第29話 エピローグその2

 東京メトロ東新宿駅から徒歩少しの場所の雑居ビルの二階。

 そこに、喫茶兼ライブハウス兼飲み屋「ブルースター」という店があった。

 80名ほどが収容できるライブハウスで、ロックからジャズ、時にはお笑いライブまで、さまざまな公演が行われていた。


 そして、その日「JKライブ五連弾」と銘打ったイベントが開催されていた。

 その五連弾のトップバッターとして演奏するのが、麻耶たちのバンド「Negative Sugar」だった。


 なぜか、客層は同じ女子高生らしき若い女の子が多かった。

 こういうものは、男が見に来るんじゃなかろうか。

 JKだぞ、JK。


「トリに出てくるバンドが、とても女子高生に人気な男装バンドだからだそうだ。七割がそのバンドの客らしいよ」

「そうか……って、え?」


 何か、心を読まれた!


 スタンディングテーブルに身体を預け、コーラを飲んでいた俺の前に三人の女子高生が立っていた。


 それぞれ、とても可愛い、金髪、銀髪、黒髪の三人組。


 いや、違う。

 女子高生、と思ったのは全員制服を着ているからだ。それも、都内のとある有名女子高の。


 だが。

 三人とも、俺がよく知る人物だった。


「何しに来た、ヘンリエッタ」


 俺は敵対組織の幹部である少女に言った。

 ヘンリエッタはアイスクリームの乗ったソーダフロートを飲みながら答えた。


「ライブを聞きに来たんだよ。それが何か?」

「いやいやいや。おかしいだろう、こんなとこに来るなんて」


 言外に、大金持ちがこんなとこに来るな、というニュアンスを混ぜる。

 

 これが、プロミュージシャンのライブならともかく、全員高校生のアマチュアだ。

 音で楽しめる要素があるかと言えば、結構怪しい。しかも、女子高の制服着用で。


「娯楽は個人の自由裁量だと思うんだが」

「本当か? それならいいが」


 とは言え、専用ボディガード二人付き。

 なかなかに、ハードルの高い楽しみ……、とは言うまい。

 目当ては麻耶だろう。

 そうでないと、こんなところにやってくる意味は本当にない。


「麻耶に何かあったか? 今の状況に関して、あんたたちには感謝の言葉しかないが……。ひょっとして、何か西方十字教会側の動きでもあったのか?」

「いやあ、少なくとも西方十字教会は、彼女に何の興味も持っていないよ」


 ヘンリエッタはスプーンでアイスクリームをすくって口に入れる。

 その横で、ユーリはホットコーヒー。エマはハーブティーを飲んでいる。


「何で、それがわかる」

「うちのラボの調査レポートをリークした」

「リーク?」

「聖母と思われる少女に価値なしと」

「どういうことだ」

「一緒に行動していた真玄宗の僧侶にやられちまったので価値ナシと」

「は?」


 いまいち、意味がわからない。


「どういうことだ」

「聖母マリアの価値は処女懐胎だ。だとすると?」


 ヘンリエッタが、教師みたいな物言いで質問を投げかけてきた。


「もうすでに処女じゃないってことか?」

「そうだよ、やっちゃったんでしょ?」


 いたずらっぽく笑っていた。


 は? やっちゃったって……。

 俺のこと?


「ま、ままままままま待て待て。は? どういうことだよ」

「そういうこと。すでに男がいるんで、価値はないよー、と」


 いやいやいや。


「俺は何もしてねぇ」


「え? 何もしてないの? ヘタレ?」

 ヘンリエッタが何か残念なものを見る目で言った。


「ヘタレとはどういうことだ」

「相手に好意があるのを知ってて、手を出せないヤツのことを言うのさ」

「う、うるせぇ!」


 女子高生三人組に対して、叫ぶ。


「涼真さーん、ずいぶん若いお友達じゃないですかあ。女の子に囲まれて、鼻伸ばしてますねー」

 いきなり、背後から声。振り返ると麻耶がいた。


 う、声がちょっと怒ってる?

 JKをナンパしてるおじさん扱いなのか?


 いやいや。それは訂正させてくれ。

 懸命に心を落ち着ける。

 平常心という言葉を三回飲み込んだ。


「麻耶、覚えてるか?」

「え?」

「そっちの黒髪と銀髪が、麻耶を助けてくれたメイドさん」


 その説明に、麻耶が驚きの叫びをあげた。


「ええええ。こんなかわいい子たちだったの? あ、藤倉麻耶です。ろくに御礼もできていなくてすみません」


 まあ、戦場では埃と煤で汚れた顔しているし、そもそもあの日、麻耶には落ち着いて人の顔見る余裕もなかったからね。


「気にしなくていいですよ」とはユーリ。

「そうそう。気にしないで。無事でよかった」と、エマ。

「そして、二人の上司です」とヘンリエッタ。


「麻耶ー、そろそろ」

 麻耶のバンドメンバーが呼びに来た。

 それを受けて、麻耶は頭を下げて言った。

「ゆっくりしていってくださいね」

「がんばってこいよ」


 俺の言葉に、目をきらきらさせながら「はい」と返事をして、麻耶は楽屋へと向かった。


「あーあ、このヘタレが」

「期待だけ持たせるなんて、最低ですね」

「……」


 なぜか、ユーリだけは何も言わない。


 うるさい。

 俺には俺の事情があるんだ。


「それでさ」

 ヘンリエッタが口を開いた。

「一つ、お願いしたい仕事があるんだけど」


 あ、本題はそれか。


「何で俺だ。その二人がいるだろう」

「君向きの仕事だからさ」


 ヘンリエッタがいたずらっぽく笑った。


 たしかに借りはある。

 それもかなりデカい借りが。


 だが。


「遠慮するよ。いろいろ借りはあるが、別のことで返させてくれ」

「そんなに警戒する仕事じゃないんだかな」


 まあ、こいつが言うなら、ある意味俺向きなのだろう。何となく、そんな信頼感はある。

 だが、やはり見ているものは違うのだ。


 俺とこいつらでは。


「俺の見ている未来と、お前たちの見ている未来は、やはり違うのさ。そんなのが、一緒にやれば、間違いなく破綻する。あまり近づきすぎない方が、お互いのためだよ」


「ふむ、振られてしまったか。まあ、いい。『機関』に嫌気がさしたら言ってくれ。再就職先は用意するよ」


 ヘンリエッタは笑みを絶やさずに言った。


「まあ、デカい借りがあるのはたしかだ。内ゲバみたいなことがあったら言ってくれ。うちの寺に匿ってやるよ」


 そんな話をしていると、麻耶たちが舞台に登場してきた。


 俺は拍手で出迎えた。

 ヘンリエッタたちも同じように拍手で出迎えていた。


 歌声がライブハウスを包む。

 それは、聖母の祝福のような歌声だった。

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オペレーションマリア~邪教の幻影~ 阿月 @azk_azk

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