く、四本の丸太が出来上がった。
「司祭様、今からこの四本をキャンプに運びます。手伝っていただけますか?」
「分かりました。一本持てばいいですか?」
「いえ……三人で一本持つのですが……」
私が使える労働力だという事を見せる時が来たようだ。
イングルビーさんともう一人が待つ丸太を通り抜け、一本の丸太の横に立つ。
両手で丸太を掴み、一気に持ち上げる。
「い、よいっしょぉー!」
「大丈夫ですか?」
「い、いえ。無理みたいです」
そう言って丸太を下ろした。今から約一時間丸太を持って歩くのは難しそうだ。
「戦闘司祭って、皆、そんな感じなの?」
驚きよりも気持ち悪さが勝ったのか、顔を歪めて聞いてくる助祭。
「そうだ。私よりも力が強い者達は多くいた」
「まあ、いいわ。早く帰りましょ」
「助祭。持たないのか?」
「持たないわよ。キャンプに戻れば私の仕事が始まるんだから」
「イングルビーさん、そうなんですか?」
私は二人の持つ丸太に合流して、持ち上げながらそう聞いた。
「はい。キャンプに戻れば乾燥をお願いしています」
「助祭、ここまで来る必要ないだろ?」
「いいじゃない。戦闘司祭の実力も分かったし、力の使い方も分かった。私にとっては有益だったわ」
それもそうか。
私にとってもカミはいないと、より確信が深まり清書の記載が嘘ではなかったと証明された。とてもうれしいことだ。
清書にはこうある。
『祈りは通じない、祈る対象はいなかったのだ。ただ、心の安寧を保つことが、私が持っていた信仰の唯一つの在り方だったのだ』
キャンプに運ぶまで変異動物の襲撃もなく、二本の丸太をキャンプまで運んでこれた。
キャンプには見張りなのか、トオノさんとジェファソンさんがいた。体がこわばっている。緊張はとれないようだ。
テントから少しはなれた場所に丸太を置き、休憩を取ることになった。
「助祭。仕事しないのか?」
「私の仕事はすぐに終わるから、早く残りの二本持ってきて」
「休憩終えたらな」
「司祭様、水をどうぞ」
「イングルビーさん、ありがとうございます」
水筒に水を補充していないのに、今気づいた。
キャンプの長と話をしてすぐに仕事だったのだ。できなかったのなら仕方がないが、出来るうちにしておかないと。
「水、ありがとうございました。イングルビーさん、水筒に水を補充したいのですが、どこで補充すればいいですか?」
キャンプをして様々場所に行く人達がいる。訓練所の資料によると、その人達は糞尿を川に流す。
上流で糞尿をされるのはごめんだ。
訓練中に汚い水を飲めるようにする訓練と称して、教官が糞尿したという申告の川の水を水筒に入れさせられた。実際はしていなかったようだが、飲むときは嗚咽が止まらなかった。その所為で吐いた。
「上流の、あの岩の奥で飲み水は取っています。キャンプから近い場所では服を洗ったり、体を洗ったりですね。下流の、あの大きい岩の裏で用を足します」
町にある旧時代の技術、水洗式のトイレは快適だった。
外での生活を考えると町から出たくなくなるわけだ。
「分かりました。ありがとうございます」
「司祭様が戻ってくれば、残りの二本も取りに行きますから」
「はい」
背負っている箱から水筒を取り出して、入れたままにしてあった予備弾倉を戻す。
箱を背負いなおして上流に向かうと、さらに上流にエドガーさんとバッガスさんがいた。
エドガーさんは石を川に叩きつけようとしていた。
単発式の中型砲を保持紐で背中に背負っていて、先ほどまで石の音は聞こえなかったから、今思いついたのだろう。
彼らを見ながら水筒の底にある給水口を開ける。
小さな穴に詰め物をしているだけの給水口だが、今の所漏れていない。
川に入れると気泡が出てきて水が入っていくのが分かる。
穴が小さい為、少し時間がかかる。その間にエドガーさんが石を叩きつけるのを五度、近距離で聞くことになった。
補充が終わり、給水口に詰め物をして、足を一度踏み鳴らす。
水の底を見えない波紋が広がっていき、水の中にも波紋が広がった。
土の上よりも水の中は精度が悪く、生き物がいるか分かりづらい。見た所、彼らが投げていた場所付近には生き物はいなかった。
彼らを無視してイングルビーさんの下に戻ると、腕時計の時刻は十一時三十分だった。
昼のご飯はないようだった。キャンプではそうなのだろう。
「司祭様、準備はよろしいですか?」
「はい、行きましょう」
それから二時間歩いて、木を切った場所まで戻ってきた。
道中、何も取れない場所で石を投げていた二人を思い出して、食料を探していたが見つかっていない。
そうなれば、人目を盗んで持ってきた保存食を食べるしかない。食べないで体が動かないより、不味いものを食べて動く方がいい。
「司祭様、帰りますよ」
イングルビーさんは丸太の横で待っていたが、森近くまで来た私にはやることがあった。
「少し待ってください」
森に入り、少し進むとすぐに見つかった。
先ほど戦闘した変異動物の死体だ。
上あごから頭がなくなっている個体の後ろ脚に相当する手を持って、引きずっていく。
頭の方も持って帰りたいが、頭がしっかりついている個体は胴体が真っ二つになっている為、持って帰るのをやめた。
「司祭様……それは?」
「これは、見たことない変異動物ですので、解剖しようと思いまして」
「そ、そうですか。できるだけ幼い者には見せないようにしてください」
「はい」
イングルビーさんのお願いを了承し、片手に丸太、片手に変異動物の状態でキャンプまで帰った。
キャンプに着いたのは午後三時三十分頃だった。
二本置いていた丸太の横に持ってきた丸太を置いた。
誰もいない状態だった為、私の寝床に指定されたテントへ変異動物の死体を置いてくることにした。
入り口の垂れ幕を少しだけ捲り、中に死体を放り込む。
テントから戻るとイングルビーさん達は焚火の準備をしていた。
「助祭がいませんね」
「司祭様、安心してください。恐らく寝ているだけです」
町と違って夜に明かりが灯らないキャンプで夜することは寝ることだけだ。
それなのにこの時間に寝るとは。眠れなくなって暇することになる。
「起こしてもらえますか?」
「司祭様、そんなことをしてしまえば、怒らせてしまいます」
「私が起こしますよ。どこのテントにいますか?」
そう言うと指で示して教えてくれた。
教えられたテントは私が死体を放り込んだテントだった。
「どうしてあそこで?」
「広いから眠りやすいみたいです」
返答を聞き、テントに近づく。
「ギャァァァッー‼」
何とも言えない悲鳴が聞こえてきた。
もうちょっと高い声で悲鳴を上げるかと思っていた。割と低い。
テントに近づいていた私の目の前に、ものすごい形相で助祭が飛び出してきた。
あまりにも距離が近く、避けようとした時には頭と顔がぶつかっていた。
助祭の頭が私の鼻に当たった。
痛みに鼻を押さえながら助祭を見ると、頭を押さえながら口を開いた。
「変異動物がっ⁉」
「死体だ」
「私の上にのってたのよ⁉」
「恐らく……私が放り投げた時に、助祭がそこにいた……可能性があります」
「見てこれッ! 私の一張羅に血がッ!」
見せられたのは、助祭の脇腹付近に手のひらよりも大きい血痕だった。
「すみません。助祭」
「戦闘司祭。どうしてくれるの?」
「町まで戻るのであれば、護衛します」
「それでは足りないわ」
「では何をすればいいでしょうか?」
何というか、助祭は真剣に責めているつもりなのかもしれないが、言い終わる度にニヤけている。
私が嫌がりそうなことをするに違いない。
「水教会に入りなさい」
「無理です」
無理難題の方だったようだ。
「戦闘司祭が入れば水教会の復活も早まると思うの」
水教会に私は入るつもりがない。
適性を考えると地教会の方があるだろう。土は操れるが水を操ることはできない。
ましてや助祭の様に、無から水を生み出す力の消費が激しいものは無理だろう。
力量を考えると助祭は高い水準にあると考えてよさそうだ。
「無理です」
「そう。それなら他の方法、考えとくから。あと敬語出てる」
そう言って助祭は別のテントに歩いていく。朝、出てきたテントだ。
「仕事は?」
「着替えて行く」
言葉少なに助祭はテントに消えていった。あの汚れた助祭服ではいられないのだろう。
戦闘司祭は多少汚れていても問題視されないが、水教会は違うようだ。
待つこと十分後、出てきた助祭は汚れ以外、何も変わっていなかった。
「助祭、一張羅って言うのは?」
「ああ、あの服が一番きれいだったの」
私からすれば、汚れ以外の違いはない。先ほどと同じ水教会の助祭服だ。
確かに服を一着使いづらい状態にしたのは問題だったが、そこまで大事にしなくてよかったことだと確認できた。
「それじゃ、仕事するわよ」
助祭は並べられた四本の丸太に向けて両手を向けた。
私とは違い、はっきりと開かれていた目が半目の状態になり、意識を集中しているのが分かる。
地力を使う時、使いやすくする為に名を付けていたが助祭はしていない。
どうなるのかと待っていると、助祭はこちらに顔を向けた。
「すべて焚き火用なの?」
「はい、それでお願いします」
隣にいたイングルビーさんが返事をした。
「建築材料とはしないんですか?」
私の疑問にイングルビーさんは答えてくれた。
「冬が来る前に建てたいのですが、人手が足らなくて」
「他の方はどこに行っているんですか?」
「長が他の皆を連れて、川の上流で魚を獲っています。魚はその夜に食べきります」
どうにか保っている状態みたいだ。
「エドガーさんとバッガスさんは、水を補充する時に近くで見かけましたが」
「あの二人は、私達が向かった方向とは反対側の森の浅い所で狩りをしてます。収穫が無い時は川にいます」
イングルビーさんと話をしていると、木が音をたて始めた。
最初は軋むような音で段々と割れていく音がして、ついにバキッという大きな音と共に木が砕けた。
それが四本同時に起こったのを見ると、力の違いはあれど、練度が私よりも上だという事が分かる。もしくは、訓練する状況が違ったからかもしれない。私は戦闘の為、個人の為の訓練が多かった。
木の皮が飛び散り、真っ直ぐだった丸太が人一人分の長さもないくらいバラバラになっている。
「司祭様、手伝っていただけますか?」
「はい」
そうして始まったのが、砕けた部分を集める事。集めた木材はひと際大きなテントに集められ、焚火の燃料となる。
集め終わる頃には他の人達も戻ってきていた。
数人が魚を獲ってきていたが、キャンプの皆で食べると一人分は一口だけになりそうだった。
「すみません。コンロンさん」
私はキャンプの長に相談があるのだ。
「はい、どうされました、ノックスさん?」
「開拓の予定なんですが、住居を先に造りませんか?」
「あの、食事が少ないので人を多く使っているんです」
「私が木を切る護衛の時、森で狩りをしてきます。護衛は水教会の助祭に任せます。どうでしょうか?」
食事が少ないのは私にとっても問題だ。
護衛を助祭に任せても食事量が増えれば、文句は言ってこないだろう。
「明日、木を切るときに狩りへ行ってもらえますか? その成果で決めたいと思います」
「考えていただき、ありがとうございます」
「いえいえ、それでは」
コンロンさんは自分のテントなのか、上質そうな布で出来たテントに入って行った。
陽が段々と沈み始めて空が橙色に染まり始めたころ、帰ってきた皆が一斉に川へ向かって行った。
「司祭様、水浴びに行きましょう」
イングルビーさんは私に提案してきた。
「すみません、イングルビーさん。銃を奪われる危険がある為、一人になれる時、行かせてもらいます」
「いえいえ、こちらこそ、気遣いが足りませんでしたね」
イングルビーさんは笑いながらそう言ってくるが、他の問題もあった。
見る限り男女関係なく一斉に水浴びへ行っている。
私の良い視力は皆が素っ裸なのを見た時、軽く伏せた。
町では男女分かれていた。
訓練中は男しかいなかった為、問題なかったのだ。
まあ、こうも明け透けだと感じるものも感じないが。
「それでは行ってきます」
イングルビーさんは楽し気に走って行った。
焚火の用意でもしようかと薪を用意していると、助祭が焚火に火をつけていた。
「助祭、働き者だな」
「私の仕事見たでしょう? あなたにはできない仕事」
また、煽りたい衝動に駆られているようだ。
「見た。適材適所だ」
「そうやって自分を騙してダメじゃない?」
火が付いて、薪を積みあげていく助祭がニヤリと笑いながらこちらを見る。
「いい知らせがある」
「なに?」
「明日は恐らく食事が増える」
「ホントに⁉」
執拗に人を煽っていた助祭が身を乗り出して聞いてくる。
手や体に汚れが見えることから、助祭も水浴びをしていないらしい。
「ああ。その代わり助祭が、護衛をするんだ」
「本気? 私が木を乾燥させる事、出来なくなるわよ?」
「薪のテント見たか?」
「見てない」
「たくさんあったぞ。一日一本でもできれば問題ないだろう。食事は増えた方がいいだろう?」
「確かに、そうね」
助祭の返答は肯定したと考えて、テントに向かう。
「どこ行くの?」
周囲に誰もいなくなるからか、そう聞いてくる助祭。
「自分のテントだ」
「なにするのよ?」
「変異動物の解剖だ」
そう言うと助祭は何も言わず、焚火を見ていた。
テントに入り、背負っている箱を下ろす。
「ゴミ穴」
決められた言葉によって奥の深い穴が地力によって出来た。
箱の中からナイフを取り出して、変異動物の長い四本の手を切り落とす。三本はゴミ穴へ入れた。
解剖といっても調べるのは部分ごとでいい。
次に頭と胴を分離して、首から後ろの手の股まで浅く切っていく。
後ろの手の股近くまで切ると、内臓がボトッと重さに引きずられて出てきた。
長く細い腸とその上に胃らしきものが見える。
首近くを確認しながらナイフを入れていくと、胸骨があった。
胸骨を開き、内臓をはがして、ゴミ穴に捨てる。ゴミ穴の半分まで埋まったようだった。
見た感じ胴体は人と似たような感じだ。尻尾以外は。
一本だけ残した腕を解体を始めると、異常さが分かった。
よく見ると皮の下から肉らしきものが見えていて、皮を剥がすと固い筋肉だった。
筋肉が見えていた個体が私の銃弾を受けていた個体かと思ったが、筋肉自体に傷などが無かった。
それを探る為、固い肉をナイフで時間を掛けて切っていく。
祈力を使えば速いが、作れる弾が減ってしまう為、使わない。
どうにか、切り終えた時にはキャンプが少し騒がしくなっていた。
ナイフを置いて、腕を切りこみに沿って開いていると足音が近づいてきた。
「司祭様、入りますよ」
イングルビーさんの声だ。
「うわっ! 驚きましたよ」
「すみません。何か御用ですか?」
「はい、これから魚を焼くので水を浴びられるかと、川に人もいませんので」
「解剖が終わってから、行こうと思います」
「そうでしたか、魚が焼けたら呼びます」
「お願いします」
気を取り直して開いた腕を見てみると、異様に太い骨が見えた。
手首を体重を掛けて切り落とし、腕と手に分ける。
そして腕の骨をナイフで外していくと、腕の半分の太さをしていたのが分かった。
それでいて軽い。腕の筋肉があれだけ固いと異常な力を発揮出来たりするのだろう。
動きが速かったり、ジャンプが得意なのは分かった。
欲しい情報は急所だ。
胴体の構造は人と似たようなものだったから、鳩尾だったりが急所なのはわかる。
手を見てみると、指の関節が人よりも一つ多い。
手のひらはとても硬く、手の甲は真っ白な毛に覆われていた。
指の先には爪はなく、骨らしきものが突き出していた。
手のひらを切って開いてみても特に不思議なことはなかった。
しかし残っていた頭を開いた時に異常が分かった。
残された下顎から舌を切り取っていると、その下に小さな穴を見つけた。
歯に沿って首元まで切り落とす。
切り落としたものを見ていると、舌に隠されていたのは胃のような器官だった。
小さなそれを中身が見たくなった為、切り開いてみた。
すると出てきたのは小さな変異動物だった。
胴体と会わない長さの腕、毛も生えてない体、長い尻尾。そして草食獣風の顔、六つの目。
子供で親指くらいの大きさの変異動物だ。
動くのかと思ったら、全く動かなかった。
地面に手を付き、地力を使って生きているか確認するが鼓動はなかった。念のため、ナイフを突き刺しはしたが。
急所は特に見つからなかったが、不思議な発見はあった。これも収穫だ。
ゴミ穴に解剖した体をすべて流し込もうとして、手を止めた。
この変異動物の体は食べられるのだろうか、と。
腕の固い肉を薄く切って二枚だけ残した。
胴体の柔らかい部分は異臭がしていた為、大事を取ってやめた。
ポケットに切った肉を入れてテントを出た。
外では金属板の上で焼かれる魚と枝で貫かれ、地面に固定されて焼かれている魚があった。
「司祭様、もう食べられますが水浴びに行かれますか?」
「いえ、それよりも助祭いますか?」
「戦闘司祭、私に用が?」
焚火で食事が出来るのを待っていたのか、会話に気付いた助祭がこちらに向かってきた。
「手を洗いたいから、水を出してくれ」
「戦闘司祭、川に行ってくれば?」
「川に行くのは水を浴びに行くとき。食事は美味しい時に」
助祭にそう言うと、呆れられたのか大袈裟にため息を吐かれた。
「感謝してね」
最初と比べると随分と態度が柔らかくなったものだ。
助祭は右手の人差し指を地面に向けて、そこから水を出し始めた。
すぐに手を洗って、薄暗くて見づらい血を洗い落とした。
空はからはもうすぐ光がなくなるだろう。
「感謝するよ、助祭」
「随分素直ね」
「私は素直だったろう。助祭と違って」
「戦闘司祭、あなた——」
「お二人さん、魚食べないんですか?」
イングルビーさんは二本の枝を持って待っていた。
私達に一本ずつだろうか? 数が少ないのに、ありがたい。
「お二人。一本ずつです」
手近な方を受け取ろうとすると、助祭の手が割り込んでくる。
「ちょっと待って、戦闘司祭の方が大きくない?」
「好きな方を選べ助祭。私はどっちでもいい」
そう言って助祭は私に近い方を取った。
見る限り、ほぼ違いはなかった。
助祭はすぐに魚を持って、離れて行った。ちょうどいい。
「イングルビーさん。これ焦げ目がつくまでじっくり焼いてもらえますか?」
「肉ですか? もしかして、あの変異動物の?」
「そうです。私が食べてみます」
「分かりました。他の者には食べないように言っておきます」
「お願いします」
私は返事した後、魚にかぶりついた。
「あははは、いい食べっぷりですね。司祭様」
返事することなく、どんどん食べていく。
そして、食べ終わる頃にイングルビーさんは呆けたようにこちらを見ていた。
「骨まで、食べるんですか?」
「はい。私は人よりも食べますから、食事量が足りないんです」
実際、足りない。
骨まで食べるのは訓練時の名残だ。
食事量が増えれば、骨を時間を掛けて焼き、パリッとしたのを夜の楽しみとして食べるのだが。
今、お腹が空いていたから仕方ない。
「水浴びしてきます」
イングルビーさんにそう言って、川に向かった。
川に向かっていると薄暗ったのが、暗くなった。
月と呼ばれる空の穴が光っていて明るいが、遠くまでは見通せない。
川岸に背負っている箱を置き、その中にホルスターごと銃を入れる。
綺麗な布を取り出して、箱の上に置き服を脱いでいく。
川に入って行くと少し冷たいと感じたが、体が慣れてきて心地よい冷たさになってくる。
警戒していたが、周囲には誰も来ていないようで、ものを取られる心配もなさそうだ。
体全体に水を浴びて、直ぐに体を拭いて着替えた。
水浴びをしていたのは五分くらいだろう。
帰ってくると助祭がイングルビーさんに詰め寄っていた。
「ちょっと肉あるなら言いなさいよ!」
「これはいけません」
「どうして?」
「これは司祭様が———」
肉が欲しかったようだ。
焚火に集まっている人を見る限り、他の人達も欲しいのかイングルビーさんに目を向けていた。
「助祭」
「ちょっと戦闘司祭、一人で肉を食べるつもりだったの?」
「助祭。食べてもいいぞ」
「私だけ?」
「二枚あるだろう。私と助祭でないと文句が出るだろうからな」
「それなら。取って」
助祭はイングルビーさんに焼いていた肉を取らせた。
見た目は焦げ目がついている肉だ。
硬かった見た目からは想像できないほど、油が出ている。
「それじゃ、もらい!」
そう言ってはしゃぎながら口に肉を運んだ。
「ウオェッ!」
そして助祭は、二度ほど噛み吐き出した。
「戦闘司祭! これ何っ!?」
「助祭の服に沁みを作った変異動物の肉だ」
「あんた! 何食べさせてんのよ!」
戦闘司祭とも呼ばなくなった。
食に関して助祭は厳しいようだ。
「イングルビーさん。その肉、取ってくれますか?」
「は。はい」
怒っていた助祭もイングルビーさんに私が焼いている肉を取るように頼むと、困惑顔をした。
熱々の肉を口に運ぶ。
熱さに耐えながら何度か噛んでいくと口の中に広がる油が不味さの原因だと分かった。
ただ、油を取ったとしても薄く切った肉なのに噛みきれていないことから、食には使えないことが分かった。
「確かに、食べられたものではないですね」
口から出した肉を焚火に投入すると、周囲に臭いが広がっていった。
「司祭様、何してるんですか?」
「イングルビーさん、こういう味でした」
口の中の気持ち悪さが治らない。
「助祭、水をくれ」
「そうね」
助祭自身も口をすすいでなかったのか、私の口と自分の口に指差して、水を出していた。
「助祭。これから何でも取ろうとしないことだ」
「戦闘司祭も、だますようなことはしないこと」
「それもそうだな」
そう納得するくらい、あの肉は不味かった。
食事以降はすることもなく、寝るしかない。
テントに入って、いつもとは違う寝床を作る。
「一人用寝床、地下」
その言葉でどうにか入れる穴が出来た。
穴の中に足から入っていく。
最後に背負っている箱を入れて、また唱える。
「塞げ、空気穴」
私が入った穴は塞がり、小さな空気穴が無数にできた。
左右に動くこともできない状況だが、このキャンプではこれで寝ることになるだろう。
○
翌日、起きたのは五時。
他の人達も起きているのか、騒がしかった。
「そういえば、昨日。弾作ってないな」
寝不足だったのだろうか。
それとも不味い肉が忘れさせたのだろうか。
「寝床解除」
そう言うと体の上にあった土の天井が崩れた。
体に掛かる土を払いながら、起き上がり体を動かす。
「塞げ」
私が寝ていた空間が土で見えなくなった。
髪に付いた土を頭を振って払いながら、テントを出ると助祭が近寄ってきた。
「どこいたの? 戦闘司祭」
「テントで寝てたけど」
「皆、あなたがいなくなったって騒いでるわよ」
「イングルビーさん!」
川岸まで行ったイングルビーさんの近くにはキャンプの人達がいた。
銃を持った四人と長はいないが他の人達は私を探していたようだ。
私の声に振り向いたイングルビーさんは、周りの人達に声を掛けて戻ってきた。
「司祭様、どこにいたんですか?」
「テントで寝てました」
「本当ですか? 返事がないので入りましたけど」
「すみません、嘘をつきました。キャンプの外で寝てました」
私の安全の為に外で寝ていたことにしよう。
「それなら言ってください。皆心配して探しましたよ」
「すみません」
助祭は疑っていたようだが、説得する相手はイングルビーさんだから問題はなかった。
「今日は朝の食事がありません。早速、向かいましょう」
「イングルビーさん、報告忘れてましたが、私は森で狩りをします」
「コンロンさんから聞いています。狩りをして木と獲物を持って帰る予定だと」
「はい、その予定です。お願いします」
昨日と同じメンバーで木を伐りに向かう。
皆、朝の食事が無い為、動きが悪く見える。
キャンプからは少しずつ離れていくと助祭が呟いた。
「お腹空いた」
「私もだ」
「ねえ、このキャンプの人達、開拓する準備してないよね」
助祭が自分の方が持っているだろう情報を出してきた。
「助祭の方がよく知ってるだろう。ここに来るまでどれだけかかったかは知らないが、食事が無いんだ準備不足なんじゃないか?」
「実際、森抜けるのに四日くらいだったかな。朝と夜の食事で一人二つの芋だった」
「芋なんてあったのか?」
「森抜ける時になくなったみたいだけど」
「どうしたんだ助祭。昨日は自慢と煽りばかりだったのに、相談なんて」
一日とはいえ過ごしたことで私がどういう人間か感覚的に理解しているのかもしれない。教会員らしさがある。
「私見て何か分からない?」
助祭をじっくりと見ていく。
珍しいくらいの金色の髪は艶があまりない。
昨日見た時よりも肌は綺麗に見えない。
そして服はどことなく汚く見える。
「汚い、臭いかな?」
「臭いって何? 私臭い?」
臭いかもしれない。実際、特に臭さを感じないが汚れから臭さを想像するのかもしれない。
「汚い」
「臭いは置いといて、そう汚いの」
―――――――――――――――――――――
現在この作品は中断しています。
戦闘司祭アルバート・ノックス アキ AYAKA @kongetu-choushiwarui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます