二話後日談「私と部長さんとお菓子」
一年遠足から帰宅し、中間テストの匂いが漂ってくるまでの束の間の時期。私はいつもの通りなかばスキップのような足取りで部室を訪れました。私の愛する人は今日もここで読書にふけっているはずです。私を待ち焦がれながら。そわそわと。期待に満ち溢れ。枕を濡らし。枕は濡らさないか。
「じゃん。来ました」
ノックをせず部室に殴り込むと一瞬部長さんは目を丸くしましたが、すぐにいつもの優しい笑顔になって席を立ち上がりました。慣習通りお茶を淹れてくれるのでしょう。
「久し振りだね」
「遠足、金曜日でしたから、三日ぶりですね!」
「そうね。ご機嫌みたいで」
「これを!」
「これは?」
「テニスさんからです!」
「ああそんな。悪いね」
「チョコ系でまとめてもらいました」
「わあ!」
私はテニスさんから受け取ったお菓子の詰め合わせを部長さんに手渡します。中身はまだ見ていないですが、私に預ける時に「私の好きなチョコ系にしたよん(おんぷ)」と音符マークを付けて言っていたので間違いないはずです。部長さんはお菓子を。私はこの部長さんの子供のように喜ぶ顔をいただけて、今日はもう満足な気持ちで溢れて溺れそうです。
「何かなー」
ちょっとした包装からは少しばかりの高級菓子を想起させますが、私はテニスさんからの言伝である「ちゃんと高校一年生相応の安くてお得なお菓子ですよ」を伝えるのを忘れませんでした。「それでもだよ」部長さんはそう言いながらわくわくと包装を解き放ちました。
「あ、ミニだ。一年ちゃん、ミニがいっぱい」
「面白いラインナップですね」
そこには老舗のお菓子メーカーの通称ミニシリーズと言われる一口サイズのお菓子が詰まったものが何種類か包まれていました。お安くて美味しい、これはナイスチョイスです。
「ラングドシャ、チョコクッキー、チョコチップにココアクッキー。あ、もいっこラングドシャがありますね」
「テニスさんいい仕事してくれるね。あ、お茶お茶」
「ですね。よくぞ働いてくれました」
ひとまず今日はコーヒーブレイク……グリーンティーブレイクということで、熱めのお茶を二人でずずずとやりました。今日も一日頑張りましたぞい。
「どれ食べようか」
「私も食べても?」
「独り占めなんてしないよ」
「広いお心に感謝感謝です。では何故か二つあるラングドシャを」
「いいね、鉄板」
部長さんはがさがさとラングドシャの包を開けます。
「部長さん、あーんしてあげましょうか!」
「うううん、いい」
「いけず……」
自分のものは自分のお手々で。部長さんはラングドシャをつまむと一瞬眺めてから口に入れました。
「ほいひい」
「ですねー」
「まだ食べてないのに?」
「ほいひい部長さんを見てるだけで美味しいです」
「良いから食べなさい」
「ぐえ」
ほっぺにラングドシャを押し付けられました。そのまま指ごと食べてやろうかと思いましたが、流石に嫌われる気がしたので気持ちを抑えて素直に手で受け取ります。
「部長さんのおかげで食べられるお菓子ですね」
「大げさだなあ」
「でも、テニスさんの彼の件がなければ食べられませんでした」
「んー」
部長さんは少しだけ照れくさそうに次のラングドシャをつまみました。「まあ、ちょっと頑張ったし」そんなことをつぶやく部長さんを愛おしいと思うのは恋の補正がかかっているからでしょうか。いいえ、皆平等の感情です。断言です。
「よく話を聞いただけで、後輩の、友人の、その彼氏の気持ちがわかりますね」
「まあ、そういう部活を二年続けてきたからね」
「何かコツというか、そういうのはあるんでしょうか。ぺーぺーの私に理解出来ることがあれば理解したいです」
「お、良いね。部活動に乗り気な後輩は素敵だよ」
部長さんは部室の真ん中にある、大きな部長専用椅子にもたれかかります。部長さんはこの椅子がお気に入りで、この間一人の時に話しかけているを見かけました。その様子をこっそり覗いていたのは内緒です。
「しかし、コツと言ってもな。普段からそういう事を考える癖をつけておく、くらいしか」
「癖、ですか」
「そうだな、例えば……」
部長さんは部室を一周ぐるっと見渡したあと、手元のラングドシャに視線を戻しました。
「このミニシリーズのラングドシャ、どう思う?」
「どう思う……ええと、美味しいです」
「うん、じゃあここから。これを作った人、こういうメーカーのお菓子の場合だと企画した人になるのかな? その人はなぜこのサイズのお菓子を作ろうと思ったか考えてみて」
部長さんからの急な問いかけに、私は口に入れそうだったラングドシャを戻し、まじまじと観察してみることにしました。まずこのミニシリーズは、一口サイズ、硬貨くらいのサイズの丸いお菓子です。それらがまさにコインケースに数えやすいように入っており、棒状に包装されています。一袋に入ってる数は三十個ほどでしょうか。
「想像で良いんですよね?」
「もちろん。この場合正解はわからないからね。あくまでも思考の訓練」
「まずこのサイズにしたのは、小さくて食べやすいからです」
「なんで小さいから食べやすいの?」
「なんでって……一口で食べられるから、かけらがこぼれづらいですし」
「そう、そこまで考える」
「なるほど」
要は、このお菓子を見ただけでどこまで正確に、詳細に、明確に様々な事を考えられるかということでしょう。
「どんどん言ってみて」
「ううん、そうですね、お菓子自体が小さくしかもコンパクトに包装されているので持ち運びやすいです」
「いいね」
「あとは……一つが小さいので、友達とシェアしやすいです。『一個ちょうだい』の罪悪感が薄いです」
「素晴らしい。友達が多い人の発想だ」
「……でも、そんな所でしょうか。私にはこれが限界です」
部長さんはにこりと笑います。
「そこまで考えられるんだから、やっぱり素質あるよ」
「えへへ……。例えば部長さんなら、これ以上何を想像するんですか?」
「そうだね……でも、やっぱり基本的に一年ちゃんが言った通りかな」
「やっぱり、これ以上はむつかしいですよね」
「だから強いて言うなら、視点を変えてみる。例えば生産者側の目線」
部長さんは真剣な表情で続けます。
「小さいから食べやすい、シェアしやすいまで考えたね」
「はい」
「これは消費者側のメリットだ。作る立場としてこっちのほうが都合が良いことを考える」
「ほう?」
「そうだなあ……小さいからコストが小さい。作りやすいとか」
「どういうことです?」
「こういうのは工場でまとめて作るでしょう。焼き菓子なんかは大きな鉄板とかオーブンで焼くのかな? そうすると大きなお菓子より小さなお菓子の方が多く作れる」
部長さんは紙とペンを取り出して大きな四角を書きました。これが鉄板。そこに丸いお菓子を敷き詰めるなら大きな円よりも小さい円の方が隙間なく四角を埋められます。
「なるほど」
「一度に焼く量が多ければ、小さいほど焼く回数は減らせるね」
「確かにそうですね。視点を考える、か」
「だからこういうこともわかる」
部長さんは封があいているラングドシャ、ではなくもう一つのラングドシャを手に取りました。
「君はさっき『何故か二つあるラングドシャ』と言った」
「言いました。他の味……チョコクッキー、チョコチップ、ココアクッキーは一つなのに、ラングドシャだけ二つ」
「ラングドシャが二つある理由わかる?」
「え、そんなのわかるわけ……わかるんですか?」
にわかには信じられません。今回は特に、何も特別な情報なんて無いはずなのに。
「これは今までの経験と、今回の話で気づいたかな。まず今までの経験。これをくれたテニスさんの事」
「といっても、私テニスさんの事そこまで話してないですよね? 仲の良い友人で、テニス部で、彼氏がいて、くらいでしょうか」
「それだけでも十分だよ。私と一年ちゃんが出会った日の事を思い出して」
私と部長さんが会った日、それは私が一目惚れをした日でもあり、部活の入部を決めた日でもあります。ですが、それ以外に何があったか。
「テニス部に体験入学したでしょ。しかも一番最初に」
「確かにしましたけど」
「それで『テニスさんは筋が通ってる人』だとわかる。前も言ったかもしれないけど、うちのテニス部にそこまで魅力は無いよ。そんな所に『ちょっと他のも見ておこう』という気も起こさず君の手を引っ張って真っ先に行ったんでしょう」
「確かに……そうですね」
あの日の事はしっかり覚えています。彼女に振り回されるのはいつものことですが、確かに手を引かれ半ば強引にテニス部の体験入学に行きました。私は球技なんて向いてないのに。
「そして話は戻る。私はこのミニシリーズはコストが安いって言ったね」
「ええ、大きいよりが小さい方が一回の工程で大量に作れると」
「しかも数があれば多く見えるよね。大きくても二枚、小さいけど三十枚。どっちが満足感を得られるかって、後者だと思う人が多いんじゃないかな?」
「でも、それでなぜラングドシャだけ二つあるんです?」
「まあ、正確には『テニスさんは全部で五個にしたかった』ってことだけどね」
「……?」
やっぱり私はちんぷんかんぷんで、ぽかんと口を開けてしまいます。部長さんはゆっくり誘導して正解に導いていることはわかるのですが……。
「このミニシリーズ、コストが安いゆえに、これだけの数入ってても一つ百円もしないでしょう」
「ですね、たしかそのくらいの値段設定だったはずです。……あ」
「わかった?」
「もしかして、テニスさんは予算を決めていたんでしょうか。五百円と予算を決めてお店に行った。一種類ずつ買っても、まだもう一つ買ってもお釣りがきます。だからラングドシャだけ二つあると」
「そう。なんでラングドシャかってのは単純にテニスさんの好みかもね。」
部長さんは一種類だけ二つあるお菓子、少し前のやりとり一つでここまでテニスさんの思考を読み取ってみせました。コツを知るはずが、ただただ圧倒されただけのように思います。
「つまり、色んな視点を持てってことよ。テニスさんの気持ちになったら今回のはすぐわかるでしょう」
「……部長さんは、いつから気づいてたんです?」
「んー、君にコツを教えてくれって言われて少し考えた時かな」
「そんな前の段階で」
「なんの。去年までいた先輩方ならこの二つあるラングドシャ見た瞬間に話し合いが始まってたよ」
「……変態ですね。いい意味で」
「褒め言葉だね」
部長さんはけらけらと笑って、椅子の上で動き回っています。本当に、心底こういう事を考えるのが好きなんでしょう。
「私、もっと勉強します。部長さんに並ぶくらいに」
「いいね、一年ちゃんがそう言ってくれて嬉しいよ。でもどうして急に」
「好きな人が好きな事って、やっぱり頑張ってでも知りたいって思うじゃないですか」
「……そだねー」
照れてる。かわいい。
「君は平気でそういう事を言う」
「正直が長所であり短所なんですよ」
「……まあね」
二人でつまんでいたラングドシャも食べ終わり、一息つきました。私はそろそろかな、とスクールバッグをあけました。
「ということで」
「どういうことで?」
「遠足のお土産です」
「え、悪いね。気を使ってもらっちゃって」
私は小さな紙袋を部長さんに差し出します。気に入ってくれるといいのですが。
「なんだろ、なんだろ」
「キーホルダーです。部長さん、自転車通学ですよね? この間鍵のキーホルダー取れたって言ってたので」
「あーそれ助かるー……け、ど。こ、これは……」
「キーホルダーなので、ちゃんと付けてくださいね」
私は自他ともに認める天使のような笑顔で部長さんに笑いかけます。なぜか部長さんの表情は固まっているように見えますが。
「先程はお菓子を送ったテニスさんの気持ちをずばり当てていましたけど」
「……」
「私がこれを送った気持ちを、ずばり当ててください」
紙袋から取り出した、どぎついピンクのハート型キーホルダー(真ん中に「部長さんLOVE」と金色で書いた特別仕様)は、部長さんの手でちゃりちゃりと揺れています。部長さんは困ったように「わざわざ言わないとだめえ……?」と顔を赤くしながらむにゃむにゃ鳴いていました。
「駄目です。絶対に口に出してもらいます」
「……いや、こんなの言うまでも」
「言うまで私今日帰りませんから」
「ひええ……」
「たしか録音のアプリが……」
「ちょっと!」
さて、今日は長くなります。グリーンティーブレイクもした所ですし、時間はたっぷりあります。遠足と土日でしばらく会えなかったぶん、しっかりと部長さんを堪能したいと思います。
……今日の部活終わり! そして始まり!
【短編】略して『デ部』!~アームチェアーディテクティブ部にようこそ! ばかのひ @ikiC1884
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