第14話 カノープス

宛がわれた部屋で眠っていると何やら人の気配を感じて目が覚めた。


「…うわっ!」


目と鼻の先に美しい顔があった。驚いて思わず声を上げてしまう。寝起きの頭に衝撃が強すぎるが、なんとか状況を判断しようとする。


「…え、ええと、グリフィスさん?」


でも何で?まだ夜中なのにどうして、こうして私の顔を覗き込んでいたのだろう。


「ああ。そうだよ。人の気配に気が付いて目を覚ますとは感心だね。」


「ありがとうございます。…あの、そろそろ離れて下さい。…近いです。」


そう言うと、笑いながら私から離れた。


「それで、何の用なんですか?まだ日も昇ってないですけど。」


「あはは、だが昨日言った明日はもう来てる。月は頭上を過ぎているんだ。なら、今からでも問題は無い筈だ。」


「え?それって、まさか…。」


嫌な予感と共に寝ぼけていた頭が覚醒していく。それにとどまらず脂汗が滲んでくる。そうしてグリフィスは悪戯が見つかった少女のように微笑み最悪の言葉を告げた。


「そう。今から祝福の儀だよ!」





「な、何で教えてくれなかったんですか!?」


「いや~、まさか私もこんな朝っぱらからやるとは思っていなかったのでね。」


大聖堂の廊下をグリフィスの後を走りながら尋ねる。すると悪びれた様子もなく告げた。確かに彼女に責任などないのだろうがせめてもっと早くに起こしてほしかった。私が起きるのを待ったりせずに。


「ふふ、だがこんなに朝早くからやるとは、エウドラスはよほど待ちきれなかったらしいね。」


笑い事ではないのだが、大聖上もそんなにお茶目な所があるとは思わなかった。


「いやでもホント、そんな可愛らしい感じで言われても、…遅刻して牢屋行き、なんてことはないですよね?」


「さすがに無いだろ~。だって君はこれから星将になるんだよ。大聖上に次ぐ存在だ。ほら、そう言ってるうちに着いたよ。」


グリフィスは走る勢いのままに目の前に現れた大扉を開く。辿り着いた先は礼拝堂のような神聖な雰囲気の場所だった。


「お待たせ~。」


「すみません!遅れました!」


広間の中には僅かしか人はいなかった。大きなステンドグラスから差し込む月明かりを背に受けて大聖上が穏やかな笑みを浮かべ、こちらを見ている。そしてその周りには3つの人影があった。そのうちの一人はこの一月、共に旅をしていたアズライドだった。他の二人もアズライドと同じく並々ならぬ雰囲気を身に纏っている。限られたものしかいないこの場にいることといい、もしかすると彼らも十二星将の一人なのかもしれない。


「いえ、急でしたからね。構いませんよ。では着いて早々にはなりますが儀式を始めましょう。」


そう言うと大聖上は私の方へ歩み寄ってくる。…って今から?私何をすればいいのか全く分からないのだが。だがそんな私の内心の不安を知ってか知らずか、大聖上は口を開く。


「安心して下さい。あなたは何もしなくて構いません。」


そうは言われても。やがて大聖上は私の目の前まで来て、何かを呟きながら宙に向かって指を動かす。するとその軌跡には不思議な光が浮かび上がり幾何学模様を描き出した。そしてそれが完成すると模様を構成していた光は一振りの剣の形へと変わる。


「…え!?」


「案ずることはありません。」


そしてそのまま光の剣は私の胸へと吸い込まれていく。不思議なことに痛みはない。というか何も感じない。何かに目覚めたような感覚もない。


「これにて儀式は終了です。あなたに与えられし祝福はカノープス。あなたが私の願いを叶えてくれることを期待しています。…グリフィス、後のことは任せましたよ。」


大聖上はそう言い残すと礼拝堂の外へと出てしまった。もう終わり?なんだか思っていたよりもずっとあっさりとしていた。


「…これで、貴様も星将の末席に連なった訳だな。」


「あ、アズライドさん。」


「聖教のものですらない貴様が何故こうなったのか。」


こちらへと歩み寄ったアズライドが難しいことをしてそんなことを言う。私もその意見には同意だが。まあなってしまったものは仕方がない。するともう一人私たちの側に近寄ってきた。


「あ~ら、仲間が増えるのは良いじゃな~い。それもこんな若い子が。私はブロークンラヴァー。よろしくね~。んふ。」


近寄ってきた男は野太い声でそう言いながら片目を閉じた。先程はそれどころではなかったが良く見てみれば凄い格好だ。ピンク色のドレッドヘアーは後ろで束ねられてポニーテールのようになっている。アズライドほどではないが長身で、鍛え上げられた体をしている。そして何より目を引くのはその服装だ。胸元の大きく開いた紫色のドレスを着ている。例えばグリフィスなんかが着れば、その妖艶な雰囲気も相まって、えもいわれぬ美しさを醸し出すのかもしれないが。何せ纏うのは偉丈夫だ。ちぐはぐな感じで、端的に言えば似合ってない。簡単に言うと、オネエという奴だろう。…だがいつまでも面食らっているわけにも行かない。


「え、エルハーベンです。よ、よろしくお願いします。」


なんとか言葉を絞り出した。顔が引きつってなければ良いのだが。そんな様子を見ていたグリフィスが笑いを堪えるようにしてこちらへとやってくる。


「ふふ、まあともあれ、だ。大聖上はエルハーベンを星将に選んだ。だからほら、フォーシープも自己紹介位はしなよ。そんな仏頂面してないで。」


フォーシープ、そう呼ばれたもう一人は渋々といった様子で口を開いた。


「儂はフォーシープ。賜った祝福はアリエス。以上じゃ。」


フォーシープ=アリエス。天覧の魔女とも称される現状、聖都において最も、つまりは世界においても最高の魔術師だ。まさかこんなにいとけない容姿をしているとは。見た目だけなら13、4の少女のようだ。真っ黒なローブを身に纏っており、ぼさぼさな藍色の髪からは手入れをしている様子はあまり伺えない。


「そっけないな~。こんな見た目だけどフォーシープはアズライドより年上なんだよ。」


「え!?」


私より年下でも驚かないくらいなのに、そんなに若作りしていただなんて。これも魔術によるものなのだろうか?


「うるさい!そもそも貴様にだけはそんな事言われたくないわ!ともかく、もう用は済んだ。儂は帰る。帰って寝る!」


そう言うとプリプリと肩を怒らせながら立ち去ってしまった。、魔術を学ぶものとしては、色々聞いてみたいこともあるのだが、大分嫌われてしまったらしい。取り付く島もなさそうだ。


「ごめんね~。フォーシープは星将の立場に並々ならぬ誇りを持っているからね。大聖上の決定とはいえ聖教の人間でもない君がいきなり星将に選ばれたことが気に入らないのさ。」


「いえ。仕方のないことですから。」


そうかい、と相槌を打ち、グリフィスは話題を変えた。


「さて、彼女とブロークンラヴァーとアズライド、そして君を加えた以上の4名が今現在聖都にいる十二星将だ。あと二人ほど星将はいるが、今は出払っていてね。紹介はまたの機会にしておこう。」


「んふ。おかしいでしょう?十二星将なのにあなたを入れても6人しかいないのよ。」


確かに、私も聖教のことなどそれほど詳しくはないが十二星将という割に12人いないという話は知っている。


「最大は十二なんだよ。与えられる祝福の種類には限りがあるからね。6人もいれば上出来だろう。だが、それも怪しくなってしまったな。」


「それってどういう意味ですか?」


「君に与えられた祝福は未だかつて誰にも与えられたことはない。つまりその気になれば百星将位行ってしまうのかもね。」


さすがにそれはないと思うが、今までになかった祝福か、まあここまで来たら何が起きても驚かないわ。


「う~ん、顔見せは終わったし、とりあえず解散しようか?君も夜中に起こされて眠いだろう?」


「そう言えば、確かに眠いかも。」


言われてようやく思い出す。急にあくびが…、なんとか嚙み殺したがグリフィスの目は誤魔化せなかった様だ。


「ふふ、やっぱりね。とりあえず昼にもう一度君の部屋へ行くから、その時にこれからのことを話そう。それまではゆっくりしておくといいよ。」


「…じゃあ、お言葉に甘えることにします。」


急に重たくなってきた瞼をこすりながら、私はあてがわれた部屋へと戻った。

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