第11話 親指を立てる男

 マフィアの女ボスに襲撃を受ける俺。なんとか話をまとめ、みんな帰っていった。

俺も酒を飲んで寝よう。独身男なのだ。たまには女を買うのもいいじゃないか。良いところだってのに坊主が娼館に飛び込んでくる。……ツイてないぜ。



「ここはアタシが通さない。

 コーザン、ケイト・コナーを辱めたな。

 その借りは返す」

 ケイトの拳に鋼鉄製のナックルが光る。

 

 すでにケイトの全身からはオッソロシイ気迫が漏れ出ている。本気モードだ。金髪の下、目がギラギラと野生の獣のように光っているのである。

 俺なら、そんな視線で見られただけでオシッコを漏らしてしまいそうだ。僧侶姿の大男はそんなに繊細じゃない様だった。


「……ケイト。

 お互いに楽しんだではないか。

 良い思い出を汚すモノでは無いぞ」

「……!……

 黙れっ!」


 ステップを踏みコーザンとの距離を測っていたケイト。コーザンの言葉に激高したようにパンチを放つ。

 俺の耳に風を切る音が聞こえる。

 ジャブからのフックを放つ。それが躱されると、相手の懐に潜り込んでのアッパーカット。

 コーザンも鉄棒で受け止めるが、昨夜の余裕は無い。ケイトの拳を避けながら 懐から何かを取り出す様子のコーザン。しかし……いつまで経っても彼の望む効果は表れないのだ。


「……ムダだよ、コーザン。

 中和薬が有るんだ。

 俺達はそれを飲んでる」


 デミアンだった。銀髪の美少年は、香料の中和薬も作っていたのだ。

 自分の造った薬が裏で販売されている。それを知ったデミアンは何よりまずその中和剤を造る事に精力を注いだ。

 サラ子爵の言う通り。無臭で嗅いでると体の動きが鈍って来る香料。ついでに性欲を高めるオマケ付き。物騒なシロモノだ。


 コーザンは……彼自身の体術もあるだろう。しかしそれ以上に、香料を周囲にばらまき、その効果で動きの鈍った者を圧倒していたのだ。


「子供から危険な薬のレシピを盗んで悪用か。

 ろくでもない男だぜ、コーザン。

 僧侶の名が泣くぞ」

「子供が使ってよい薬ではなかろう。

 ワシは実用実験をしただけのことだ」


「それが女を無理やり抱いたイイワケになるか!」

 ケイトがジャブからのストレートを放つ。


 力の籠っている打撃。女を怒らせるとコワイ。鉄棒を折り、コーザンのボディに決まる。あの力なら……肋骨が折れたはずだ。

 コーザンはケイトを避け扉から逃げようとするが、黒服軍団がいる。アーニーの指揮下で闘う彼らはそこまでザコじゃなかった。

 コ-ザンの鉄棒をくらいながらも逃げ道を塞ぐ。後ろからはケイトの一撃がヒットする。

 コーザンも咄嗟に致命傷をよけ右腕でカバーしていたが、あの当りは腕の骨が折れたはずだ。


「グッ」

 異様な方向へ垂れ下がった右手。


「待て!待て待て!」

 コーザンが大声を張り上げる。


「待て、この街はおかしいと思わないか。

 大通りにいる者はみな幸せそうだ。

 しかし、少し離れた貧民街はどうだ。

 幼い子たちが飢えて死にそうになっているのだぞ。

 神は全てに平等なハズだ。

 わしは金を手に入れ子たちに幸せを分けようとしたのだ」


 何を言いだすかと思えば。

「コーザン、お前が本当に子供に幸せを分けていたのなららあんなに飢えているハズが無い。

 幼い兄妹が変態に躰を売っているハズが無い」


「そのセリフ ゴッド・マザーに対する侮辱と知れ!」

 アーニーがコーザンに襲い掛かる。


 ボフッ!

 コーザンの手から何か落ちる。周囲に煙が立ち込め、何も見えなくなる。


「どこだ、コーザン!?」

「カカカッ、まだ甘いわ。

 この借りは返すぞ、ジェイスン!」


 部屋は何も見えないが窓らしき方から音がする。コーザンが窓から飛び降りたのだ。


「クッ、あの坊主。

 どこまでも卑怯な」

「スグ追え!

 ヤツはケガをしてる。

 コナー・ファミリーのメンツにかけて逃がすな」


「アーニー、大丈夫だ。

 心配するな」

「ジェイスン、何故落ち着いている!?」


 コーザンは夜道を走っていた。

 速度は出ない。二階から降りた衝撃で足も痛めたのだ。

 体が万全なら二階から飛び降りるくらいはなんて事は無い。しかし右腕の骨を折られ、肋骨もおそらく折れている。

 すぐにコナー・ファミリーの追手がかかるハズだ。

 イナンナの複雑な路地裏を利用して、なんとか逃げて見せる。

 あの死に損ないのジェイスンを殺す。

 ケイトはぶち犯す。今度は手加減しない。全身いたぶって身動き取れないまま、一生自分の玩具にしてやるのだ。


「……サマラ、あの男だ」

「……分かった……」

 コーザンの前に銀髪の少年が立っていた。

 マントの女も一緒だ。


「……やあ、デミアンさんじゃないか。

 ワシだ、コーザンだ」

「うん。

 僕の薬のレシピを持って行かなかったか尋ねて以来、連絡の取れなかったコーザンさんだね」


「……なんの話だったかな。

 『赤いレジスタンス』の仕事で忙しかったんだよ」

「冒険者のジェイスンを捕まえるんだよね。

 僕はその話聞いていないし、その依頼料についても知らないな」


「待て待て、子供には分からない事情も有るんだ。

 …………あのジェイスンという男はくわせ者だ。

 冒険者などと言ってるが、あいつが関わった仕事では関係者がみな死んでるんだぞ。

 ウワサの山賊事件にしてもだ。

 犠牲者が皆死んでいるのに、あいつだけ無傷とは明らかに怪しいではないか」


 コーザンは適当な言葉を並べて誤魔化そうとする。相手は賢いが子供だ。口先で何とかなる。

 

 しかしマントの女が前傾姿勢を取る。

「……?……」


 コーザンは知らない。それが女の戦闘態勢だと。


 次の瞬間 コーザンの頭は胴体から離れていた。

 自分の胴体から血が噴き出すのをコーザンは見た。それが彼の最後に見た光景だった。


 サマラはもちろん彼の言う事をまったく聞いていなかったのだ。




 さて、俺は数日後またマフィアの女ボスとメシを食っていた。今回もギルドの特別室、アリスも一緒だ。

 カニンガムの奴は逃げた。デミアンは来ていない。


「ふん、ジャネルは粛清したよ」

 あの子にも謝っておいておくれ。

 又、貧民街に狩りしようなんてヤツが現れたらすぐ言ってくれ。

 今度はコナー・ファミリーが相手になるよ」


 料理が美味い。


「キター、キマしたよ。

 この間はジェイスンさんのせいで途中までしか食べられませんでした。

 今日はフルコースいただきますよ」

 アリスもご機嫌だ。


「……ジェイスン、アンタ。

 本当にコナー・ファミリーに入る気は無いかい?」


「これからファミリー内の粛清に本気でかかあるのさ。

 アタシと血が繋がってるヤツだろうが、処断できるヤツが必要なんだよ」


「いや……あの……それはですね……

 ジェイスンさんには実は決まった人がいまして……」

 アリスが適当なことを言っている。


「サラ子爵、光栄だけどな。

 俺はそろそろ別の街に行くつもりなんだ

 マヌケな冒険者にはコナー・ファミリーの幹部は荷が重いさ」


「えっ?!

 ジェイスンさん……」


「そうかい。

 ケイトはタイプじゃないかい。

 ちょっとばかり筋肉がついてるが美人だと思うんだがね」

 いやちょっとどころじゃないだろう。

 孫娘のどこを見てるんだ。


「…………なんでですか?

 サラ子爵の誤解も解けたし、狙われることもなくなるじゃないですか。

 イナンナの街嫌いになりましたか?

 でもサラ子爵が造った街です。

 私だってこれからこの街をもっと良くしていきます」


「……ジェイスンさん。

 困った事が有ったらカニンガムさんだっているし。

 ……ワタシだっているじゃないですか……」

 驚いた事にアリスは目に涙を浮かべていた。


「……お嬢ちゃん、止めときな。

 冒険者ってのはね、ひとところに留まれないヤツの事を言うのさ」

 サラ子爵が年の功だ、良い事を言う。


 だが、アリスは顔を下に向けて嗚咽を洩らし始める。

 

 この街では俺の特技を見せすぎた。デミアンや子供たちにはバッチリ見られてる。

 神殿の時だって見て生き延びてるヤツがいるかもしれない。どこかで不審に思うヤツが出てくる。

 一度、この場は離れるに限るのだ。

 しばらくすればみんな見間違いか、トリックだと思い込む。人間てのはそういう風に出来ているのだ。


「……おい、アリス落ち着いてくれよ!

 そんな盛り上がらないでくれ」

 俺は背の低い女に語り掛ける。


「二度と来ないなんて言ってないぜ。

 ここは街道の要所だろ。

 またすぐに来ることがあるさ」

「……ホントウですか?

 ……そうか……そうですね。

 ジェイスンさん、旅の護衛が中心の仕事ですものね」


「じゃあ、稼いで戻ってきてください。

 今度はこのレストラン、ジェイスンさんが奢ってくれますね」

 アリスが顔を上げる。


 良かった。この娘はまっすぐ前を見てる顔がいい。


「……ふーん。

 こりゃケイトの婿は望み薄だね。

 頭が良くて度胸もあるヤツがどうしても欲しいんだけどね」

「ああ、コナー・ファミリーの幹部には俺からひとり推薦するぜ」


「ちょっとばかり年齢は若いが、頭の良さは俺が保証する。

 サラやコナー・ファミリー幹部の前で、コナーを糾弾できる度胸の持ち主なんだ」


 誰の事か、それだけで分かったのだろう。

 目を丸くするサラ子爵とアリス。


 俺は二人に向かって親指を立ててみせた。

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