第15話 新しい仲間。

祝福の儀が終わり部屋へと戻って夢の世界へと旅立っていた私の意識は、フローズンハートによって現実へと引き戻された。


「ちょっとエルハーベンさん!?一体どういうことですの!?」


「何よ朝っぱらから、騒がしいわね。」


少しでも音を遮断しようとして毛布を頭まで被るがフローズンハートが無理矢理引っぺがそうとしてくる。


「朝っぱらではありませんわ。もう朝ごはんの時間は終わっていますわ!…くっ!抵抗するなら!」


「ひゃぁ!」


毛布の隙間から冷気が流し込まれた。まるで氷を直接押し当てられたかのようだ。その冷たさに思わず飛び上がる。もうすっかり眠気も覚めてしまった。


「…一体何なのよ。」


「…何なのよ。ではありませんわ!あなた星将になったというのはどういうことですの!?」


「…どうもこうもそのままの意味よ。私だって知りたいくらいだわ。それよりどうして知ってるの?」


「都中大騒ぎですのよ!星将が新たに任命されたと!それでその名前がエルハーベンだというではありませんの!…せめて先に教えて下さいまし!」


「…それはごめん。でもそんなにすぐに広まってるんだ。私が星将になったのって今朝なのに。」


「…はぁ、まあ良いですわ。なってしまったものは仕方がないですし。」


いや、そんな壺割ったみたいに言われても、私としては大事件なのだが。


「…それにしても、昨日まで無職のエルハーベンさんがいきなり星将とは。人生って分からないものですのね。こういう時なんと言えば良いのかしら?就職おめでとう?」


「…さあ?そもそも星将って職なの?」


「随分と騒がしいが、一体何をしているんだい?」


フローズンハートとギャアギャア言っていると不意にそんな声がかけられた。空いた扉の傍らにグリフィスが立っていた。


「あら?どなたですの?」


「ああ、そう言えば君とは初めましてだね。私はグリフィス。この聖教で星詠、預言者をやっている。」


「へ~、良く分かりませんが何か御用ですの?」


「ああ。エルハーベンを迎えにね。」


もうそんな時間になっていたのか。なんやかんやでフローズンハートが起こしてくれて助かったかもしれない。


「と、いう訳だから。行ってくるわね。」


フローズンハートに別れを告げて部屋を出ようとする。だがグリフィスによって呼び止められた。


「ああ、待ってくれ。今回はヴェーダも連れていく。」


「え、ヴェーダも?」


「ヴェーダさんなら朝早くからアズライドさんとどこか行きましたよ。」


「え~、アズライドと?う~ん、何やってるんだろう?でもアズライドならすぐに見つかるだろう。大きいし。とりあえず行ってみよう。」


グリフィスがそう言い部屋の戸に手をかけたのと同時に扉が開いた。そして姿を見せたのは話題に上っていたヴェーダだった。


「おやおや、一体アズライドと何をしていたんだい?」


「ん?ああ、アズライドが剣を交えてみたいって言うんで立ち合ってた。」


「へ~、アズライドが。それで結果はどうだった?勝った?負けた?」


「さあな。本気は出してなかったみたいだし、当てにならない。でもそれなりに楽しかったな。」


剣聖と立ち合った感想がそれか。やっぱりこいつも良く分からないな。


「ふ~ん。まあいいや。丁度君を探してたんだよ。」


「俺を?」


「ああ。君とエルハーベンに話がある。」


「話?」


「そうさ。それじゃ~行こ~!」






グリフィスに連れて来られたのは昨日も訪れることとなった大聖上の部屋だった。話というのはどうやら大聖上も交えたもののようだ。


「失礼するよ。」


だがグリフィスは変わらぬ調子で扉を開ける。他の星将と違いグリフィスと大聖上の関係は良く分からない。旧知の仲といった感じではあるが、1000年を生きる大聖上と旧知といっても想像がつかない。まあ、今考えても仕方のないことか。


「よく来ましたね。」


昨日と同じように窓から海を眺めていた大聖上は私たちの来訪に気が付くとこちらを向いてそう言った。


「さて、今朝、あなたに祝福を授けた訳ですが、あなたの役目については未だ詳しいことを言っていませんでしたね。」


「ゼノクエーサーを倒すんですよね。でもどうやって?」


「全ての魔物の元凶であるとはいえ、魔物であることには変わりありません。資質を持ち、祝福を授けられた貴方であれば倒すことは可能でしょう。しかし、問題はゼノクエーサーの下へ辿り着くことです。」


「ゼノクエーサーの場所?」


一体どういうことだろうか?とてつもなく険しい山にいるとか?あるいは絶海の孤島を住処としているとか?だが大聖上の言葉は私の創造を越えていた。


「ええ。ゼノクエーサーはこことは異なる世界に存在します。」


「…は?」


思わずそんな言葉が出てしまう。異なる世界?お月様とかそう言った話だろうか?


「あなたも、この世界の果てには夢幻の霧と呼ばれる靄が立ち込めていることは知っていますね。」


「…は、はい。見たことはないですけど。」


海の彼方に行こうとすると白い霧が立ち込めていて、そこから先へはどうやっても進めないらしい。だから、そこから先には世界が無いのだとして、この世界に生きる人達はそこを世界の果てと呼んでいる。


「…あ、つまり、夢幻の霧を越える手段があるということですか?」


「ええ。察しが良いですね。」


「なるほど。それでどのようにすれば良いんですか?」


「そこから先は私が話そう。」


今まで黙っていたグリフィスが話に口を挟んでくる。


「まず最初に言っておくとだね、具体的な方法は分からないんだ。ごめんね。」


「え?」


「ふふ、でも大丈夫。結末へのピースは全て揃った。星将となった君と、ヴェーダ。この2つが揃った今、運命はゼノクエーサーの下へと君を導く。」


「そ、そこまで分かってるのなら具体的な方法とかは分からないんですか?」


「ごめんね~。私の予言はそこまで便利なものじゃないんだ。見たいところが見えるわけではないし、見たい時に見ることが出来るわけでもない。けれども君は必ず結末へと辿り着く。それだけは確かなことだよ。信頼してくれていい。」


ま、まさかそんな根拠のない理由で戦わされることになるとは。それも世界の果て?方法すら定かではないのに大丈夫なのだろうか?


「ふふ、不安に思うのも無理からぬことだ。だが私達も鬼ではない。君の役目にはもう一人同行させよう。」


「え?」


「できれば私が共に行ければ良いのですが…、」


「何を言っているんだい?君は聖都から出られないだろう。君がここに居ないと結界は意味を成さなくなってしまうんだ。戻ってくる頃には世界が滅んでしまっているよ。」


そ、そうなんだ。けれど大聖上と一緒に旅なんて凄く神経使いそう。頼もしいのは間違いないけれど。だけどもう一人?この言い方から言って並みの人物でないことは確かだろう。できればアズライドだと良いな。顔は怖いけどいい人だし。何より強いし。


「じゃあ入ってくれ。」


そう言うとグリフィスは扉に向かって声をかける。


「は~い!」


そしてその声に応えるように野太い声が上がった。どこかで聞いたことがある。…というかこの声は祝福の儀の時に聞いた。


「んふ、今朝ぶりね。エルハーベンちゃん。私、ブロークンラヴァーが一緒に行くわ~。よろしくね。」


きっと今の私の表情は引きつっていることだろう。現れたのは星将の一人ブロークンラヴァー、初対面でも分かるほどのキャラの濃さだ。星将に選ばれるくらいなのだから腕は確かなのだろうが、どうなのだろうか?上手くやっていけるのだろうか?


「安心していいよ~。見た目はこんなだけど腕は確かだし、性格も星将の中ではかなりとっつきやすいから。」


これで?まあ見た目で判断するのは良くないかもしれない。その容姿のインパクトに引っ張られていたが、祝福の儀の時も真っ先に話しかけてきてくれたし。オネエみたいな言動だからと言って第一印象を引きずるのは良くないだろう。


「こ、こちらこそよろしくお願いします。」


「んふ、もっと気さくにしてくれていいわよ。これから一緒に旅をする仲なんだし。私もその方が嬉しいし。」


ブロークンラヴァーはそう言ってこちらにウインクしてくる。身だしなみには相当気を使っているようでウインクと共にどこか甘い香りがこちらまで漂ってくる。それも仄かに香る位の丁度良い塩梅だ。そこらの乙女より乙女らしくて……、きm…、いや、止そう。見かけで判断しないと決めたばかりだった。


「じゃあよろしく、ブロークンラヴァー。」


「そ・れ・で~、そっちのイケメンはどなた~?紹介してくれない~?」


そう言って体をくねらせながらヴェーダの方を見る。


「ああ、彼はヴェーダだ。彼と君とエルハーベンが旅をを共にすることとなる。」


「そうなの~!嬉しいわ~。仲良くしましょ!」


一体、どういう意味なのだろうか?一抹の不安を覚えないでもないが、過ちが起きないことを祈っておくしかないだろう。


「さて、これで紹介は終わりだ。君たちは一先ず南へ向かうといい。そうすればきっと道は開けるよ。」


アバウトに過ぎる指示だが気にするのは良そう。多分意味がない。


「じゃあこれで話は終わりですか?」


「ああ、そうなるね。」


「グリフィス、まだですよ。」


大聖上はそう言いグリフィスの言葉を遮ると私の方へと歩み寄ってくる。え、何?何かしただろうか?私の目の前まで来た大聖上は懐から一振りの剣を私に差し出した。


「この剣は劫嵐の剣。これをあなたに授けます。」


「…いいのかい?それは君にとっても思い入れのあるものだろう?」


「ええ。それがこの世界の為になるのであれば。…さあ。」


差し出されたそれを手に取る。刃渡り30センチほどの小ぶりなそれは、鞘から抜いてみると深い翡翠色の輝きを帯びていた。


「…これって魔法剣ですか?」


自然界でごく稀に生まれる魔力を帯びた鉱石を、特殊な術式により加工することで生み出される剣。その希少性は言わずもがなだ。


「ええ。風の魔力を宿す剣です。上手に使って下さい。」


「あ、ありがとうございます。」


グリフィスとのやり取りから見て大聖上にとって特別なもののようだ。そんなものを託されるとは、どうやらかなり期待されているらしい。


「さて、それでは私からは以上です。あなたの旅路に幸あらんことを。」


「あ、あの、一つ聞いても良いですか?」


「ん?どうしたんだい?」


大聖上に代わってグリフィスが答える。


「祝福ってどうやって使うんですか?私、まだ実感が湧かなくて。」


「ふ~ん、そうか。…本来であれば今までの者の記憶の蓄積により、受け取った段階から使い方も自ずと分かるものなんだけど、君の場合は前例のない祝福だからね。君が自ら理解を深めていくしかないね。…だけど、…そうだな、ブロークンラヴァーにでも聞くと良い。祝福を与えられたものとして何か参考になる話が聞けるかもしれないよ。」


「んふ、私で良ければ何でも聞いてね。」


う~ん、現状だとせっかくの祝福も宝の持ち腐れという訳か。なんとかして身に付けたいわね。どんな能力なのか魔術師として興味もあるし。


「じゃあ、本当に話はこれでおしまいだ。急で戸惑っているとは思うが、まあ仕方がない。これは君にしかできない事なんだから。それじゃあ頑張ってね~。」


グリフィスは微笑みながら手を振っている。まさか、こんなことになるとは…。今まで以上に行き当たりばったりな旅になりそうだが、天下の大聖上自らの命令なのだ。逆らうという選択肢はないだろう。込み上げるため息をぐっとこらえて私たちは部屋を後にした。そして、扉を閉める間際、空耳かもしれないが、「期待しているよ」と、優しい声でそう囁かれたような気がした。

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