第14話 手紙

佐伯玲子様


 まず始めに、今から僕が貴方に伝えることは、三十年後の未来の話です。もし、貴方が聞きたくないと思ったら、この手紙は破って捨てて下さい。ですが、僕は、玲子さんにどうしても伝えたい。だから、最後まで読んで欲しいと切に願っています。


 僕がタイムトラベルで三十年前にやってきたこと、それにはやはり意味がありました。玲子さん、貴方は、もしかしたら、元彼の渡辺 隆に刺されて死ぬ運命にあったのかもしれません。ですが、もし貴方が死んでしまうと、僕の彼女である美優奏子みゆうかなでこは生まれて来ないのです。

 賢い貴方ならもう分かったと思います。そう、僕の彼女の奏子は、貴方と美優大輔さんの間に生まれた子供なのです。


 病院の職員専用口で玲子さんを刺そうとした渡辺に僕は、缶コーヒーを思いっきり投げつけました。

 今を思えば、そんなに距離はなかったのに、その缶コーヒーは渡辺の随分手前で大きく跳ね、音を発したのです。もしかすると、それは、時間の番人のせいかもしれないと思うのです。そう、渡辺が貴方を刺すという本来起こるべき事を成し遂げるように、僕を邪魔したとしか思えません。

 ですが、渡辺は、その缶コーヒーの音に一瞬戸惑ったのです。そう…、その一瞬を創り出すことが僕の使命だったのかも知れません。何故なら、渡辺が僕の方を見たその一瞬、コンマ一秒の間に、貴方を命がけで救った美優大輔さんが貴方に覆い被さることが出来ました。そう、僕は結果的に、過去を変えることができたようです。


 『え?だって貴方は、三十年後の未来に奏子と付き合っているでしょ?』


 今、貴方は、そう思ったでしょう?

 はい。僕も何度もそう思いました。ですが、違うのです。僕が、ライムトラベルで三十年前に戻ることは決められていたことで、そこで僕が使命通りやれるかやれないかでタイムパラドックスが起きるとも言えるのではないかとも思えるのです。失敗すれば、奏子の存在はなくなり、もしかしたら、その使命を帯びていた僕も消えてしまうかもしれません…。


 そして、もう一つ…。

 妙見寺のお祭りで買ったピンク色の石がついたペンダント…。このペンダントを僕が貴方にプレゼントすることがもう一つのミッションだったのではないかと思っています。何故って?僕と奏子は、このペンダントが縁で知り合ったのです。


 奏子は神様から認められた素敵な女性だからなのではないかなと思います。だから、僕が奏子の母親である貴方を救う為に、その使命を帯びてタイムトラベルしたのではないかなと今は強く思うのです。


 最後に…、守って欲しいことがあります。

 そう、これは絶対に守って欲しい。約束して下さい。


 二十五年後のクリスマスの日、貴方は勤務中に脳梗塞で倒れ、意識が戻らぬまま二週間後に亡くなるのです。ですが、それを変えることが出来るかもしれません。実は、貴方は、その五日前の十二月二十日に、「頭が痛いな」と夕食の際、大輔さんや奏子の前で言います。二人から、すぐに病院で診てもらうようにと何度も言われたのに、貴方は大丈夫、大丈夫と言ってなにもしなかったのです。

 ですから、どうか、頭が痛いと思ったらすぐに病院で診てもらって下さい。早期発見が出来れば、脳梗塞は怖い病気ではありません。


 ただ、もしかすると、時間の番人がそれを邪魔するかもしれません。ですから、十二月二十日に身体の隅々を診てもらえる人間ドックを予約してください。そうすれば、きっと時間の番人も見逃してくれるはずです。


 僕が、もし三十年後に戻れたら、いつの日にか奏子と結婚したいと思っています。必ず彼女を幸せにします。そして、僕らの子供を貴方に抱いて欲しい…、そう思っています。未来でも、貴方と奏子が作る美味しい料理を囲んで、みんなで笑い合いたい…。心からそう願っています。


 これが本当に最後です。

 玲子さん、もし、僕が三十年後に戻れなかったら、僕は、貴方を好きになっていたかもしれません。貴方はとっても素敵で、優しくて、頭が良くて、温かくて…、とにかく最高の女性です。


 ありがとう。本当に…、ありがとう。



檜原和也




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