エピローグ ~クールでいるのも楽じゃない~
夏休み最終日。
「今年もいい夏休みだったなぁ。 ……うぅ、終わって欲しくない―!」
そのもどかしさを憂さ晴らすように少女がベッドでばたばたと白い太ももをばたつかせる。薄ピンク色のベッドからは幼馴染の香りがほんのりと漂っている。
実家にいるような安心感だ。
「そこ、私のベッドなんだけど」
一回からジュースを運んできたポニーテールの少女が呆れたようにため息を吐くが、一方で昔から何ら変わっていない彼女の姿に少し安堵してしまう自分もいる。
やはり“こっち”の彼女の方が
「で、どうだったの?
テーブルにジュースを置くと、早速尋ねる。
「そ、それはっ……その……上手くいった」
最後は消え入りそうになる声で、返答する
「でもよかったね、やっと凪と話せて」
私も荷が下りたよ~、と年寄り臭く肩を揉む仕草をする。
「あれだけ、可愛い後輩入ってきたー‼って私に興奮気味に話してたもんね」
「も、モノマネ……しないで」
恥ずかしそうにむくれる。
肌が白いせいで、色づいた時に赤がとても鮮やかだ。
実は花火大会の芝居は、美織に頼まれてのものだった。
凪の最推しが美織だったら、美織の最推しは凪だ。しかし、凪から相談されたように彼女達は話しさえしたことがなかった。そして美織も、クールという性格が邪魔して自ら彼女に話しかけられなかった。
どちらかが相手も話したがっている、という事実を知っていればもっと早くに二人の距離が縮まっていたのかもしれない。
だが実際は二人とも互いに距離を取ったまま日々を過ごしてきた。
そんな状況に対して先に我慢できなくなった美織が朱里に花火大会の時に二人きりになれるよう大芝居を打ってほしい、と頼んできた。凪と話せる時間を作って欲しい、と。
「私、結構うまかったでしょ? 多分誰にもバレてないよ」
「灯里は演劇部で一番演技が上手いんだから……当然」
「そう言ってもらえると嬉しいな♪」
灯里はそう言うと美織の隣に座り、彼女に体を預けた。
「あ、暑苦しいからっ……」
「顔が赤いのも、それが理由?」
「……っ! そ、そうだよっ! だから、離れて……!」
か弱い力で灯里を引きはがす。
「つれないなー。 これも凪がいるからかな~?」
「な、凪が……これにどう関係してるの?」
「私には凪がいるの……! だから、ごめん灯里……あなたの気持ちには応えられない……的な」
「ち、ちがっ……⁉」
否定するものの、そのシチュエーションを想像してしまい最高潮に頬を赤くしてしまったのか美織は無言のまま、ポカポカと灯里を叩く。
「痛い、痛いって。 でも、次の約束も出来たんでしょ?」
「う、うんっ……また二人で話そうって、誘ってくれた……」
そう言うと、にへっと口端をにやけさせる。
日頃の彼女が絶対に見せないような表情だった。
だが、その表情を見て灯里がニヤニヤしていることに気づいた美織は、すぐさま灯里愛用の枕で自信の緩み切った顔を隠した。
「そんな顔も可愛いのに」
もったいないなー、と呟く彼女に、美織はそっと枕から顔を出す。
「だって……灯里以外だとハズいし」
照れたように唇を尖らせる彼女に名指しされた幼馴染は思わず苦笑する。
恥ずかしがりな美織は気苦労が多い。
だがこうやって、ほんの一歩だけでも進んだ時の嬉しさは人一倍で。
見ている方としても嬉しさが人一倍だった。特に今回は、両者をもどかしく思いながら見てきた灯里にとって、上手く行ったことが嬉しくて仕方なかった。それだけに、凪にも早く美織の素の姿を見せてあげたい、という変な親心が生まれてしまう。
学校で見せる美織より、普段の美織の方が絶対に可愛いから。
だけど。
(今はまだ私だけでいいかな)
肘をついて、紅潮した幼馴染を眺める。
意地悪な先輩だと思うけれど。
灯里はもう少しだけ可愛い幼馴染を独り占めしていたい――灯里は密かにそう思ったのだった。
自分の気持ちに、正直に。 春野 土筆 @tsu-ku-shi
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