第15話 僕らの世界

 僕は夢を見ていた。

 三十年前の世界にタイムトラベルした僕は、そこで玲子さんという素敵な女性と出会う…。

 それから…、それから…、えっと、なんだっけ…、記憶があやふやでそれ以上、思い出せない…。


 僕は、美園ハイツ203号室のベットに横たわりぼんやりと天井を見ていた。


『ピンポーン』


 部屋のチャイムが鳴ると同時にドアの鍵が開く。


「和也くん。凄く良い天気だよ。予定通り裏山に行こうよ!」

「あっ、あれ!?確か、免許センターとか言ってなかった?」

「もうー!それは、平日に変更するから大丈夫って言ったじゃない。ほんとに、和也くん、たまに私のいうことをふんふんって聞いているふりして流してるんだから…」


 奏子は、ちょっと拗ねたように頬をプクッと膨らませている。


「あっ、そっか、まだ起きたばっかなの?じゃあ、ご飯作ってあげるから、その間、和也くんは準備しててね」


 そういうと奏子は冷蔵庫の中を確認しつつ、慣れた手つきで料理を作っていく。あれ!?奏子って、こんなに料理上手かったっけ?



「ご飯はこれから炊くと時間がかかるから、チンするやつで我慢してね。はい、どうぞ」


 ヒゲを剃って、歯を磨いた僕の前には、白いご飯と豆腐と揚げの味噌汁と出汁が利いた卵焼きが並んでいる。


「いただきますー」

「どうぞー!」

「えっ、上手っ。むっちゃ美味しい!!!奏子って料理教室でも通ってるの?」

「はい!?もう、和也くん、どうしちゃったの?私、昔からお母さんに習ってるし、料理が趣味って知ってるでしょ?いつも最高って食べてるくせに!?変だよー!?まるで今日初めて食べたような感じだし…」

「ぐっ、、、」


 もしかして、僕がライムトラベルしたことで、未来が少しだけ違っているのだろうか?それにしても、この朝ご飯は最高だ。美味しいのは勿論だが、なんと言っても心が温かくなる…、そして、とても懐かしい…、そんな味だ。


「奏子…、最高だった。超美味しかった!!」

「もう〜。いっつもこれくらい感動してくれたら作りがいがあるのにな〜。和也くんっていつも寡黙にがつがつ食べちゃんだもん。ふふっ。でも、そういう和也くんも好きだけどね…」


 彼女が言い終わる前に僕は彼女を引き寄せ力一杯抱きしめる…。


「な、なに?どうしたの?今日の和也くん、ほんと変だよ?」

「だってさ、超久しぶりだから…。ずっと会いたかったんだ」

「へっ、昨日会ったばかりじゃない!?もう、さみしがり屋さん!」


 そういうと奏子は僕の頭をポンと叩いて、そして、顔を僕の胸に埋めた。幸せな温もりを感じながら、少しずつ頭の靄が取れていく気がする…。


「奏子、裏山に行こうか」

「うん、行こうよ!」


 僕たちは、あの日、玲子さんと歩いた道を歩いている。

 流石に今は、散策ルートとして完全に整備されているので、あの時の歩きにくさが嘘のようだ。奏子は、僕の左腕にぴったり寄り添って、「すごく気持ちがいいねっ!」と楽しそうな声を出している。

 

 小さな渓流が見えてきた。

 僕は、そこにある木製のテーブルで準備を始める。

 あっ、そうだ。カセットコンロのタフマルジュニアは過去に置いて来たんだっけ。コーヒーを飲もうと思っていたのに、コーヒー豆だけしか持って来なかった。やはり、僕はちょっとおかしいみたいだ。


 すると奏子が、大きな白い麻のトートバックから、僕のタフマルジュニアとコーヒーミルを出し、テーブルの上に置いた。


 「な、なんで!?」


 思わず声が出てしまう…。そして、そのハードケースを見て僕は再度驚いてしまった。何故なら、ラバー加工された樹脂が至る所変色して削ぎ落ちているのだ。どれだけの時間が経てばこんな風になるのだろうか?そして、木製のコーヒーミルも凄まじい年季を感じさせる風貌になっている。


 「それにしても、変だよね。実家のクローゼットの一番奥にあったみたいなんだけど、このコンロって、去年発売された新製品でしょ?なのに、なんでこんなに年季が入った感じになってるのかな?そして、何故うちにあるんだろうって、そう思ってたら、『今日、和也くんと会うんでしょう!?これ、今日必要だよ』って、お母さんが言うから持って来たの」


 えっ!?お母さん!?


「奏子、玲子さ、、いや、お母さんは、無事なのか?」

「えっ、今日もむっちゃ元気で私を送り出してくれたけど?和也君によろしくね〜なんていって」

「そっか…。ほんと良かった…」

「もう、本当に、今日の和也くんって、変なのっ!」


 玲子さんに僕の手紙が届いたんだ。そして、何とか運命を変えることができたみたいだ。本当に良かった…。

 だけど、大きな歪みは出来ていない…。みんなが幸せで過ごせている。良かった…、良かった…。


「ねえ、和也くん…。来年の六月の式のことだけど、私はシンプルな式でいいかなって思ってたんだけど、お母さんがドレスも着なさいなんていうの。どう思う?」


 上目使いで僕を見つめる奏子は本当に可愛くて、素敵で、この世のものとは思えないほど美しくて…。

 そうか、僕らはそこまで愛を育んで結婚までたどり着いたんだ。僕が玲子さんに宛てた手紙にも確かそう書いたっけな…。


「奏子のドレス姿、僕も見たいよ。でも、出席する他の男には見て欲しくないかも」

「えー!だって、結婚式だよ?奏子は和也くんのものなんだよ!今日の和也くん、絶対におかしいよね。ふふっ」


 僕らは、ゆっくりと近付くとキスを交わし、抱きしめ合う。

 空を見上げると抜けるような青空、そして、水が流れる音と共に、鳥たちが一斉にさえずりだす。まるで、僕らを祝福してくれているように…。

 彼女の胸に目をやると、ピンク色の石がついた小さなペンダントに光があたり、キラキラと光っている…。


 僕のタイムトラベルはこれで終わりだ。もう二度とあんなことは起きないだろう。過去に飛ぶことで掴んだ幸せを僕は一生大事にしていかねばならない。そして、奏子といつの日か生まれてくる小さな命にもありったけの愛情を注いで行きたい…。


 あの日の玲子さんの強い声が甦る。


「駄目よっ!早く行って!!!和也君!!!!」


 玲子さん…、本当にありがとう。

 僕は、貴方の大事な奏子を一生幸せにします。そして、二人で幸せになります。

 だから、玲子さんももっともっと幸せになって欲しい…。


 「あっ、和也くん、虹だよ?おかしいね。今日は雨も降ってないのに」


 僕らの頭上を二つの虹が、まるで二人の未来を占うように見事に輝いていた…。




終わり







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裏山の異空間とあの子と彼女 かずみやゆうき @kachiyu5555

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