第17話 怒涛の一日、その終わり
ラヴァーとの試合を終え、私たちは大聖堂の一室でお茶を飲んでいた。勿論、ラヴァーの奢りだ。紅茶のことなど詳しく知らないが、私が今までに飲んだものとは比べ物にならないほどおいしい。さすがは大聖堂、用意している茶葉もきっと上等なものなのだろう。
「美味しいですねこのお茶、香りが良い。」
「でしょう?良いお茶には、良い入れ方ってのがあるのよ。」
そう言ってラヴァーはお茶を啜った。一息つくとティーカップを眺めながらこちらに声をかけてくる。
「…祝福の話だけれど。」
「え?」
いきなり話題が変わったので思わず聞き返してしまった。
「試合の前に言ってたでしょ?祝福の使い方を教えてって。」
「あ、ああ。」
確かに言った。あの時ははぐらかされた様な気がしたが、答えてくれるのだろうか。
「私はね~、祝福を使う時は感情のままにしているの。」
「…?どういうこと?」
「そのままよ、魔術はイメージと魔力の操作が重要になってくるでしょ~。」
「ええ。」
ただ魔力を垂れ流すだけではない。実践で魔術を使うには反復練習と魔力を自在に操れる精密性が必要なのだ。
「で・も~、祝福は違うわ。心と力を呼応させ、感情の高ぶるままにするの。強く想えば想うほどに祝福の力も高まるわ~。」
「…つまり、魔術とは違って感覚的なものってことですか?」
「そゆこと。んふ。」
そう言ってウインクして見せる。…どうやら練習して身に着くものでもなさそうだ気長にやるしかない、か。
「あんまり焦ってもしょうがないわよ~。」
ラヴァーはそう言うと、カップに残っていた紅茶を飲み干し、席を立った。
「どこか行くんですか?」
「ええ。あなた達も一緒にね。」
「え?」
ラヴァーに連れられてきたのは聖都の武具屋だった。
「エルちゃんは、フォーシープみたいに魔術に拘りがあるの?」
「いえ、魔術は好きだけど、必要ならパンチもキックもするわ。」
「なら~、ここで装備を整えておきましょう。ヴェーダちゃんも武器一本じゃ心もとないでしょう?」
「…まあ、見るだけなら。」
話を振られたヴェーダは渋々といった感じで頷いた。それを見たラヴァーは私達二人の手を引いて聖都の武具屋に足を踏み入れた。
「う~ん、私はこれでいいかな~。」
手に持った刃渡り20センチほどの片刃のナイフを手に取ってそう呟く。いざ入ってみたは良いが、正直言って剣の心得など欠片も持たない私が身に付けていても、邪魔になるだけではないかと思ったのだ。それに大聖上からもらった魔法剣もあるし、だったら料理にも使えそうな短剣で十分ではないかと思ったのだ。
「…エルちゃんがどういう用途を想定しているかは分からないけれど、まあ良いわ。でも問題はヴェーダちゃんね。」
そう言ってラヴァーはヴェーダの方を見る。確かに、ヴェーダの買い物はかなり難航しているようだった。
「お、お客様、でしたらこちらは如何ですか?」
そう言って店主が差し出したのは剣の知識などない私でも一目で分かるほどの逸品だった。磨き上げられた刃は光を反射し、研ぎ澄まされた切っ先は吸い込まれそうな波紋を浮かび上がらせている。
「こちらは鉱石の中では最上級のミスリル鉱石を使って熟練の職人が3か月かけて打ち上げた逸品なのですが…。」
ヴェーダは差し出された剣を受け取り構えてみる。が、
「なんか違うなー。」
難しい顔をして剣を店主に返す。さっきからずっとこれの繰り返しだ。そろそろ店の引き出しもなくなってしまうだろう。今のものは最上級の鉱石を使って作られていたらしいし、店主も引きつった顔をしている。
「…ねぇ、ヴェーダちゃん、拘りがあるのは分かるけれど、もう少し具体的に教えて頂戴?ほら、お店の人も困ってるわよ。」
見かねたラヴァーがそう言うと、店主は救世主でも現れたかのようにして彼を見ている。
「…そう言われてもな、俺にも良く分からないんだよ。」
「困ったわね~。」
う~んと、二人して唸っていたが、やがてヴェーダが面倒くさそうにこちらへ向かってきた。そして、私の側においてあった短剣のコーナーから無造作に一つ手に取った。
「もうこれでいい。」
そう言うヴェーダの手には私のと同じ、料理くらいにしか使えなさそうな短剣が握られていた。
「さあ、気を取り直して!武器の次は防具よ!」
ラヴァーが場の雰囲気を変えるように手を叩いた。確かに武器屋に来てかったのがナイフ2本じゃ無駄足も良い所だし。
「でも、どうしようかな~、あんまり重たい鎧とかはきつそうだしな~。」
そう呟きながら店内を見ていると耳ざとく聞きつけた店員がこちらへ向かってくる。
「でしたら、こういったものは如何でしょうか?少し値は張りますが、軽量でありながら強度も十分な品ですよ!」
そう言って白銀の鎧を私の目の前に持ってきた。見た所デザインは良い感じだ。一つ手に取ってみるが鉄とは思えないほど軽い。
「凄い、本当に軽い。…でも強度もあるなんて少し話盛ってません?」
「いえいえ、特殊な鉱石を用いているので強度は鉄と同等以上ですよ!」
「へ~、じゃあこれにしようかな。…でも、これだけでいいや。」
そう言って私は籠手と胸当てだけを取った。
「へ?兜などはよろしいのですか?」
「ええ。いくら軽いと言ってもそんなにたくさん身に付けてたら長旅なんてできないわよ。私、一応女だし。」
「そ、そうですか。」
これで私の方は決まった。ヴェーダはどうかと思い彼の方を見ると、向こうも丁度決まったようだった。
「ヴェーダちゃん、それだけでいいの?籠手だけ、それも片方しかないけど。」
「ああ、これでいい。身を守るためじゃなくてこの左手を隠すために欲しいだけだ。いい加減、いちいち布を巻くのも面倒になってきたんでな。」
ヴェーダが手に取っていたのは銀色のシンプルな籠手だ。身に付ければ肘から指先まですっかり隠れることだろう。
「そ~お?でも本人が言うならいいのかしら~?」
どうやらヴェーダは装備品には並みならぬ拘りがあるようだ。自分の事はどうでも良さげなのに武器や防具には五月蠅いとは。
支払いを済ませて武具屋から出ると辺りはすっかり暗くなっていた。店じまいを始めている店もそれなりに見受けられる。いかに聖都アルカディアとはいえ、眠らない町とはいかないようだ。
「もうこんな時間なのね~。思えば今日は色んなことがあったわね。」
「確かに。」
ラヴァーの言葉に頷く。日も昇らない内から祝福の儀を受け、大聖上に色々な話を聞かされ、何故だかラヴァーと手合わせすることになっていた。今まで生きてきた中でも怒涛の一日だった。
「さあ、大聖堂に戻りましょう。」
思い返しているとラヴァーがこちらを見てそう言った。その言葉に頷き、もと来た道を辿り始めた。
大聖堂には大浴場があるということラヴァーに聞いて、利用させてもらうことにした。教えられた場所に行くと木で編まれた籠がいくつも並んでいた。幸運なことに人影は見当たらない。どうやら貸し切りのようだ。空いている籠に衣服を放り込み素っ裸になった私は浴場の引き戸を開いた。仕切りがされてはいるが、向かいに遮るものはなく、立ち込める湯気の向こうに海が見える。いわゆる露天風呂というやつのようだ。
「すっご~い!大きい~!」
思わず思ったことをそのまま口にしてしまう。すると、浴槽の隅から声がかかった。
「…うるさいやつじゃ。風呂は静かに入るものじゃろう。」
「え?」
どうやら先客がいたようだ。
「す、すみません。」
頭を下げて声のした方と反対の方向に腰を下ろし湯船につかる。なんだか気まずい。だが、以外にもその沈黙を破ったのは私を注意してきた相手だった。
「…その、今朝はすまんかったな。」
「え?」
今朝?誰かに謝られるようなことをされただろうか?そう思い、声の方に目を凝らすと朧気にシルエットが浮かび上がってくる。小柄な体躯にボリュームのある藍色の髪!そして、どこかで聞いたことのあるあの声!
「ま、まさか、フォーシープさん!?」
「だから風呂で大声を出すなというのに。」
そう言ってこちらを嗜める。
「ご、ごめんなさい。でもフォーシープさんに謝られるようなことされてないと思うんですけど。」
「今朝の態度の事じゃ。あのあとグリフィスから話は聞いた。お前が星将になったのにも訳があったのじゃな。重要な役目が。」
今朝初めて顔を合わせた時にそっけない態度を取ったことを言っているのだろうか?気にするようなことではないと思うが。
「あまり実感は湧かないんですけど。…南に行けって言われました。」
「知らぬこととは言え、ちと冷たかったの。」
「いえ、別に、気にしてませんから。こんないきなり星将になるなんて、怒る気持ちも分かるっていうか。」
「…そうか。」
気まずい。最初の話題からして広げずらかったのだから仕方がないが。なんとかして話題を変えられないものか。だが以外にもフォーシープの方から話しかけてくれた。
「お前とブロークンラヴァーの試合を見た。粗削りな部分はあるとはいえ、発想も魔術の扱いも評価に値する。」
世界最高の魔術師が私のことを褒めてくれるとは、私の魔術もどうやら捨てたものではないらしい。
「あ!そうだ!話は変わるんですけど、祝福について教えて貰えませんか?」
魔術で思い出した。なんだか態度が柔らかくなった今なら聞けるかも。ラヴァーには聞いたがフォーシープの話も聞いておきたい。今、この世界で最も優れた魔術師であり天覧の魔女とも称される彼女ならば違った意見が聞けるかもしれない。
「…祝福?」
「はい。私が賜った祝福はカノープスって言うらしいんですけど、使い方が分からなくて。」
「ふむ、普通であれば祝福に刻まれた記憶により、使うこと自体は授けられたその時から可能じゃからの。」
そう言ってしばらくの間フォーシープは僅かに揺れる水面を見つめていたが、やがて口を開いた。
「…魔術と祝福は全くの別物じゃ。魔術は叡智によって、祝福は心によって行うものじゃ。同じようには扱えぬし、同時にも扱えぬ。なので、考え方を変えるべきであろうの。」
「なるほど。」
ラヴァーが言っていたこととあまり違いはないが、多少の参考にはなった。魔術師の頂点にあるものとして祝福について調べようとしていたのだろうことが、先ほどの言葉から伺えた。
「じゃがまあ、儂もゼロから祝福を修めた訳ではない。話半分程度に聞くが良い。」
「いえ、でも参考になりました。」
フォーシープと話していると浴場の戸がガラガラと開く音がした。
「あら~、今朝は険悪かと思ったのに、もう仲直りしたのね~、す・て・き、よ~。」
野太い声がする。この声は!?
「ら。ラヴァー!?ここ女湯でしょ!?どうして入ってきてるの!?」
いくら心が乙女だからと言って体が男なら男湯に入ってもらわないと困る!だがラヴァーはどこ吹く風だ。フォーシープも、またうるさいのが来たとばかりにため息を吐くばかりで咎める様子はない。
「私が女湯に入ることに何か問題があるのかしら~?」
「問題しかないでしょ!?」
慌てて肌を隠そうとするがタオルなど持って入っていない。どうしようかとオロオロしているとフォーシープがこちらへやってきて私の頭をラヴァーの方へと無理矢理向けた。
「落ち着け、勘違いするのも無理はないが、あやつは女じゃ。」
「…え?」
言われてラヴァーの事をよく見る。
「んふ。」
ピンク色のドレッドヘアーに覆われた顔から視線を徐々に下げていく。鍛え上げられた肉体があり、胸板は厚く腹筋は割れている。そして、更に視線を落とす。だが、そこには想像していたものは無かった。…つまり、
「…女?」
「も~、エルちゃんってば~、何だと思ってたのよ~。」
色々あった一日の最後に、こんな大きな爆弾が潜んでいるとはさすがに思いもしなかった。
異世界流離譚~世界再生の旅に出ます~ ジャクリ0080 @muleta
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