高黄森哉


 糸があったら、追いたくなるのが人間の性。まるで、ミノタウロスみたいだな、と考えながら辿る。それは事件性のありそうな真紅の糸で、道に沿って、延々と長々と続いている。


 喫茶で昼飯を食べながら、糸について考えてみた。最初に糸を発見したのは、公園のベンチで、気が付くとすでに目の前にあった。糸は二方向に伸びており、片方の糸は、俺を指名するかのように、目の前で途切れていた。運命を感じた。


 そして、その糸を辿り続けて、もう三日になる。


 道中、仕事場から、連絡が何本もかかって来たので電話を捨てた。警察に、自分が行方不明になってると、捕まえられそうになったが、彼を池に落として、脱走した。その過程で、何台ものパトカーを廃車にしたりもした。


 何が俺を駆り立てるのか、それは分からない。だが、その糸は、とても大切なものな気がした。いうなれば大動脈である。あるとき、不可視がゆえに現代医学に見つからなかった新種の内臓なのかもしれないと、糸を傷つけたことがある。


 しかし、糸は切断面がほつれるばかりで、血を流さなかった。毛糸の匂いは、甘く、女の子のようであった。なんだか、悪いことをしたような、気分になったくらいだ。こんな悪い男とは、本来的には無縁な物体、なのかもしれない。


 じゃあなぜ、この糸は俺を指名してきたのだろう、という問題に立ち返る。偶然とは、とてもじゃないが考えられない。でなきゃ、どうして、俺をここまで奮い立たせるのか。なにか、終わりを知るいい方法はないか。


 喫茶でパンを齧っているうちに、その名案を閃いた。そうか、その手があったか。隣にいる男に、糸の話をすると、名案に快く承諾してくれた。なんでも、彼のバイクは、凄まじい馬力なのだとか。


 彼は、タイヤに溝を掘り、そこへ糸が集まるようにする。俺は、そんなことをして大丈夫なのか、と心配したが、みぞを彫ることで、ハイドロブレーンに強くなる利点があると満足げに語っていたので、安心した。


 タイヤに溝を掘り終わったところで、真実に気が付く。俺は必至に、男を引き留めた。彼は、なぜなのか説明を強く求めたが、俺は真相を語らなかった。なぜなら、彼に運命の人を盗られたくなかったからだ。しかし、彼は、俺の表情から読み取ったようである。これが運命の赤い糸なのだ、と。走り始めた。


 それから、俺達は、運命の赤い糸をめぐる競争を始めた。糸はどこまでも、どこまでも伸びていた。そしてついに、橋の上から、雲まで伸びている地点まできた。運命の人は天国にいるのかもしれない。俺たちは、すがるように飛びついた。真下は深く、落ちたら死ぬのかもしれない。


【糸によじ登る男二人は、同時に『来るな』と叫ぶ。すると糸は切れ、渓谷へ落ちていった。小指に赤い糸を繋いでいた釈尊は、この遊びは、地獄でやったものと合わせて、二回目だな、と懐かしく思った】

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高黄森哉 @kamikawa2001

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