死神募集中

とおいかえる

お話

 なんとなくわかるものなのだ。

 他の人間と比べて浮き上がって見える。真夏の炎天下、大都会の大きな喧騒の中、黒ずくめの服を着た死神が立っていた。

「求人」のプラカードを掲げて、俺をじっと見ている。


 不思議だな。

 死期を迎える人の枕元に立つと言われている彼は、昼間の横断歩道でみかけても、一目で死神だとわかってしまう。

 俺はその前に行って話しかけた。

「死神さん……ですか?」

「お気づきいただいてありがとうございます。わたくしは死神でございます」

 死神は嬉しそうにこたえた。

「あなたをお迎えにきたのです」

「お迎えって?」

「あの世までお送りします」


 どうも俺にも死ぬ時が来たらしい。

 疑問を口にする。

「そのプラカードは?」

「書いてあるとおり、死神を募集しております」

 彼の話では、死神の世界も人手不足らしい。

 死神は、そのお務めが終わると、どこかへ消えていくのだそうだ。

「過労死してるんじゃない?」

 苦笑いが返ってきたが、それが答かどうかはわからない。

 そして今やこの世界でたった一人になった彼は死神をやってくれそうな人を探していると言った。


「俺は? 俺も応募できるのかな?」

「ええ、私の姿が見える人ならどなたでも。そして見えるようになるのは死の直前の人ですので」

 応募したらお得ですよと勧誘を始めた。

「それに応募したらどうなるの?」

「寿命ろうそくってご存じですか?」

――あれだ。

「落語で聞いたことがある。炎が消えると命がなくなり、死んでしまうと言われているろうそくの事かな?」

「ご存じだと話が早くって助かります」

 死神は揉み手をするかのように愛想よく売り込みを始めた。

「きょうだけの特別サービスとして、わたくしの仕事を引継いで頂けるのでしたら、お望みの大きさの寿命ろうそくを差し上げます」

「君の仕事、引き継がないと、俺はどうなるのかな?」

 死神は首をすくめて言った。

「この横断歩道を渡りきるまでに、あなたのろうそく、消えますよ」

 死神にそう言われると、心臓が痛み出した気がする。

 実際にこの目で見ないと信じられないという俺を連れて、死神はすぐそばにあるビルに入った。地下へと階段を歩く。どんどん降りていく。


 やがてついた部屋、さらに奥の扉をあけるとそこには広大なスペースがあった。公園のような広場はビルの中にあるとは思えない異質な空間。見渡す限りにろうそくの炎が揺らめいていた。

 奥へ奥へと死神に案内された先にも、同じように数多く並んでいる。中でも小さなろうそくを死神は指さした。

「これがあなたの寿命ろうそくです」

 ひときわ弱弱しく炎を揺らしている。そのろうそくは芯の周囲にすこしのロウが溶けて溜まっているだけ。高さもなく消えるのは時間の問題だと見て取れた。

「俺が死神になったら、こいつを新しいのと交換してもらえるのかい?」

「ええ」

 死神は足元の箱から一本のろうそくを取り出した。

「こちらはどうです?」

 何の変哲もないろうそく、周囲で燃えているろうそくは、元々このくらいの大きさだったんだろう。格別に違いを感じない。

「もっと大きなろうそくは無いかな?」

「こちらは?」

 隣の部屋から持ってきたそれは先ほどのものより倍くらい大きかった。

――どうせなら、もっと長いろうそくだと安心だ。

「もっと大きなのは?」

「このくらいが一番大きいのですって」

一計を案じて俺は死神に聞いてみた。

「お前さんのろうそくはどこにあるの?」

 とたんに死神は無表情になった。

「あれですよ」

 指さした先には柱が。いや、巨大なろうそくがたっていた。

「あれがいいな。あれにしよう」

 神妙な顔になった死神はゆっくりと答えた。

「約束ですし、交換しましょうかね」

 そのろうそくの炎を小さなろうそくに移して消して、俺に渡した。

 受け取った巨大なろうそく、これなら、いつになったら燃え尽きるのか想像できないくらいだ。俺は抱きかかえて、小さくなってる元のろうそくの炎を移した。

――これで大丈夫。

 俺の運命は変わった。これでもう、死ぬ事はなさそうだ。こころなしか元気になれた気がする。


「さて、あなたのお仕事ですが」

 死神が指さして教えてくれた。

「この棚にあるろうそくを灯していってください」

 指さした先の棚には数多くのろうそくが積みあがっていた。

 大きいもの、小さいもの。

 俺は、ひたすら、ろうそくを灯し続けた。


 何日経っただろうか。

 いつまでたっても、棚のろうそくは無くなる気配もない。

 ここでは時間の感覚もなく、腹も空かないままにひたすらろうそくを灯し続ける。

 いつしか、死神の姿はなくなった。

 俺は悟った。

 彼のろうそくは燃え尽きたのだろう。

 

 俺は独りぼっちでろうそくを灯し続けた。

 数え切れないほど、灯し続けた。

 古いものは燃え尽き、炎を失っていく。

 空いた場所に、俺は新しいろうそくを立てて灯す。


 やがて最初に教えられた棚にろうそくは無くなった。

 あちこちを探して、新しいろうそくを並べ、灯す。

 そして順番にろうそくは燃え尽き、炎を失っていく。


 どれほどの時間が過ぎたのかわからない。

 最後に残ったのは大きな俺のろうそく。

 たった一本のろうそく。

 たったひとつの炎。


 俺は大きなろうそくを抱えて地上へ出た。

 見渡す限り誰もいない世界はとても静かだった。

 生きているのは俺一人だ。


 俺はその炎をやさしく消した。


【 了 】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死神募集中 とおいかえる @toy_kaeru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ