ピンク・ポッド・ペアレント
中野半袖
完成そして紛失
[オートログ 5532年15月4日 12:05 ククリリ ラボ棟第27号ラボ]
ああ、やばい。やばいよな。絶対にやばいよな。確かここに置いたんだよ。置いた置いた。間違いなく置いた。それは覚えてる。確実に覚えてる。で、それを眺めてて……。さっき起きたら、無いんだよ。無いんだよここに。なんで? なんでだろ。テーブルの下には……無いんだよな。無いんだよ。さっき探したよここは。何回も探した。で、やっぱり無い。あ、じゃあこっちは……無いと。うーん。無いですかそうですか。テーブルの下かやっぱり。ああ、無いわ。そんな小さくないしな。水飲もう。はあー。無い。あーやばい。ちょっとやばい。どうしよう。
[オートログ 5532年15月4日 12:22 ククリリ ラボ棟第34通路]
このオートログって何だ。邪魔くさいな。……駄目だ、停止できない。まあいいか。
あ、ベンティ。ご苦労さま。船艦内重力を切って、そんなとこまで掃除するんだ。ああ、ちょっと集中しちゃっててね。たぶん……3年位経ったかな。え、5年経ってる? そうなんだ、私は食事も排泄も必要ないからね、数年に一回水は飲むけど。そんなのだから夢中になるとあっという間だよ。それに作業が一段落すると長期睡眠に強制的に入るからね。今回に限ってはかなり集中してたから、たぶん3年は寝てた。子供の頃からそう。私たちは産まれた瞬間から深い思考が可能だからね。そのせいもあって、子供らしい記憶なんてひとつも無いよ。気がついたら成体になってたって感じ。いや、寂しくはないよ。まだ2度目だからね。そうそう、前世記憶ってやつ。私たちは3回まで人生を繰り越せるし、一度の寿命だって最低でも数百年あるから。兄弟だって数万はいるしね。みんなそれぞれ、宇宙のどこかにいると思うよ。親? 親というよりも創造主って感じ。卵産んだらさっさとどこかに行っちゃったみたいだけど。これ前も話したよね。あ、それはベンティと同じタイプの別人か。痛い痛い、なに? 掃除の邪魔? ああ、ごめんね。いやベンティ、それよりもさ。このラボから誰か出てこなかった? いやいや、そういうアンドロイドギャグはいいから。それ評判悪いから、もうやめときな。私が出てきたのは分かってるよ。私以外に誰か出てこなかったかと聞いているんだけど。そうそう、申し訳ないけど、ログをさかのぼって調べてもらえると助かるよ。いや、だからそういうのはいいから。そうだよ、5年前に入ったのは私だよ。だから私が入ってから、さっき出てくるまでに誰かの出入りは無かったか調べてほしいの。え、ちょっと、どこに行くのさ。いやまあ、清掃プロトコルは分かるんだけど、話の途中なんだからちょっとくらい待てないの。おい、ちょっと。ログはどうなの。おい。あ、消えた……。
[オートログ 5532年15月4日 15:54 ククリリ 外殻上部]
あ、やっと見つけた。転送箇所くらい教えてくれてもよかったんじゃないのベンティ。船内中探しちゃったよ。セキュリティが厳しいのは分かるけどさ。もう少しプログラムに逆らってもいいんじゃないの。あ、違う違う。それは私の後ろ足だって。デブリじゃないよ。なんでいつも間違うのさ。洗浄はしてるに決まってるじゃない。でも生まれつきある模様なんだからしょうがないだろ。これが無くなったら他の兄弟と区別がつかないから。だから、そのアンドロイドギャグはもういいって。全然おもしろくないよ。みんな言ってるよ、つまらないって。分かった分かった、今度、ベンティたちの整備主任に伝えておくよ。あいつ苦手なんだよな、ドロドロだし。え、死んだの? 核融合炉に吸い込まれたの? ああそう。いや、そうじゃなくて、ログ。ラボの出入りを教えてよ。そうそう、5年前から今日までの。え、ドウィー? 本当に? ちょっと私にもログを見せて。確かにドウィーだね。5528年の15月10日なら、私が入ってからだいたい1年後か。入室して10分で退出してる。でもまさか、ドウィーがそんなこと。え、整備主任が死んだのこの日なんだ。へえ。まあいいや、とりあえずありがとうベンティ。……まさかドウィーなんてことは。なんだい、ベンティ。いや、違う違う、そんなんじゃないから。ちょっとした探しものさ。あ、ほら。特大のデブリがあそこに。
[オートログ 5532年15月4日 16:33 ククリリ 第2094居住棟]
ドウィー! 久しぶり。そう、今朝起きて出てきた。寝ていても久しぶりに感じるんだから、きみはもっと久しぶりに感じているだろうね。いや、食べ物は大丈夫だよ。あー、じゃあ水だけかけてもらえるかな。そう頭から。ああ、ありがとう。気持ちいいね。うんありがとう。大丈夫大丈夫。いや、本当に食べ物はいらないって。気絶しちゃうからね。全部きみが食べなよ。しかし、きみは本当に成長が止まらないんだね。また大きくなった気がするよ。ところでさ、私がずっと入っていたラボ、きみ知ってるよね。そう、第27号ラボ。長期睡眠に入ってたから気づかなかったけど、きみも来たんだって? 覚えてない? 4年前の7月40日の夜だよ。ラボに入って10分も経たずに出ていっただろ。ほら、清掃アンドロイドの整備主任が、核融合炉に吸い込まれて死んだ日だよ。そう、その日。思い出した? そう、そんな騒ぎになったんだ。でも思い出してくれてよかった。いや、食べ物は大丈夫だよ。で、その日なんだけど、ラボから何か持っていかなかったかい。デスクの上にあったこれくらいの大きさのもの。え、持っていった? 部屋に置いてあるって? そりゃよかった、実はとても大切なものなんだ。返してくれるかな。すまないね。……よかった。
あれ、なんだいこれ。ああ、そうか、そういえばこの図鑑はドウィーに借りたんだったね。いや、探しているのはこれじゃないんだけど。ちょっとこの図鑑借りていいかい。私が探しているのは、えっと、地球の……そうそう、ちょうどこんな形のものなんだけど。色も同じだね。全体的にマブーのお尻の色をしている。マブーが分からないか。そうだな、じゃあ惑星ゴゴゴの人工太陽の色は? 分からないか。まあとにかく、この図鑑のものと同じ色と形のものを探しているんだ。この食べ物の名前? それはちょっとわからないな。図鑑にも名称までは乗っていないようだし。片っ端から探査船飛ばして、画像データだけを取り込んで作った図鑑だから仕方ないね。分かるのは、太陽系銀河の地球という星にあるということだけかな。それでなんだけど、この食べ物がデスクの上というか、私のすぐ目の前に置いてあったと思うんだけど。思い出せるかな。どうぞどうぞ、全部食べてくれ。それでどうだい? 図鑑を取りに行ったときに、そこにあったかどうかだけ分かればいいんだ。あったよね? そうだよね? わかった。ありがとう。いや、実はそれ食べ物じゃないんだよ。実物は食べられるらしいけど、私が作ったのは食べ物じゃないんだ。うん、あ、これ。そこに落ちてたんだ。よかったら食べなよ。それと、また図鑑を借りていいかな。
[オートログ 5532年15月4日 16:51 ククリリ 外殻中部]
ベンティ! ああ、よかったまだ外にいた。ドウィーに会ってきたよ。確かに彼はラボに来たみたい。でも、私が探しているものの行方は知らないってさ。それでちょっと見てほしいものがあるんだ。いやいや、だからそのギャグはもういいって。5年前にも聞いた気がするし、そのときも全然おもしろくなかったよ。だから、これはデブリじゃなくて私の脚だって。そっちはしっぽ。デブリはあっちだよ。まあそれはいいとして、こんな物を持った人物がラボから出てきてない? そう、ドウィーのあと、数人が出入りしているみたいだけど。このマブーのお尻色した食べ物とそっくりな物を誰かがラボから持っていったはずなんだ。だから画像の照合してくれないかな。もしかしたらどこかでベンティが見かけているかもしれないし。見たものは全部記録しているんでしょ? ……え、マザークラウドにこの食べ物についてのデータがある? 凄いじゃないか。桃? 桃、という食べ物なのかい。なるほど、これはフルーツの一種なのか。そう言われれば、確かに甘そうな見た目をしているかも。そうか、彼女は桃が好きなのか。あ、いやなんでもない。で、その桃なんだけど、それを持ってラボから出ていった人物を見ていないかな。図鑑に乗っているものよりも、だいぶ大きくなっているはずなんだけど。ほらやっぱり! やった! ありがとう。さすがベンティだ。で、その人を見たのはいつ、どこでかな? あれ、ベンティ? 嘘でしょ。ベンティ、ベンティ! 清掃プロトコルはそうだけど、ちょっとベンティ! ……消えた。
[オートログ 5532年15月4日 20:34 ククリリ 反物質エンジン整備棟]
おーい、ベンティー。
[オートログ 5532年15月4日 22:12 ククリリ アンドロイド整備棟]
清掃アンドロイドいませんか? ベンティっていう、いや、それ以外でもいいんだけど。え、一斉メンテナンスで転送? 一人残らず? ああもうだめだ。
[オートログ 5532年15月5日 00:07 ククリリ 船底×××]
あー。今日も素敵だな。ボーニャ24世。自分の星を滅ぼした厄災の姫なんて言われてるけど、そんなことどうでもいい。彼女が素敵だっていうことには何一つ変わらないんだから。船の墓守っていう仕事も影があって素敵だよなあ。24世という名前も、生まれ変わった回数というんだから唯一無二って感じがして憧れるなあ。でも本当なら今頃、作ったポッドの退化装置で人生一回分若返って喜んでもらうはずだったのに。……こんな独り言もログに残っちゃうのは嫌だな。とにかく、早くポッドを見つけないと。でもベンティも他のアンドロイドも居ないしどうしよう。マザークラウドにアクセスできればいいけど、アンドロイド言語は複雑だからな。もう一度作るか。ああ、そうしよう。作り方はもう覚えたから、急げば半年くらいで完成するし。うーん。よし、作ろう。そうしよう。私なら作れる。材料はまだラボに余っていたはずだ。
[オートログ 5532年15月5日 01:24 ククリリ ラボ棟第34通路]
もっと形状に丸みをつけようか。防水構造も無くていいかもしれないな。そうすれば作業工程をかなり減らせるし、その分デザインと退化装置の制度を上げられる。そうだ、退化装置の効力をもう少し下げよう。せめてプレゼントした私の記憶くらいは残って欲しいしな。色味にしても、図鑑を参照にもっと近づけよう。さらに、好物だと噂のある宇宙ワームの粘液を───。
うん? あんなところにモヤが出ている……。
あ! あなたはもしかして、惑星の意志ではありませんか! 32年前の暴動で出ていってしまったとの噂でしたが、まだ船内にいらしていたのですね。そうなんですか。なるほど、外殻とシールドの間で。それはそれは大変でしたね。いやしかし、宇宙の意志も私と同じで食事も排泄もしないと聞きましたが。驚きました、数百年に一度は食事をなさるのですか。それが今日だと言うわけですか。まさかそんな日にお会いできるとは。……つかぬことをお聞きしますが、惑星の意志は、この船の者たちの心を覗くことができるそうですね。惑星を司ることに比べれば造作もないというわけですか。では、私が今なにを考えているのかも分かっているのですよね。そうです、見つけてもらいたいのです。誰が私のポッドを持ち去ったのか。なんと、もう分かっておられるのですか。え、まさかそんな。
[オートログ 5532年15月5日 02:44 ククリリ 第2094居住棟]
ドウィー、出てこい! 惑星の意志に全てを教えてもらったぞ。私のポッドを返してもらおうか。ドウィー、とぼけても無駄だ。私のポッドを奪い、ボーニャ24世に求婚しようとしているんだろう。証拠だと? 惑星の意志、といえばお前も分かるだろう。ああそうだ、惑星の意志はずっとこの船に潜んでいたんだ。おい、聞いているのかドウィー。ここを開けろ。……よし、分かった。そっちがそのつもりなら、こっちだってこのつもりだ! 隠れていないで出てこい。そっちの部屋だな。ドウィー! くそう、外壁を破って宇宙空間に逃げたか。宇宙船としての機能を搭載してしまったのは失敗だった。
[オートログ 5532年15月5日 03:56 ククリリ 外殻下部]
やはりここに来たかドウィー、外殻から船底に侵入し、ボーニャ24世の元に行こうとしたんだろ。お前のことは全部お見通しだ、これから何をしようとしても無駄だぞ。なにをわめいている、貴様の言い分がとおると思うか。さあ、私の作ったポッドを返してもらおうか。危ない! やめろドウィー! くそ、もしものために取り付けたレーザー銃がこんな形で使われるとは。もうやめるんだ、取り返しのつかないことになるぞ! くそ、避けきれない! ぐわ! やめ……ドウィ……ガガガ……。
[オートログ エラー]
[オートログ システム復旧 5532年15月5日 04:12 ククリリ 外殻下部]
───攻撃が止んだ。どうやら退化装置が作動してしまったようだ。こんな最後になるとは。残念だよ、ドウィー。操作能力を失ったお前のポッドは、もうすぐ惑星の重力に捕まるだろう。奇しくも、ここは地球の上だ。もしかしたら、そのポッドに導かれたのかもしれないな。ドウィー。赤ん坊に戻って、桃の中からやり直すんだな。
こんどは悪者になるんじゃなくて、悪者を退治してくれよ。
[オートログ 5535年21月31日 09:18 ククリリ ラボ棟第34通路]
やあ、ベンティ。仕事中に悪いんだけど、ちょっと調べてくれないかな。四角い箱で、蓋を開けると煙が出てくる進化装置を失くしてしまったんだけど……。
ピンク・ポッド・ペアレント 中野半袖 @ikuze
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