第16話 星将と手合わせ

「改めて、よろしくね~ん。」


大聖上の部屋を後にして私たちにあてがわれた部屋に着いて、ブロークンラヴァーはそう言った。部屋にはフローズンハートもいたのだが彼女は彼の強烈な見た目に対してさしたる感想は抱かなかった様だ。


「ええ。よろしくブロークンラヴァー。」


「よろしくな。」


「…だけど、あんたは良かったの?成り行きとはいえこんな訳の分からない旅に同行することになってしまってけど。」


横にいるヴェーダを見る。大聖上の話を聞く限りかなり危険な旅になりそうだが。


「ああ。面白そうだし構わないよ。…それに、異世界とやらにも興味がある。もしかしたら俺はそこから来たのかもしれないしな。」


「ないとは言えないわね。でも異世界ってどこにあるのかしら?空に輝くあの星の一つ一つも世界なのかしら?…ねぇヴェーダ、やっぱり、自分の事知りたいと思う?」


「…いや、どうかな?正直言ってあんまり関心がない。特に困ってないしな。放っておけばそのうち元に戻るだろう。」


僅かに思案するような素振りを見せたが、ヴェーダはけろりと言ってのける。本心からどうでも良いと思っていそうだ。


「…戻るかな~?」


まあ本人が良いならいいか。


「ト・コ・ロ・デ~、これからどうするの?私も軽く話を聞いた程度だけれど、あなは他の星将とは違うんでしょう?南へ向かってどうするの~?」


「いや~、私もよく。グリフィスは南へ行けば何とかなるって言ってたけど…。」


「ええ~!そんなに見切り発車な感じなの~!?…でも、グリフィスが言うなら間違いはないのかしら~?」


グリフィスは星将からの信頼もあるらしい。こんなアバウトすぎる計画もグリフィスの言葉というだけで納得してもらえるとは…。丁度いいので気になってることを聞いてみることにしよう。


「あの~、グリフィスさんって何者なんですか?大聖上への態度といい、預言のような力といい、…星将ではないんですよね?」


「そうよ~。でも私にも良く分からないわね~。少なくとも私が星将になった時には既に大聖上の隣にいたわ。謎の多い女性だけどその能力は確かね。全てという訳にはいかないけれど、強い力を持った魔物の出現は何度も予言しているわ~。彼女がいなければ魔物の被害はより甚大なものになっていたでしょうね。」


「…そうなんですか。例えばAランクとか?」


「いいえ~、もっと上、よ。」


Aランクの魔物の更に上、つまりは、


「…Sランク。」


「そう。十二星将はその予言を元に討伐に行くのよ~。」


そうだったのか。噂には聞いたことがあるが本当に存在していたなんて。でもこれで合点がいった。人目に触れる前に星将が出張って討伐していたとは。だが、一つ疑問も生まれる。


「ちなみにその討伐って一人で行くんですか?」


「そうよ~。強敵なの、与えられた祝福を用いなければ倒せないほどのね。」


…つまりは星将に選ばれるだけの実力と、与えられた祝福があれば倒せるという事。どちらも欠けている私に歯が立つような相手ではないだろう。そして、魔物の元凶たるゼノクエーサーがそいつより弱いわけがない。


「…無理じゃない?」


思わずそう呟く。いくらグリフィスのお墨付きがあり、ブロークンラヴァーもヴェーダもいるとはいえ、せめて祝福位は使えるようになっておかないと、元の実力は一朝一夕に向上できるものではないだろうが、祝福ならばその差を埋められるかもしれない。


「ねぇブロークンラヴァー。」


「あら、なあに?それと、ラヴァーでいいわよ。長いでしょ?私もエルちゃんって呼ぶから。」


エルちゃんって…、まあ良いか。


「じゃあラヴァー、私に祝福の使い方を教えてくれない?貰ったは良いけど使い方が全然分からないの。」


せめて聖都にいる間に取っ掛かり位は掴んで置きたい。


「そう言えばエルちゃんの祝福、カノープスって言ったかしら?今まで誰にも与えられなかったものなのよね?教えるって言ってもどうすればいいのかしら~?私の感覚を伝えることならできるけど~。」


それからラヴァーはうんうんと唸っていたがやがて何かを思いついたかのように「そうだ!」と声を上げ、何かを企んでいるような笑顔をこちらに向けてきた。…その笑顔に、私は嫌な予感を覚えたのでした。






「で、どうしてこんなことになってしまったのかしら?」


私は大聖堂の外周にある修練場でラヴァーに相対していた。視線の先ではラヴァーが体をほぐしている。修練場のすぐ隣、観覧席のようになっている場所では一緒にいたヴェーダとフローズンハート、それからどこからか話を聞きつけてきたニヤニヤしてこちらを見ているグリフィス、その隣には難しい顔をしたアズライドと仏頂面のフォーシープがいた。他にも私たちが来るまでここで鍛錬していた聖教の軍人達の姿があった。


「エルハーベンさーん!対抗杯優勝者の実力を存分に披露してくださ~い!」


フローズンハートが野次を飛ばしてくるが、そんな肩書は星将の前では霞む。…まあ、私も現在となっては星将の一人ではあるのだが…。そんなことを思い、げんなりしていると、向かいに立つラヴァーがこちらを気遣ってか声をかけてくれた。


「さっきも言ったけど、祝福の扱いを身に付けたいなら、それはやはり、実践しかないわ~。そ・れ・に~、あなたの実力も知っておきたいしね~!んふ。」


そう言ってこちらに目配せしてくる。はぁ、もうこうなっては腹をくくるしかない。恥をかくことになるだろうが、気にするだけ損だ。観覧席でこちらを見ている人たちのことを意識から外し、目の前のラヴァーだけに集中する。よし…。


「…じゃあ、全力で行くわね!怪我しないように気を付けてよ!」


「んふ、そう来なくっちゃ!…殺す気で来なさい。じゃないとお話にならないかもよ~。」


野太い声でそんなことを言う。…殺す気とか言われても、よほど舐められているのだろうか。私だって自分の魔術に自信はある。せめて冷や汗位は流させて見せよう。


「それでは、はじめ~!!」


場外からそんな声が響く。この声はフローズンハートだ。なんであいつが…、だが合図には丁度いい。対面のラヴァーもお先にどうぞと言わんばかりに片目を閉じて人差し指を折り曲げている。


…上等だ。お言葉に甘えさせてもらうとしよう。まずは様子見、掌に風の魔力が集まる。収束したそれをラヴァーに向けて放つ!


「裂風!」


人間相手ならこれでも重傷は見込めるだろう。だが星将相手に当たるとも思っていない。まずは相手の手の内を探りたい。躱すのか、はたまた、魔術で身を守るのか?


だが、ラヴァーのとった行動は私の予想とは違っていた。目前に私の放った魔術が迫っているというのに動く素振りすら見せない。…このままでは直撃する!


「ちょっと!?」


放たれた魔術をコントロールすることなど出来ず、私の裂風はラヴァーの顔に直撃して衝撃を巻き起こす。…だが人影は微動だにしない。やがて煙の中からラヴァーの姿が現れる。…かすり傷一つ追っていないラヴァーの姿が。


「エルちゃ~ん、手加減してたわね~。さすがにこんなものではないでしょう?言ったはずよ、殺す気で来なさいって、それともあなたの全力はこの程度?買い被りだったかしら~?」


涼しい顔でこちらを挑発してくる。だが、私の心は挑発されたことへの苛立ちよりも、僅かたりともダメージを与えられていない事への驚愕が勝っていた。

当たってはいた。アルロ街道の靄を纏った魔物とは違う。私の裂風は無効化されたのではなく、確かに直撃して鋭い風の刃を炸裂させた、…はずだ。だがダメージは与えられていない。つまり、ラヴァーは体に触れるまでの一瞬で魔術によって防いだという事、瞬きよりも短いあの一瞬で…。

…星将の力を侮っていたのは私の方かもしれない。


「あら?真剣な表情、素敵よ~。ようやく本気になってくれたようね~。じゃあ、今度はこっちから行くわよ~!そ~れ!」


ラヴァーが腕を振るうと四方から巨大な炎が渦となって私の方へと襲い掛かってくる。あんな軽い感じで出していい魔術じゃないでしょう!?


「…くっ、風よ乱れよ!」


私の周囲に出鱈目に風を巻き起こし、炎の軌道をなんとか私から逸らす。そうして出来た隙間へと向かって体を滑り込ませる。なんとか、凌ぐことが出来たがまともに撃ち合ってはどうしようもない。なんとかしなければ…!


「散礫!」


地面に魔力を流し込み、無数の礫をラヴァーに向かって飛ばす。何はともあれラヴァーのあの防御を越えないと話にならない。複数個所を同時に攻めれば何とかならないかと思ったのだが。…ラヴァーに向かった礫は当たっているように見えても傷一つ負わすことは出来ていない。

…ならば次だ!攻撃する暇を与えてはならない。礫が全て当たり終える前に次の魔術を発動する。


「唸れ!…水蛇!」


私の足元から水が噴出し、蛇のように流動しながらラヴァーへと向かっていく。正面からラヴァーにぶつかり、飛沫を上げる、相変わらずダメージはないようだが私の狙いはそこではない。飛沫を上げ形を崩し、消え去るかに見えた水流は姿を留め、渦巻きながら再びラヴァーへと向かっていく。


「…絞れるだけの知恵はあるようね。」


水流は今度は正面からぶつかるのでは無く、ラヴァーを吞み込むようにしてその場に留まり続けている。傍から見るとラヴァーが水に閉じ込められたようにも見えるが、どうだろうか。やはり水はラヴァーにまで達していない。薄皮一枚隔てたところで止まっている。だが、このままであればすぐに窒息するはずだ。


「…ふんぬ。」


しかし、次の瞬間にはラヴァーの身体から発された紅蓮の炎によって私の水牢は蒸気となって空気に消えてしまう。


「少し見くびってたかも~?」


ラヴァーがそう言い、指を鳴らすと周囲に子供の背丈ほどもある岩石の破片が8つ生じた。そして破片は私目掛けて飛来してくる。あんなものを喰らえばひとたまりもない、そう思ったのだが、予想よりもずっと遅い。簡単に躱すことが出来た。これならさっきの炎を連発されていた方がよほど厄介だった。ラヴァーに向けて新たに魔術を放とうとする。だが、


「う・し・ろ。気を付けた方が良いかもね~。」


その声に、思わず後ろを振り返る。すると土でできた甲冑姿の騎士がこちらに剣を振りかぶっていた。振り下ろした剣が鼻先を掠める。金色の繊維が宙に舞った。ラヴァーの声が無かったら危なかった。背筋をひやりとしたものが伝う。


「裂風!」


躱しざまに土の騎士に魔術をぶつける。直撃して風穴が開いたそれは朽ちるようにして土へと帰っていった。だが、後ろに視線を向けると後7体、同じ土の騎士がこちらを向いて立っている。


「ど~お?凄いでしょう?名付けてトランス・アース!他にも色んな形に変えられるわよ~。」


「くっ…!」


簡単に言ってみせるが着弾した後に発動する魔術だなんて厄介な。一体一体相手にしている暇はない。それに勝利への道筋は見えた、となれば、私がとるべき行動は…。


「あら~?せっかくの私のトランス・アース、相手にしてくれないのかしら~?」


私は背後の土の騎士を無視してラヴァー目掛けて走っていた。疾走しながら魔術を行使する。この戦いの中でラヴァーの防御を突破するのは不可能だ。だが、さっきの水蛇への対処から言って、周囲の空気を奪えば意識を絶てる筈。それにラヴァーは私を試しているだけだ。今なら勝機はある。


「嵐舞!」


私の指先から放たれた風がラヴァーの足元で渦を巻き、天に向かってうねりを上げる。


「あら?」


そして、もう一つ。同時に準備していた炎の魔術。


「炎舞!」


放たれた魔術はラヴァーを囲む竜巻に加わり、瞬く間に火炎を孕んだ竜巻となって立ち昇る。どうせダメージなどないのだろうが、荒れ狂う炎の嵐の中心にあっては息などできないだろう。


「…名付けて紅蓮嵐舞。」


このまま魔力を注ぎ続ければ、しばらくの間維持は可能だ。風と炎の相乗効果によって威力を高めた魔術、それも私もかなりの魔力を注いだのだ。いかに星将と言えど力技で突破することは難しいはず。


「やりましたわ~!エルハーベンさん!」

「中々やるね~!」


ちらと目を向けると観覧席でフローズンハートやグリフィスが声を上げていた。後ろの土の騎士も既に崩れ去っている。どうやら魔力の供給を切ったようだ。…本当に勝てたのだろうか?だが、私のそんな甘い考えは次の瞬間には崩れ去った。


「ふん!」


「なっ…!?」


燃え盛る嵐の中から発された裂帛の気合と共に衝撃波のようなものが放たれ、私の魔術は打ち砕かれた。炎は火花を散らせながら風に乗って消えていく。先ほどまでラヴァーを囲んでいた様など、もはや見る影もない。悠然と構えるラヴァーの姿が現れる。その様子を見て、私は思わず膝をついてしまった。


「んふ、一度に魔力を使いすぎちゃっったのかしら?でも素晴らしかった派わ~、エルちゃんのま・じゅ・つ!」


こちらへと歩み寄り差し出されたラヴァーの手を取る。


「…本気でやったけど歯が立たなかったわ。」


「そんなことないわよ~、最後のあれは少し危なかったわ。それに判断も面白かったし!まさか窒息させようとしてくるなんてね~。」


「…だってラヴァーの防御を破る方法がそれくらいしか思い浮かばなかったから。」


「んふ、何にしても想像以上よ~、Aランクの魔物に負けそうになったって話を聞いたときはどうしようかと思ったけど~、杞憂だったようね。」


…何で知っているんだろう?アズライドから聞いたのだろうか?


「ほら、見てみなさい。」


そう言ってラヴァーは観覧席の方を顎で示す。


「それなりでしたわよ~エルハーベンさ~ん!」

「やるじゃないか!」


目を向けると観客たちが私の事を評していた。まばらだったが拍手もしてくれている。

…結果だけ見れば、傷一つ負わすことも出来ずガス欠で倒れてしまったという無様極まりないものだったのだが、どうやら及第点を得られる内容だったらしい。





観覧席ではアズライドとグリフィスが密かに言葉を交わしていた。ブロークンラヴァーとエルハーベンとの戦いを見終えたグリフィスは微笑みながらアズライドに声をかける。


「思っていたより全然やるね~。あの若さであれだけ出来るのならいずれは実力で星将に成れていたかもね。」


「…やもしれんな。」


アズライドは変わらぬ仏頂面で答える。それを見てグリフィスはいつもと違った微笑を浮かべる。無邪気な子供のような微笑ではなく、不思議な笑みを。


「…ところで、君、ヴェーダと戦ったんだろう?どうだった?」


アズライドはただでさえ深い眉間のしわを更に深くして唸っている。だが、やがて、口を開いた。


「…結果だけ見るならば、引き分けだ。」


「含みがある言い方だね?」


「…ああ。膂力だけで見るならば、余が圧倒していた。だが、技術においてはどうか分からぬ。」


「…へ~。」


「余の方が上回っているようにも思えるが、奴の剣は底が見えぬ。それに…、」


アズライドは再び思案するようにして目を閉じた。結論を出そうとするように。


「それに?」


「奴は時折、未来でも見えているかのような動きをした。」


「達人同士では相手の思考が手に取るようにわかるというが、そんな感じかい?」


「…いや、そんなものではない。貴様が未来を予言するように、奴は余の剣の先を見ていた。…そう、感じた。」


それだけ言うと、アズライドは口を閉じた。グリフィスも「そうかい。」と呟き立ち去る。用事はもう済んだと言わんばかりに、風に溶けるようにして姿を消してしまった。

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